Evangerist-07
キリムはエンキに声を掛けて留守を頼んだ後、ステアの瞬間移動で戦場に向かった。
目の前に広がっているのは大平原。それと激しい爆発音、そして土煙だった。魔物の咆哮があちこちから聞こえ、剣技や魔法が視界の端で淡く光る。
「え、ちょっと、どういう状況!?」
「魔物の大群が町に押し寄せ、砲撃しているところだ」
振り向けば数えきれない程の魔物が集まっており、町に攻め入ろうとしていた。
「砲撃!? 何がバベルくんがいれば問題ないだよ! これはすぐ戻るべきだったと思うけど」
「……加勢に来たつもりなら魔物を蹴散らせ。バベルの守りの範囲からは出るなよ、引っ掻かれでもしたなら許さん」
ステアが平原を背に走り出し、町の東へと向かう。
どこの町かは分からないが、石造りの丈夫な外壁に、鋼鉄の大きな扉。突破は難しそうに思えるものの、外壁の高さは3メルテ程しかない。
大小様々な魔物が結界へと体当たりをし、その効果を打ち消そうとしている。結界が失われたら、魔物は一気に壁を乗り越えるだろう。
「結界は通れなくても、触れて消滅しない程度には強い……って事か。あっちにいるのはディン、向こうにパーティーが3組」
魔物の数は、キリムがこれまで見た中でも特に多い。とりわけ牛頭で人型の怪物ミノタウロスに似た魔物や、単眼で3メルテ程の背丈がある巨人サイクロプスなど、今回は強そうな魔物が集まっていた。
キリムにとっては因縁の種族「ハイランドウーガ」の姿も見える。サイクロプスなどの強い魔物が、子飼いとして魔物を大勢従えているようだ。
町の者達も全力だ。砲撃で町から100メルテ程先の魔物を吹き飛ばしているものの、門の付近には手を出せない。砲撃で門や外壁を壊しては元も子もないからだ。
「何やったらこんなに集まるんだよ……バベルくん!」
「キリム! 魔物が凄く多いんだ、僕が守るから数を減らして!」
「分かった! ステアも戻ってるから、もう安心だ! ……って、ニキータは何してるの」
バベルが防御の結界で皆を守る中、後ろではニキータが行儀よく座っている。一応は緊急時の自覚があるようで、大きな箱型の鞄の上に、いくつかの回復薬だけが並べられている。
「にゃひひ、吾輩、巻き込まれたのである! 回復薬はいっぱいあるにゃ、3割引きでどうにゃ」
「……とにかく魔物を減らさないと」
緊迫した状況のはずだが、どうにも締まらない。キリムは深呼吸をし、魔物の群れに飛び込んでいく。
「双竜斬!」
キリムがイノシシ型の魔物「ボア」に似た個体の背に飛び乗り、そこから更に宙へと舞い上がる。そのまま前方宙返りをしつつ、反動をつけたまま両手に持った双剣で魔物を斬りつける。
「グエェェェェ!」
刃が青白い光を放って振り下ろされ、込められた魔力と気力が残像のように赤く筋を描く。魔物の体は真っ二つだ。キリムの一撃は、おおよその魔物にとって致命傷となる。
魔物の断末魔が響き、他の魔物の注意がキリムへと集まった。
「剣閃いきます! 危ないので俺の前に出ないで……剣閃!」
魔物の群れの中に着地したキリムは、両手の短剣を交差させて肩まで引きつけ、気力と魔力と共に前方へと水平に振り払った。短剣が目の前にいたウーガの首を跳ね飛ばし、具現化された扇状の巨大な刃は周囲の魔物から上半身を奪う。
「戦いに連れて行くのが怖いなんて、もう言わせないからな……」
キリムはいつになく張り切っていた。それは戦闘が楽しいという意味ではなく、ステアへ見せつける意図があったからだ。
キリムは今まで自分に足りなかったものに気が付いた。ステアはキリムの強さを認めてくれている。だが、キリムの方から「心配しなくてもお前の主は強い」と言ってやった事がなかった。
勇敢に戦い、魔物をバッタバッタと倒していく姿を見せたなら、少しはステアの迷いも消えるだろうと考えたのだ。
「キリム、すごい!」
「俺が自分に自信を持たないせいで、ステアまで自信を無くされちゃ、流石にね……」
バベルに親指を立てて見せ、キリムは防戦一方のパーティーの加勢に入る。
「戦況を詳しく教えて下さい!」
「あ、あなたは?」
「あー、それは後でいいので、とにかく!」
見たところ、加勢に入ったパーティーは中堅クラスだった。30歳前後、ベテランと呼べる歳ではないが、新人とも言えない装備を身に纏っている。
他のパーティはベテランが揃っているようで、その周囲の魔物は徐々に数を減らしつつあった。
「クラムニキータを護衛しながら町へと向かっていたら、ものすごい咆哮が聞こえて」
「あっと言う間に魔物が集まって来たんだ! 以前はこんな事なかったのに」
「どこから湧いたのか分かんねえんだ、あんな巨人みたいな魔物、見渡せる範囲にいなかったはずだ」
「魔物が発生しやすい場所があるのか……?」
「吾輩の魔除けが効かなかったのである! とても強い魔物にゃ」
とても倒せる数ではなかったため、ニキータと共にここまで逃げてきたのだという。町の中で態勢を立て直そうと思ったが、町の警備の者が気付き、門を閉じてしまった。
今は町の者も砲撃や遠距離攻撃で応戦している。町の中にいたパーティーも縄梯子で外に下りて加勢し、なんとか皆で押し返そうとしているとの事だった。
「ニキータ、何で瞬間移動で逃げなかったんだ?」
「逃げてもいいにゃ、でも他のパーティーが同じ場所を通ったら」
「生きて帰れる保証もない、そしてそれは自分達の責任……か」
キリムが再度剣閃を繰り出し、魔物の数を減らしていく。弱い魔物を一掃できれば戦いやすいと考えたからだ。
「ステア! 一番奥のサイクロプスを頼めるか!」
「ああ」
「バベルくん、ちょっと無理をするよ! ステアが怒るから、俺が攻撃を喰らいそうだったら守って!」
「うん!」
サイクロプスは全部で4体。戦いを雑魚に任せ、自身は結界をこじ開けようとしている。即席で集まったパーティーが相手に出来る魔物ではなく、ベテラン勢も迂闊に手を出せずにいた。
「おっと、キリム坊も来てたのか! こりゃ助かる、お礼に何かやりてえところだが、生憎の状況でね!」
「お礼よりも、ビール代を払ってよ」
「おーっと、話してる場合じゃなかったな……っと」
キリムの姿を見つけ、ディンがニッと笑う。黒い肌に白い歯が映え、何故かそれだけで心強さを感じてしまう。実際にディンは大剣で戦う強いクラムだ。兄貴分のような振る舞いのおかげもあり、近年は特に召喚士からの信頼が厚い。
「ディン! サイクロプスの数を減らそう! 一番奥のやつはステアが倒す!」
「じゃあ俺は向こうのパーティーに近い個体を。ノームも来て足止めしてくれてっからな!」
「召喚士が2人もいるのか、これは心強い」
キリムは門の目の前で結界を破ろうとしている個体へと狙いを定める。それは結界を破られては困る事以外に、もう1つ理由があった。ちょうどその個体との戦いは、ステアの視界に入る場所で繰り広げることが出来るのだ。
瞬間移動でここに来る前、キリムはステアに1つ頼みごとをしていた。
『俺がもし厳しい戦いになりそうだったら、バベルくんに守りをお願いして』
キリムは先程バベルに守ってくれと頼んだ。しかし特に何か変化があったようでもない。もちろん、バベルはキリムに召喚された訳ではない。以前ナターリアが不思議な力を得たような事は起こらないだろう。
では、ステアがバベルに頼んだ場合はどうだろうか。
バベルがもしクラムの願いによって生み出されたとしたら、ステアの願いによって召喚されたと同じ状態になり、変化が起きるのではないか。
キリムがサイクロプスに斬りかかった時、ステアがキリムを視界に入れた。
「あいつ……サイクロプスを1人で相手するのはまずい。バベル! キリムを守れ!」






