Evangelist-05
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バベルが無作為召喚されるようになってから、しばらく時が経った。
幾度か固有術を教えた数人からの要請があり、バベルは期待以上の働きを見せた。
攻撃されることを恐れず済むことで、攻撃職の者は防御を考えず全力で戦うことが出来る。回復職の者は回復ではなく補助魔法に専念できる。
結果としてパーティー全体の攻撃が強化される事になり、かつ身の安全も保証される。何度か無作為召喚に応じれば、バベルの存在はあっという間に広く知られることとなった。
「ねえキリム、魔物と戦ってる旅人って多いんだね」
「強過ぎるガーゴイルの力が消えたせいか、魔物の生息分布もちょっと変わったんだ。今も旅が危険な事に変わりはないよ」
「僕はまだ固有術を教えちゃだめなの?」
「うーん……俺にそんな権限はないんだけど、今までと何もかもが違い過ぎてね。もう少し無作為召喚で名前を覚えられてからがいいかも」
「僕がまだ未熟だから、1人じゃ呼んでもらえないのかな」
「そこも、よく分からないんだよね。でもバベルくんはクラムとしてかなり強い部類だよ。それは召喚士の俺がよく分かってる」
バベルの存在が広く知られたのは、有能なクラムだからという理由だけではない。
「ほんと、どうしてバベルくんの無作為召喚は、必ず他のクラムと一緒なんだろう」
バベルが無作為召喚に応じると、必ず別のクラムと一緒に呼び出される。もう1体はノームだったり、アスラだったり、オーディンだったりと規則性がない。
1体呼び出せば、時々おまけで付いてくる有能なクラム。当初、召喚士達は2体も呼び出せば霊力切れを起こすと思い、無作為召喚が恐ろしかったという。
だが、実際の負担は1体呼び出すのとなんら変わりがない。バベルが勝手にクラムに付いて来ただけと思われている程だ。
祭壇に術式を彫った際に何か間違えていたのか。それを何度確かめても間違いは見当たらなかった。クラムバベルはクラムではない存在、そんな噂も出回り始めている。
「バベルくんが攻撃じゃなく、防御に徹する事と何か関係があるのかな……」
キリムは快晴の空の下でバベルと共に薪割りをしつつ、時折考え込む素振りを見せる。すぐ傍では、バベルとステアの可愛い寝間着が風に乗って踊り始める。間もなく干したシーツなども完全に乾くだろう。
「そろそろいいかな。バベルくん、有難う。ステアが買い物から帰ってきたら、久しぶりにゴーンに服でも買いに行こうか」
「うん!」
キリムとバベルの様子は、傍から見れば完全に兄と弟だ。キリムはバベルが現れた事で、慎ましくもそれなりに充実した毎日を送っていた。
「あっ、ステア」
薪を倉庫に運んでいると、ステアが買い物から戻って来た。と言ってもステアは瞬間移動で宿の中に戻ってきた。帰って来たというのに宿から出て来るという、チグハグな状況だ。
「買ったものを棚にしまっていたらディンが来た」
「え? 今朝もビール飲みに来てたじゃん」
「暇つぶしではなかったようだ。加勢に来いだと。行ってくる」
「え? あー俺も行こう。エンキに言ってくるからちょっと待って」
キリムはタンクトップを脱ぎながら、装備を取りに部屋へ戻ろうとする。
「いや、俺だけで向かおう。厳しいようなら呼びに戻る」
ステアはそんなキリムを制止し、留守番を命じた。
このところ、ステアはいつもキリムを残して先に行き、しばらくしてからキリムを呼びに戻る。駆けつけた時にはあらかた終わっている事もザラだ。
「……最初から連れて行ってくれたらいいじゃん。着替えくらい1分で終わるよ」
「それならば1分後、呼びに戻る。バベル、お前も来い」
「うん!」
そして、ステアはバベルがいれば必ず一緒に連れていく。
以前はキリム以外など目にも入っていなかったというのに、一体何があったのか。キリムは読めないステアの行動に首を傾げる事が多くなった。
「……もしかして、俺って、邪魔? バベルくんの方が優秀だし、一緒に戦いやすいとか」
キリムはステアのあるべき主だ。今更役にたないからといって、主従を解消などできない。キリムは長い時を共に生きるうち、ステアが心変わりしてしまったのではないかと考えていた。
ステアは不愛想だが優しい。眉間に皺を寄せてもバベルの世話はしっかり焼いている。キリムが困れば必ず手を貸し、今でも一番の友であり、相棒だ。
でも優しいからこそ、キリムに愛想を尽かしたと言い出せないのではないか。今のステアはカーズであるが故に、以前と変わらない関係を演じているのではないか。
「……俺のために、何か我慢してるのかな。俺の戦いの才能がそうでもないって、気付いたのかも。俺より動きがいい双剣士を見て、そっちが良くなったのかな」
キリムは装備に着替える手を止め、軽鎧をベッドに置く。
元々キリムは積極的な性格ではない。かつて旅人としての第一歩がそうだったように、優柔不断な部分がある上、時折後ろ向きな思考に陥る。
「ステアがお遣いでいない時、俺だけ戦ってたらムスッとしてたもんなあ」
キリムは駆けつける事を諦め、ステアが買って来た食材や消耗品をチェックし始めた。目利きというほどでもないが、ステアは100年以上続けているお遣いの成果として、悪いものは買わなくなった。
ステアは何だかんだと成長している。一方のキリムはめぼしい戦いもなく、毎日のんびり暮らしている。
人としての成長など、遠い昔に終わってしまった。キリムは停滞している自身への焦りを感じてしまう。
「まあ250年近く一緒にいたら……ステアも飽きちゃうか」
キリムがそうため息をつき、お客が来ないと想定して簡単なスープの準備に取り掛かる。じゃがいも、トマト、豆、スープの素になる鶏ガラ。一通りを並べ終えるとステアが戻って来た。
「キリム、待たせた。行けるか……どうした」
ステアは食材を並べるキリムに首を傾げ、眉間に皺を寄せる。
「あ、うん……俺が行かなくちゃいけない程でもないかなって」
「何故そう思った」
ステアは腕組みをし、キリムを見下ろしている。ステアは特に怒っている訳ではない。彼にとってこれが平常通りだ。
「いつもステアが先に行って、俺が後から駆けつけるよね。でもその時は既に戦いに目途がついてる。今回もそうだろうから、まあ、いいかなって」
「その程度なら、他のクラムから加勢を頼まれたりはせん」
「でも、いつもその程度じゃん。俺、行く意味あるのかなって思ってた。今日もステアは俺に来なくていいって言った。バベルくんを連れて行ったら勝てると思ってるからだろ」
ステアはキリムが珍しく不満を漏らす事に驚いていた。
キリムはいつも穏やかで、おおよその場合は肯定しかしない。ステアがする事に口出しをせず、没頭する趣味がある訳でもなく、自身の行いにもこだわりがない。
キリムは今でも何かを諦めたような物言いをする。ステアはキリムの出会った当初の消極的な姿を今更思い出していた。
「座れ」
「戦いに戻りなよ。俺は夕食用にスープを準備してるから」
「戦いなどもういい。俺にとってはこっちの方が重要だ。お前が言った通り、バベルがいれば問題はない」
「やっぱりね」
一見すると、ステアは相変わらず不愛想で、怒っているように見える。だがキリムはステアが困っているのだと気付いている。ステアの表情が曇るのは、大抵の場合は何と言っていいか分からない時だからだ。
キリムは食事の準備をやめ、テーブルに着いた。ステアも向かいに座ったが、腕組みをしたその姿は、とても困っているとは思えない。
「……思っている事を言ってくれ。何か後ろ向きな考えをしているようだが」
「ステアこそ、思ってる事をハッキリ言ってくれていいのに。薄々分かってるって状態が一番きつい」
「何がだ。俺は……ただ」
ステアが言い淀む。先に口を開いたのはキリムだった。
「ステア。最近俺の事、邪魔になってきた?」






