DEFENDER-10
地下10階層に辿り着くと、キリム達はすぐに東の壁伝いに歩き始めた。最短ルートを外れたならひたすら漆黒の世界だ。付近に滞在者の気配はない。
足元はゴツゴツとした岩が剥き出しで、気を付けていなければ窪みに足を取られてしまう。キリムのライトボールがなければ動き回るのは困難だ。
「ナターリアさん、大丈夫ですか」
「ええ、なんとか」
「俺の背に乗るか。いざという時に動けなければ困る」
ナターリアは今日の早朝から歩いて魔窟を出た後、また10階層まで降りた事になる。エリクサーを飲んだとしても疲労は溜まっていた。
ステアは言葉が足りないが優しい。クラムに甘えていいものなのか、ナターリアが躊躇っているとバベルが間に割って入った。
「ナターリアは僕の召喚主なんだ、僕の背中に乗って」
「え、でも……」
バベルはナターリアの荷物をやや強引に持ち、背中に乗るように言う。だが、バベルの背丈はキリムの肩ほどしかなく、ナターリアよりも低い。幾ら疲れていても、子供に背負われるのは気が引けるものだ。
「あの、バベルくんは子供じゃないんです。バベルくんはナターリアさんの役に立ちたいだけだし、クラムは等級10の旅人より強靭です」
バベルはニッと笑い、ナターリアに手招きする。恐る恐る歩み寄ったナターリアをすぐに背負い、軽々とスキップしてみせた。
「お、重くないですか」
「いつも歩いているのと変わらないよ。少し急ごう」
キリム達は足元に気を付けながら小走りで北を目指す。姿は子供だが、ナターリアはどこか大男に背負われているような安心感に包まれていた。
* * * * * * * * *
「この辺りが北端、だね」
「魔物はいたが、旅人の姿はないな。魔物に追われ、どこかの横穴に逃げ込んだか」
「戦いの痕跡はありませんでしたね。他の旅人とも遭遇していませんし……本当にいるのでしょうか」
バベルの能力のおかげで、ナターリアは魔物を探知することが出来る。ただ、人の気配は感知できないらしい。
「もしかして、新しい道から外に向かったのかな」
「外に出たからといって、安全という訳じゃない。ただ、魔窟の中よりはマシだと考えたかもしれないね」
キリム達はやがて新しく見つかった横穴の前に辿り着いた。付近には崩れた岩の破片が転がっている。何かの拍子に壁が崩れ、偶然穴があると分かったのだろう。具体的な位置を知っていなければ、キリム達も穴が空いている事に気付けなかったかもしれない。
その入り口は人が2人並ぶのがやっとだ。ステアは少しかがむ必要があった。
明かりは勿論何もない。外まで歩いて1日以上かかる上、横穴の通路は右へ左へ、上へ下へと曲がりくねっている。出口は見えない。
その狭い道がしばらく続き、その先でようやく武器を振り回せる空間が現れた。
「大きな魔物が入って来れないね」
「ああ、ドラゴン種のような魔物からは身を守れる」
キリムが一番前、ステアが最後尾につけ、ゆっくりと進んでいく。足元、手元、そして時折低くなる天井に気を付けながら進むうち、ナターリアがここに来て初めて誰かがいた痕跡を発見した。
「ちょっと、ちょっと止まって下さい!」
「え、何か」
「そこ、何か光りました」
キリムがナターリアの指の先を確かめようとした時、足具のつま先が何かを蹴った。金属音が響き、地面の岩の上を滑っていく。
「これ……剣? 刃の途中から折れてる」
「誰かがここで戦ったか」
それは両刃の細長い剣の刃先数十セルテだった。戦いの最中に折れたのだろう。付近に血痕などはないため、苦戦してはいないと思われた。
「振り回すうちに壁に当たり、折れたのだろう」
「……探しているエールさんのパーティーかも」
「武器がこれでは戦力にならん。だとしたらまずいな、ここまで生きていた事に安堵すべきだとも言えるが」
残念ながら、誰の持ち物かは分からない。もしこれがアイカの父親のものだったなら、次に魔物が現れた時、パーティーの戦力はただ1人と言う事だ。
「壊れた武器を回収する暇もなく逃げ、戻る勇気もない。安全に帰還しようと思えばこの先を進むだろうな」
「そうだね。強い魔物がいる場所を再び通って戻ったとは思えない」
「行きと違う道は通らないでしょうから、戻っているならあたし達と鉢合わせになったはず。そうじゃなければ他のパーティーが出会ってるわ」
確証はないが、可能性は高い。キリム達は引き返さずに出口へ向かって再び歩き始めた。
「見て、これ」
「木製の皿か? 割れているな。ここで休息を取ったか」
2時間ほど歩いた時、左手の壁際に木製の皿と何かを燃やした灰が残されていた。この休憩が先か、剣が折れたのが先か、それは定かではない。
旅人のモラルはバラツキがあり、中にはこうして持ち物を構わず捨てていく者もいる。もしくはそれどころではない事態であったか、だ。
いずれにせよ、管理者ならゴミを放置して行かないし、目立つものなら拾って戻る。つまりこの木製の皿や先程の剣の残骸は、管理者がマッピングを済ませた3週間前よりも後のものだ。
「この付近、湿度は高いよね。でもこの皿にはカビがついてない」
「ここ数日のものである可能性がある、か」
「……あれ?」
木製の皿に気を取られている中、バベルが何かを発見した。
「ねえ、これは?」
「まだ何か……これ、バーンスパイダーの死骸だ!」
「この付近に生息しているというのか」
手のひらに乗るほどの大きさの蜘蛛が息絶えている。体が切り裂かれているのは、休憩していた者の仕業だろう。
「……待って下さい」
「何かありました?」
「この先に何かがいるのを感じます」
ナターリアが頷き、北西を指さす。
「微かに、でもぼやっとした大きな印が頭に浮かび上がりました。でも、この通路で大きな魔物がいるとは考えにくいですし」
「魔窟のまだ探索されていない区域が他にも?」
「分かりません。もうクラムバベルを召喚して数時間、そろそろ感知する能力が鈍ってきたのかも」
ナターリアはキリムから地図を受け取り、大まかな位置を記す。それはまだ歩いて数分先と見られたが、出口へ通じる横穴のすぐ隣と言ってもいい場所だった。
「先程曲がったのがここだろう、ならばそう遠くない」
ナターリアはバベルの背から降ろしてもらい、今度は先頭を歩きだす。
暫くして左に大きく曲がる通路に差し掛かったところで、4人の目には岩のひび割れが目に入った。
「この……先です。何かがいます」
「このひび割れの先? 人が1人入るのがやっとの穴だけど」
体を横にし、鎧をこすりながらやっと通れる隙間が空いている。
「これ、誰かの荷物……」
「誰かがこの隙間の先にいるのか? 荷物が通らないからと、置いて行ったのかもしれん」
隙間の脇に帆布製の茶色いバックパックが2つ、それに鎧が1つ丁寧に置かれている。
「持ち物に名前は……書いていなさそうだ」
「行ってみよう。魔物がいるんだ、襲われた後かも」
「うん、急ごう」
小柄なバベルが先に入り、ステアとキリムは悩んだ末軽鎧を脱いで後に続く。ナターリアは最後尾だ。
「この隙間、魔窟の見取り図に載ってな……」
キリムが新しい区域である可能性を呟いた時、先に進んでいたバベルの声が響いた。
「キリム! バーンスパイダーの群れだ!」
「何だって!?」
バベルの叫びと共に、すぐに守護の力が発動する。一瞬爽やかな風が吹き抜けた後、キリム達も急いで隙間の先に出た。
ライトボールが予想以上に広い空間を照らす。だが、視界はとても悪かった。
「これ……全部バーンスパイダーの糸だ」
「バーンスパイダーの巣……! そうだわ、先に入った人達は!? この数で襲われたら体がすぐに痺れて意識を失うわ! 捕らわれていたら大変!」






