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「暇なら物理攻撃しろ」と、双剣を渡されて旅立つ召喚士の少年の物語~【召喚士の旅】Summoner's Journey  作者: 桜良 壽ノ丞
Evangelist~誇り高き者達へ~

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Evangerist-08



 ステアの声が響く。心の中でバベルの固有術を唱え、バベルが視線を向ける瞬間を待っている。サイクロプスの殴打を片手の短剣で易々と受け止め、ステアはバベルに変化が起こるかを見届けようとしていた。


「変化は……ない、か。読みが外れたな」


 バベルの結界に力強さが増したものの、それ以上の変化は見られない。ステアはサイクロプスへと視線を戻した。その地面にめり込んだ拳を足場にして、単眼に斬り掛ろうとする。


 双剣に込められた赤い気力の焔は、青空を切り裂くようにして振り下ろされた。


斬雨きりさめ


 それはまるで雨のように幾度も斬撃を重ねていく技だ。傷口はその間隔が狭ければ狭い程治癒に時間を要する。一撃必殺の殺傷力はないものの、この技は双剣士にしかできない。


「グォォアァァァーッ!」


「叫ぶな。聞くに耐えん。喉まで切り裂いて……」


 ステアが地面に着地し、もはや開く事の出来ない単眼を見据える。再び飛び上がって剣閃でも放てば、いくら巨人といえど首が飛ぶだろう。


 しかし、ステアが技を畳みかける事はなかった。いや、畳みかける必要がなくなったと表現する方が正しかった。


「なっ……」


 目の前に立つサイクロプスの頭が突如潰れた。まるで頭だけが重力に負けたように消え、サイクロプスの巨体は動きを止めたまま仰向けに倒れていく。


「何が……起こった」


 ステアは周囲にも気を配っていたが、サイクロプスから視線を逸らしてはいない。斬撃や飛び道具、たとえ弾丸であってもステアなら見逃すはずはなかった。


 そんなステアでさえ、状況が飲み込めない。


 魔物達も突然の事に呆然としているのか、身動きの音がしない。周囲に草を撫でる風の音だけが流れる。


「なんだ? おい、キリ……ム」


 ステアは何かまずい事が起こったのだと思い、慌ててキリムの姿を探す。


 カーズという結びつきを持つクラムとして、主以外の者を求めるなど許されないことだったのではないか。キリムも同じようになっていないだろうか。


 ステアの中には焦りと恐怖が生まれていた。


 誰の声も聞こえない。剣撃も、魔法も、何もかもが止んでいた。


「キリム……」


 ステアがキリムの姿を視認した時、ちょうどキリムもステアへと振り向くところだった。キリムも驚きと困惑の表情を浮かべているが、異常は見られない。


 キリムが相手していたサイクロプスも地に伏せている。それどころか、気付けば旅人のパーティーやクラム達以外、草原に立っている者がいなくなっていた。


 全ての魔物が頭を失い、血の海に横たわっている。どんな魔法でも、ここまでの状況を作り出せはしない。兵器攻撃だとしても、旅人達だけが無事である事に説明がつかない。


「バベルにゃ」


 ふとニキータが声を発した。キリムも、遠くにいたディンやノーム、旅人達も、一斉にバベルへと視線を向ける。


「バ……ベル、なのか?」


「バベルくん?」


 バベルはニキータの傍で戦場に結界を張り、皆を魔物の攻撃から守っていた。おかげで誰一人として傷を負った者はいない。


 けれど、今その場所には「人の形」だけが立っている。恰好も、表情も、一切分からない真っ白で立体感のないシルエット。まるで風景画の一部が破れたかのようだ。


 そのシルエットは確かにバベルのものだった。背丈も、髪型も、盾の形も、キリム達が慣れ親しんだ彼そのものだ。


「バベルくん、一体何が……その姿は」


 キリムがおそるおそるバベルへと近づいていく。それは本当にバベルなのか、キリムやクラム達に何の危害も加えない存在なのか、何もかもが全く分からない。


「おい、門を開けろ! とりあえず魔物は片付いた! 念のため町の中に」


「は、はい!」


 ふらりとよろけるディンを召喚士の女が支え、ローブの袖を捲る。ノームが周囲を警戒し、ディンが少しだけ血を飲んだ。


 やがてその場を守り抜いたパーティーが全員門をくぐり、再び鋼鉄の扉が閉じられた。見送ったノームとディンも駆け寄って来る。


「バベルくん、だよね」


 間近に来ると、それは輝きで眩しいのではなく、ただ本当に真っ白である事が分かった。影は一切なく、平面的な形は分かるのに体の凹凸が分からない。どの角度から見ても奥行きのないペラペラな紙のようだ。


「バベルなのか? 何があった、どんな力を使った」


 やがてステアもキリムの横に並んだ。背の高いステアが見下ろしても、やはり空間に真っ白な穴が空いたようにしか見えない。


 白いバベルのような何かは、キリム達の問いかけに対し、何も反応を見せない。


 そもそもそれはクラムなのか、それともただの置物なのか。そう思ったディンがそっと手を伸ばし、肩と思われる部分を掴んだ。


「……いや、違う。この気配は……」


「バベルにゃ。でも、違うにゃ。吾輩、何か……知っている気がするのである」


「オイラも何か感じた事がある! 見ておくれ、これだけ地面が魔物と魔物の血で穢れているのに、大地が全く汚れていないんだ」


「大地が汚れていない? 魔物の血が土に滲み込んでいないという事か」


「そうだよ。きっと焼き払ったなら、この平原には戦いの痕跡すら残らない」


 ノームが小さな背丈に似合わない大きな靴で、草の絨毯をとんとんと優しく踏み固める。


 町の外壁の上からもまだ数名がこちらを見守る中、事態は唐突に動いた。


『ああ……久しいな。ノーム、ステア、ディン、ニキータも全く変わっていないね』


 声と呼ぶべきなのか、それとも頭の中に直接語り掛けられたのか。その場に何者かの優しい声が響いた。


「え、誰? ステア達を知っている……でもその声、その言葉、バベルくんじゃない」


 その声はクラムだけでなく、キリムにも届いていた。声の主はバベルの名を呼ばない。キリムの名も呼んでいない。


 キリムを知らない誰か。それに1番に気が付いたのはステアだった。


「まさか……グラディウスか」


「グラディウス!? グラディウスはミスティの戦いで消滅したはず! オリガさんの旦那さんが死んだ時、一緒に……」


『へえ、君はあの戦いを知っているんだな。あの戦いを知っていてなお生き延びた者がいると分かり、ホッとしたよ』


「グラディウス、そうなのか? どこにいる、どこから声を掛けている」


『不愛想なのは相変わらずだな、ステア。オレならここにいる。君達の目の前に』


 声の主がそう告げると同時に、白い人の形が徐々に色を取り戻し始めた。その姿はグラディウスではなく、いつもの子供のようなバベルだった。


「まさか、バベルはグラディウスだったのか! こりゃ驚いたぜ。おっさん復活してるならさっさと言えってんだよ!」


「どうりで! オイラどこかで感じたような気配だと思っていたんだ」


「グラディウス復活である! 吾輩、大帰還セールの準備をするにゃ……でもバベルは? バベルの見た目のグラディウスという事は、バベルの中身はどこにゃ?」


「記憶喪失状態だった、という事? バベルくんは……もういない?」


「いや、だとしたら発生と同時にバベルと名乗った説明が付かん」


 バベルの姿をしているが、中身はグラディウスらしい。グラディウスが今までバベルというクラムを演じていたのか。だとしたら悪ふざけにも程がある。


 ステアがキッと睨みつける中、グラディウスはなおも穏やかな声で話を続けた。


『残念ながら、目の前にいるオレは、オレであってグラディウスじゃない。オレは、ステアから呼び出されて覚醒しているだけだ』


「バベルの中に、貴様がいるということか」


『そうとも言える。このクラムバベルはクラム達の後悔が生み出した。今度こそ全てを守り抜きたいという、オレの願望と共にね。ステアが呼んでくれた事で、バベルはようやく完成された』


「バベルくんは、グラディウスの生まれ変わり……」


 グラディウスはキリムの呟きに頷く。


『その表現が正しいね。クラムバベルはオレだ。かつて皆を守れず戦場に散った、グラディウスだったオレだ』

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