Evangelist-02
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「見てくれ、アイカんとこの工房の帆布だ。これでバベルの装備にも本格的に取り掛かれる」
「あれだけバーンスパイダーの糸が集まれば、当分は困らないよね」
「アイカとあの無謀親父に渡したのは一部だ。あの後、バーンスパイダーも何匹か捕まえに行ったんだろ?」
ノウイの魔窟で起きた救出騒動から1週間が経った。あの後、無謀な事を考える輩が出るのを防ぐため、キリム達は再びバーンスパイダーの巣に向かった。
糸を大量に手に入れたのはいいが、ただ配るだけでは糸を売る者が失業してしまう。糸の生産者側も、意地悪で流通を止めていた訳ではない。
そこでキリムとステアは供給が追い付かないのならと、穴埋めとして20匹を捕まえ糸の生産工場に贈ったのだ。
持ち帰った糸も、半分以上は生産工場に安く卸している。これで割を食う者は最小限になったはずだ。
「しっかしまあ、どっかで見た顔と思ったら」
「おいらも驚いたよ! あの2人の子孫だとはね!」
「えっと、母方が人族で、父方が猫人族のクーン族。母方の何代か前がゴジェさんとミサさんの子供……こんな縁もあるんだね」
「ゴジェさんの子、みんな個性的だったよな……アイカがミサさんの面影を残してて良かったよ」
かつてノウイで世話になったブティックのゴジェとミサは結婚し、子供を3人授かった。
ゴジェはミサのため、可愛いものが好きな乙女ではなく、可愛いものが好きな男として生きる決意をしたのだ。
そんな2人の子孫だと知ったのは、アイカが「ご先祖様がワーフ様と一緒に撮った写真があるんです」と言って、ゴジェ達とかつて一緒に撮った写真を見せてくれたからだ。
アイカはその写真を見ていたため、ワーフはともかくエンキの姿も知っていたのだ。
「縁は大事にしなきゃいけねえな。そんで、迂闊に下手な真似も出来ねえって事だ。末代までそれが語られると思うと……」
エンキが苦笑いしながら自身とワーフの洗濯物を畳み終える。
「キリム、ねえ……召喚士って、来る? 泊まりに来るお客さんに召喚士はいるの?」
「そうだね、時々いるかな。情報雑誌に召喚士の聖地なんて書かれちゃったから、わざわざ訪れる人もいるよ」
「今日来るかな」
「どうだろう、こればかりはなんとも」
バベルは宿の外のデッキの手摺に腕を乗せ、西のベージバルデの方を眺めていた。雲もない快晴の空の下、動く影は動物か魔物だけだ。
初めて召喚されて以降、バベルは召喚される事に飢えていた。ベージバルデでキリムが作ってやった看板を掲げ、「召喚士がいるパーティーの護衛請け負います」と召喚士を募った事もある。
瞬間移動で連れて行きますと言わなかったのは、目的がお金ではなく、役に立つ事だからだ。
もっとも、ムディンスクまで行くパーティーだったため、キリムの宿で待っていても一緒だったのだが……。
ナターリアに呼ばれて1回、護衛で中年の女性召喚士に召喚してもらって1回。召喚される喜びを知ったバベルは、次の護衛任務が待ち遠しくて仕方がない。
「ムディンスクに行った者は、また戻って来なければならん。復路も護衛するのだろう」
「うん、3日後にムディンスクの機械駆動車乗り場で待ち合わせ」
ステアの問いかけに対し、バベルは嬉しそうに頷く。護衛の名の通り、ムディンスクから共に機械駆動車に乗り、移動するのだ。数日間かかりっきりとなる。
「その間、ナターリアが貴様を呼ぶ可能性はないのか」
「どう……かな」
固有術を複数人に教えた場合、呼び出しのタイミングが重なる可能性がある。
そうならないよう、戦闘型のクラム達は固有術での呼び出しに対し、自身の分身となる意識体を使う。意思疎通は図れても喋れない。召喚士側もそんな意識体が来ることは百も承知だ。
ところが術を知る者が2人しかいないバベルは、まだ意識体を使っていなかった。
「バベルくんは、無作為召喚の順番にも入れてもらわないとね」
「そうだな……おいバベル。一度クラムの洞窟に行くぞ」
「何かあるの?」
「無作為召喚の術式は、洞窟の祭壇に彫られている。そこに貴様の血を吸わせなければ、無作為召喚を唱えられても届く事はない。意識体を生み出すなら、別の石碑に貴様の術式を彫る必要がある」
「じゃあやるよ! キリム、行ってくる!」
バベルは可愛い豚さんパジャマを脱ぎながら、勢いよくキリム達の部屋へと駆けこんでいく。バベルの仮住まいはキリムとステアの部屋だ。洞窟の中のステアの部屋を明け渡すと言ったのだが、この宿の方が居心地がいいらしい。
「ステア、じゃあ頼むよ」
「ああ」
装備に着替えたステアとバベルが瞬間移動で消えた。キリムはシーツを畳み終えた後で室内の清掃を始め、バベルが脱ぎ散らかした豚さんの寝間着を見ながら笑う。
結局、バベルはステアの真似をし、夜にはきちんと寝間着に着替えるクラムになった。寝間着のまま召喚されない事を願うばかりだ。
「それにしても、あのステアがバベルくんの面倒をよく見てるよなあ。まるでお父さんだ。猫の世話も出来なくて俺に任せたくせに」
「案外、バベルの発生にはクラムの願いも拾われたのかもな。クラム達としても、仲間を育てる経験はきっと有意義なものさ」
「そうだね。問題は、教育係に適したクラムが1人もいないことくらいか」
「召喚される機会が増えりゃ、必然的に人の事も覚える。1人で動く事にも不安を覚えなくなったようだし」
バベルも近いうちに無作為召喚され、知名度を上げていくだろう。守りに特化したクラムであるため攻撃に関してはそこまで期待できないが、パーティーの安全を確保出来るのは大きい。
「そろそろおいら達はバベルの装備を仕上げないといけないね。盾は仕上げたけれど、やっぱり武器も持たせた方がいいと思うんだ」
「そうですね、攻撃出来ないという決まりもありませんし、召喚士に対しても見栄えがいいはずです。となれば、防具は全身鎧より少し軽めの方がいいのかも」
「軽鎧の構造を応用しよう。とはいえ、確かに見た目で安心感を与えるのは重要だから……」
ワーフがメモを取り出し、エンキと打ち合わせを始める。キリムは何時間掛かるやらと笑い、そしてふと不可解な点に気付いた。
「……ねえ、エンキ。俺やエンキは当然のようにワーフやステアとずっといるし、召喚したままでも平気だけどさ」
「ん? まああるべき主従だし、カーズになったからな」
「ナターリアさん、魔窟で6時間くらいずっとバベルくんを召喚したままだったんだ」
「資質値自体はそんなに高くないって本人が言ってたけど……待てよ。バベルがベージバルデから護衛した召喚士は?」
エンキもキリムの言いたい事が分かったようだ。
通常、クラムを召喚士したままでいると、やがて霊力が枯渇してしまう。資質値が平均程度の者が仮にステアを呼び出せば、30分ともたない。
「そっちの護衛は数日呼び出したままだったと思う。おかしいよね、バベルくんが本体だから? でも召喚自体は有効だ」
「バベルの召喚って、もしかして霊力が要らないのか?」
「そんなはずはないよ。それなら召喚士じゃなくても誰でも呼べるって事になる」
「おいら達のように、戦闘型じゃないクラムは召喚される事自体が稀だけれど、それでも霊力がないと応じられないよ」
バベルの能力は判明し、固有術も出来た。間もなく無作為召喚にも応じる事が出来る。しかし、バベルは他のクラムと何かが違う。
キリムはまだバベルの存在について、知らなければならない事実があるような気がしていた。






