DEFENDER-11
バベルは鎌で襲い掛かるバーンスパイダーを斬り刻んでいく。結界の外は足の踏み場もない程のバーンスパイダーが蠢いていた。
「この数……バーンスパイダーは他の魔物達から身を守るため、ここを棲み処にしていたんだ」
「新しく開いた穴のおかげで、魔窟中のバーンスパイダーがここに集まったという訳だな」
「気持ち悪い! これは全部魔物なんだね?」
「ああ。蜘蛛と見た目は変わらんが、人や動物、時には魔物ですら襲う」
バーンスパイダーは一部の蜘蛛のように、糸を張り巡らせて獲物が掛かるのを待つタイプではない。だが、目の前は糸のカーテンが視界を遮り、奥行きが分からない程だ。
「バーンスパイダーが沢山、それも糸をこんなにも吐いているという事は」
「獲物を捕まえたという事だ」
「さっきの鎧を置いていた人達か!」
キリムは大慌てで糸を切り裂き、大声で呼びかける。数十メルテ四方はありそうな広い空間に、キリムの声が幾重にも響き渡る。
「誰か! 返事できませんか!」
「全ての糸を断ち切って探すしかないな」
結界がバーンスパーダーを弾き、バベルの周囲10メルテ程だけ地面が顔を出す。糸は炎に耐性があり、おまけに束ねたなら切創にも強い。最上級の防具に使われるだけあって、並の旅人では糸を断ち切る事すら難しい。
「この糸を自力で切って脱出できたとは思えんな」
「でも魔法で焼く事も出来ないし、全部俺達で切るしか」
「あっ……多分場所が分かります! このすぐ右手の奥に1人、いや2人! 真っ直ぐ前に1人、左奥にも2人います!」
ナターリアが指で何者かの居場所を指し示す。バベルの能力のおかげと思われたが、バベルの能力は人を感知できないはずだった。
「人の居場所まで把握できるんですか?」
「いえ、そうじゃないんです! あたし、ここに来る前『ぼやっとした印が頭に浮かんだ』と言いましたよね。あれは霊力が弱まったせいじゃなかったんです」
ナターリアはバベルの背を押しながら右手の奥へと歩き始める。犬の尻尾を自分でぎゅっと抱き、その足は少し震えていた。
キリムとステアが糸のカーテンを切って視界と間合いを確保し、4人は10歩ほど進んだところで立ち止まる。
「魔物の印がぼやっとしていたのは、感知できるギリギリの弱い魔物が無数にいたから。そして、この空間の中で印が集まって濃くなっている場所が……」
「ここという訳か。バーンスパイダーが群がるような何かがある、と」
「これ……まるで繭だ!」
目の前に現れたのは、バーンスパイダーが無数に群がる球体だった。一体何匹いるのか、糸を吐いてぐるぐると巻き付け、何かを包んでいく。
バベルの結界がバーンスパイダーを全て撥ね退けると、その中心にあったのは白い楕円形の繭だった。
「繭が破られていないということは、まだ保存中で食べ始めてないんだ! 早く出さないと!」
キリムが繭を切り裂こうと双剣に気力を込める。しかし、中の様子が分からない以上、一刀両断するわけにはいかない。
ライトボールが照らす空間は、白い糸のカーテンと白い繭、それに付近で蠢くバーンスパイダーの姿だけしかない。もしもこの繭の中が人ではなく卵だったら……キリムは嫌な想像を頭を振って吹き飛ばす。
「吊り下げられた糸を断ち切り、繭を地面に下ろすぞ。支えの付け根の部分を切ってやれば、間違って中の者を斬る事もないだろう」
「う、うん」
「バベル、キリムとナターリアを頼む」
「ステア? どうする気だ!」
「クラムは痺れたりせん。俺は残りの繭を回収する」
ステアが結界から飛び出し、蜘蛛が蠢く暗闇の先へと消えていく。キリムは出来るだけ全体を照らせるよう、ライトボールを高く打ち上げる。
「炎に強いから焼き払えないし、切創に強いから切るのも一苦労。これじゃ、いくらバーンスパイダーが弱いと言っても、誰も捕まえに行きたがらないわけだ」
「クラムバベル、あたしの霊力は足りてますか?」
「大丈夫だよ、僕としっかり繋がってる」
キリムはアダマンタイト製の双剣で器用に糸を剥いでいき、数分でようやく穴をこじ開けた。ナターリアが追加のライトボールでキリムの手元を明かりを確保する。
「いた! 猫の耳……クーン族の男の人だ!」
キリムが開けた穴からは、男性の顔を確認できた。気を失っているのか返事はない。体の自由を拘束するためか、男性は繭の中でも体をぐるぐる巻きにされ、まるでミイラだ。
「しっかりして下さい! 体はまだ温かいけど、全身が痺れてるのかな」
「どうしよう、あたし治癒魔法は覚えてない……キリムさんもですよね」
「俺は治癒魔法の才能が全然なくて。習いたての子供より効きが悪いです」
アイカの父親なのか、それとも仲間なのか、もしくはどちらでもないのか……とにかくこの男を安全な場所に移さなければ、すぐにバーンスパイダーが糸で包み直してしまう。
「あっ! あの角の繭、破れてる!」
「えっ、うそっ!? もう食べられた人が……」
バベルが視界の端で地面に落ちた繭の残骸を発見した。キリムとナターリアが振り向き、ナターリアのライトボールがその場所を照らす。
「……違います、あの骨の形は人じゃない。おそらく魔窟の他の魔物でしょう」
キリムがホッと胸を撫でおろすと同時にステアが繭を2つ担いで戻ってきた。体中をバーンスパイダーが覆っているため、その姿はまるで怪物だ。
バベルの結界に触れた途端にバーンスパイダーが粉々に砕け散り、嫌そうな顔をしたステアが姿を現す。
「あと2つだな。ここにいろ」
ステアはそう言って再び群れの中に消えていく。それから5分程してもう2つを担ぎ、結界の中に戻ってきた。
「これで全部だな」
「はい……この結界の周辺以外でもう印が集中している場所はありません」
「繭を剥ぐまで分からんが、おそらく5人パーティーだろう。外の荷物と俺達の鎧は後回しだ、ついでに糸を少し刈り取って瞬間移動で戻る」
「アイカの父親がいなかったら……」
「またここに戻って北まで歩けばいいだけだ」
ステアは付近の垂れ下がった糸のカーテンを無造作に刈り取り、まずは繭を2つ抱えてその場から消えた。
「クラムステアはどこに?」
「クラムは一度訪れた場所ならどこでも瞬間移動できます。多分、安全な旅客協会かと」
ステアは1分も経たずに戻ってきて、残り2つの繭と刈り取った糸、それにキリムを抱える。
「バベル、貴様はナターリアとその繭を抱えてノウイの協会まで飛べ」
「うん」
バーンスパイダーに埋め尽くされた空間から明かりが消え、人の気配もなくなった。
ステアとバベルが消えた跡は、結界の力で命を落としたバーンスパイダーの死骸が無数に転がっている。バーンスパイダー達は、その死骸に群がって糸を吐き始めていた。
* * * * * * * * *
「バーンスパイダーの糸だろ? そう簡単に剥ぎ取れるもんじゃねえ」
「どうやって切る……あっ!」
キリム達が協会に戻った時、職員達はまだ繭をどうやって破ろうかと腕組みをしていた。他の旅人も取り囲む中、キリムはワーフ自慢の双剣で上下からゆっくり切り込みを入れていく。
「おそらく痺れが回って動けないんだと思います! 治癒術を」
キリムが捕らわれていた者達を繭から引きずり出し、ギルド職員や居合わせた旅人が総出で麻痺回復の術を唱える。
ステアが自身らの鎧や旅人の荷物を回収して戻って来た頃、ようやく1人が目を覚ました。キリムはしゃがんで目線を合わせ、努めて優しく声を掛ける。
「気が付きましたか」
「ここ……は」
「協会です、もう大丈夫」
「協会……仲間は、みんなは!」
「無事です。落ち着いたらお名前を教えて下さい」
尖った黒い猫耳、茶色いくせ毛、褐色の肌。手は大きくゴツゴツして職人のように分厚い。
「な、名前……は、クロス・エール、です」






