Evangelist-06
キリムの一言に、ステアは想定外だったのか珍しく表情を崩した。
「邪魔だと? そんな事はない」
「俺が戦うの、嫌そうだよね」
「……」
「旅立った日、双剣を俺に渡して、武器で戦えって言ったのはステアだよ」
召喚士は大抵の場合、クラムを召喚していなければ攻撃術等を使うか、飛び道具がメインとなる。通常なら召喚に神経を集中させるため、前衛職を兼ねる者はいない。
そんなキリムに対し、魔力切れで立ち尽くすくらいなら、武器を使えと告げたのはステアだった。キリムはステアの指導の甲斐あって、双剣の腕前は各町のギルド長をも凌ぐ。
だが、基本的に旅人は他人と比べる機会が少ない。キリムはいつも自分の腕前に不安を抱いていた。比べる対象と言えば、双剣の神であるステアになってしまう。
「俺が戦ってしまうと、俺が弱いから庇うのが面倒だとか」
「違う」
「何百年やっても上達しなくて、見ていて苛々するとか」
「そうではない」
一度キリムがこうなってしまえば厄介だ。例えばステアに対して不満を持っていても、それがいつしか自分自身へと向いてしまう。ステアは説明を避ける事が出来ないと判断し、意図を明かした。
「俺は、お前が傷付き、倒れる事が恐ろしい」
「弱いからってことだろ」
「そうではないと言っている。俺は……本当にキリムを守れるのか」
「どういうこと?」
ステアの言葉は抽象的で、キリムには正確に届いていない。それでも、キリムはステアが何を言おうとしているのか、知ろうとしていた。
「俺は……バベルのようにはなれん」
「えっと……つまり?」
「俺は、何者からも攻撃を受けさせない力も、必ず相手を倒せるという力もない。そして、捨て身でお前を守る事も出来ない」
「捨て身って、そんなの俺は望んでいない」
ステアが何かを出来ないと言うのは珍しい。いつだって自分の力を誇り、最強のクラムだと言わんばかりの振る舞いをしている。キリムが知る中でも、実際にステアに勝てるクラムが他にいるかというと思い浮かばない。
そんなステアが自身の限界を口にすること自体が驚きだった。
「俺は現実的な話をしている。俺は、どうやっても生きなければならない。俺が消える事は、お前が消える事と同義だ」
「そりゃあ、カーズだし……俺が死んでも一緒だよ」
「だから、俺はお前を……危険な戦いには連れ出したくない。仮にどこかでガーゴイルが現れ、俺とキリムしかいなかったなら、俺は必ず勝てると言い切れん」
「どうして、そんな事を考えるようになったんだよ。いつだって自信満々で、何かを恐れるような事はなかったのに」
「今までもそう思った事はある。グラディウスの消滅から何度も」
グラディウスは戦いにおける最強のクラムだった。様々な武器を扱い、盾や鎧で攻撃を跳ねのけ、その気迫で敵を圧倒するまさに戦神だった。
召喚士の資質に影響されるとはいえ、そのグラディウスが守りたいものを守れずに消滅してしまった。ステアはそれがとてもショックだった。
「……俺には攻撃する力しかない。守る力はない。お前の力になる事は出来ても、盾にはなれない」
「俺は、ステアと一緒に全力で戦って負けるなら、そこに後悔はないよ。積極的に魔物を狩りに行く事はなくなったけど、戦いから逃げるような事はしない」
「そうやってお前が傷付き、息絶えそうな時、それでもまだ俺に戦えと言うのか」
「もしかして、クラムの本能でまた暴走してしまう可能性を考えてる?」
「そんな……甘い話ではない」
クラムは召喚主の命に危機が迫った時、我を忘れて相手を消し去ろうとしてしまう。それは鍛冶の神ワーフであっても一緒だ。ワーフはかつてジェランドが魔物に襲われた時、エンキの負傷で我を忘れた。
ステアも魔窟や亜種の巣での戦いの際、キリムの声も届かない程に豹変してしまった。そうなれば自身の消滅など一切気にすることなく相手に襲い掛かる。
その間、クラムに召喚主を守るという意識はない。そこにあるのは敵の殲滅だけだ。キリムはその事を恐れているのだと考えた。だがステアは首を横に振った。
「俺は……お前が守りたい何かを見捨て、お前だけを抱えて逃げるかもしれん」
「え?」
「俺は、絶対に主を死なせたりはせん。出来ないんだ」
「なるほど……そうか。そうだったんだ。だからバベルくんを連れていくのか」
キリムはこのところのステアの不可解な行動をようやく理解した。
「ステアが消えて、俺まで消えないように……バベルくんに戦場を守らせていたんだね」
「不甲斐ない話だが、そうだ。俺はお前と過ごす日々を失いたくないが、お前を守れるなら消滅など恐れはしない。だが、俺は消滅を覚悟で戦う事は許されない」
キリムは今まで忘れていた。頭では分かっていても、目の前にいるのがクラムであるという意識が薄れていた。
クラムにとって、召喚士は絶対だ。特に召喚主のためなら、自身の存在までもを懸けて戦う。
クラムが負けてしまえば、呼び出した召喚主も死ぬ。だが主が死んでも守りたいと思っているなら、クラムはそれに従う。ステアは自身の存在そのものに悩んでいたのだ。
「俺が弱い、ステアが弱い、なんて話じゃなかったんだ。そっか、俺達はそういう呪いにかかっているんだね」
「カーズとはよく言ったものだ。それまでの比ではない程に強くなる半面、互いを道連れにしてしまう。たとえクラムが呼び出されていなくてもな」
「守りたいものがあるから、必死になれる。でもそれって、自分がたとえ死んでも絶対に守り抜くって思えるからなんだよね」
ステアの葛藤は、ここ最近で生まれたものではない。クラムバベルという絶対防御を手に入れた事が大きく関係していた。
バベルがいれば、キリムの身の安全を保障できる。ステアにとってこれ以上ない存在だ。
「守れない事が怖い、か。俺がどんなに大丈夫だって言っても、ステアの心配は拭えないよね」
「ああ。俺がこんな考えを持つようになり、そこへバベルが現れ、能力が明らかになった。俺は、これでもうキリムを失わずに済むと思ってしまったんだ」
「……あれ?」
キリムはステアの言葉に違和感を覚えていた。慌てて立ち上がり、キッチンに広げていた食材を棚に戻し始める。
「どうした」
そんなキリムの行動の意図が分からず、今度はステアが尋ねる。
「いや、ちょっと気になったんだ。そういう風に考えるのって、ステアだけ?」
「どうだろうな。自身の消滅は苦にならんが、召喚主を死なせてしまう事はどのクラムでも避けたいはずだ」
「うん、そうだよね」
キリムが玉ねぎを麻袋に戻し入れながら頷く。ステアはキリムが何に納得したのか理解できていない。
「あのさ、バベルくんがどうして必ず他のクラムと一緒に呼び出されるのか、考えた事があったよね」
「ああ。無作為召喚に限った事だがな」
「あれって、もしかして……召喚士じゃなくて、クラムがバベルくんを呼んでいるんじゃないかな」
「どういうことだ」
キリムは自分の部屋に戻りながら話を続ける。物音から察するに、装備を着ようとしている。
「召喚士を守りたいっていう願い」
「……まさか、俺達クラムの願いが新たなクラムを発生させたと言うのか」
「自分が何者か、何を司っているのか、バベルくんは何も知らなかったよね。その時点で気付くべきだったんだ」
「気付く?」
キリムは軽鎧を着終え、双剣を腰に携える。
「ああ。バベルくんは、人の願いによって生み出されていないんだ。きっとグラディウスの無念やクラムの苦悩が生み出したクラムだ」
キリムはステアの横に立ち、深く頷く。
「行こう。まだバベルくんは帰って来ていない。俺の推測が正しければ……」






