DEFENDER-07
ステアの瞬間移動により、4人はすぐに魔窟の入り口へと辿り着いた。キリム達は久しく訪れていなかったが、魔窟の様子はすっかり変わっていた。
「なんか……魔窟というよりも隧道だね」
「灯りまでついている。随分と環境が良くなったな」
「整備され過ぎて、これじゃあ安易に足を踏み入れようとするのも無理はないね」
魔窟の入り口はコンクリートで固められ、鋼鉄の柵が取り付けられていた。おまけに入り口からしばらくは崩落防止の鉄骨が組まれている。魔窟内も明るく、ランプが所々に置かれているだけだった200年前とは大違いだ。
「ナターリアさん、中で不慣れな旅人の一行は目撃していませんか?」
「一本道じゃありませんからね、それらしいパーティーは見かけていません。他のパーティーと出会うのも、地下3階までの最短ルート、もしくは地下8階の安全区域くらいでしょうか」
話を聞く限りでは、他のパーティーから目撃情報を募るのは難しいだろう。一体どこにいるのか、全く見当が付かない。
「お? こんな時間から探索か?」
「あ、えっと……人探しを」
魔窟の脇の丸太小屋から、屈強な男が出て来た。魔窟には今も管理する者がいるようだ。
短い黒髪に丁寧に切りそろえられた顎鬚。肩には大きな斧を担いでいる。
「お嬢さんは見たことがある……そっちのあんた達は見ない顔だな。人探しって、どんな奴だ?」
「ノウイの職人が4,5人で来ませんでしたか」
「どうだろうな、俺が担当じゃない時に来たかもな。旅人資格の更新だけしてるっつう奴もいるし、職人かどうか判断がつかねえ」
男は入り口脇のノートをめくり、該当者の記帳を探す。
「ハイゼン・バゼラード、クロス・エール……」
「エール……やっぱり、魔窟には来ていたんだ」
「等級は3、入ったのは一昨日、か。旅人には目的を答える義理もない、3日くらいじゃ騒ぐこともない」
「まあ、基本は自己責任よね。それは旅人なら誰もが分かってる」
男の発言にナターリアも承知だと頷く。管理者は寄付を募り、善意で管理をしているだけで、捜索の義務はない。どんな旅人が何をしに来ても、大丈夫かと声を掛けるのが精一杯で止める事は出来ない。
「でも等級4以下のパーティーが4日戻らなければ、我々管理者が地下10階層まで捜索に向かってるよ」
「管理人さん達が捜索に入るとすれば、2日後から……だめだ、間に合わない。行きましょう」
キリムは男に礼を言って幾らかの寄付をした。台帳にキリムとナターリアの名を記し、魔窟の奥へと向かっていく。
その名を何の気なしに確認した男は、キリムの名にしばし絶句して背中を見つめていた。
「ナターリアさん、お疲れだと思いますから、これを」
「何でしょう? ああ、有難うご……ちょっと、いけませんこんな高価な物!」
入り口が見えなくなった頃、キリムは鞄からおもむろに小瓶を取り出し、ナターリアへと手渡した。魔窟帰りでクタクタな彼女のためを思ったのだが、ナターリアは驚き慌てて返そうとする。
その小瓶は回復薬の最上級品であるエリクサー。エリクサーは体力、魔力、霊力の全てを短時間でほぼ完全な状態まで戻してくれる。とても高価であり、旅人にとって瀕死の際の切り札だ。
「ナターリアさんにお願いしているのは俺達ですから」
「回復薬など金さえあれば買える。貴様の命がエリクサーに及ばぬ価値と言い張るなら別だが」
「そ、それでは……お言葉に甘えて」
エリクサーは地域によっては1瓶1万マーニもする超ぜいたく品である。旅人の大半は人生で幾度も飲んだ経験がない。生涯1度もない旅人もいるだろう。
自分で飲むには躊躇くせに、キリムは渡したことを惜しいと思わない。最下級の魔物の牙を「1つ3マーニだ」と言って、嬉しそうに集めていたキリムはもういないのだ。
「ぞろぞろと固まって歩く意味はない。キリム、下層に向かえ。俺は隅々まで走って確認する」
「分かった。血は?」
「今はいい」
ステアはその場から風のように走り去り、あっと言う間に薄暗い魔窟の曲がり角の奥へ消えていく。
地下の浅い層にいるのなら3日も戻らない事はない。かといって探さない訳にもいかない。時間が惜しいため、ステアが見回り、見かけた旅人に聞き込みを行うのだ。
「ナターリアさん、召喚の資質は幾らかお尋ねしてもいいですか」
「資質は51です。まあ、平均より少し高い程度でしょうか」
「それだけあれば大丈夫だと思います。召喚を維持できるか試したいので、3階層を超えたらバベルくんの召喚をお願いします」
「え、魔物と遭遇しないのに召喚を?」
キリムはバベルの力を簡単に説明し、これがバベルにとって初めての召喚である事も付け加える。ナターリアは頭の回転が速く、キリムの言いたい事をしっかり汲み取った。
「クラムバベルの適性資質が分からないので、いざという時に召喚できなければ意味がない。そして防御の意味合いからして予め召喚し、不意打ちに備えるのも有効、ですね」
「はい。安全区域までなら俺1人で魔物を倒せます。ナターリアさんはバベルくんの召喚で俺達全員を守って下さい。余裕があれば援護をお願いします」
「分かりました」
ナターリアはバベルの固有術を書き取ったメモを暗記しつつ、召喚に備える。
「ねえ、地下3階を超えるのはいつ? 早く召喚して欲しいんだ」
「あと1時間くらいかな」
「ああ、待ち遠しい!」
彼にとって念願の「初めて召喚士から必要とされる瞬間」はもう間もなくだ。
* * * * * * * * *
「今、何かいたよ」
「えっ……」
それは歩き始めて間もなく1時間、4階層に差し掛かる手前の通路だった。
バベルがふと左奥に動く影を発見し、キリムは咄嗟に双剣を構える。まだ3階層を超えていないが、ナターリアは念のためバベルの固有術を唱えた。
「守護のクラム、その名はバベル。クラムバベルは全てから守りたい全てを守り抜く……」
例えば、その名という部分は、当初「僕の名前」だった。クラムバベルの部分は「僕」だった。流石にそれではまずいと判断し、キリムが所々添削している。
その固有術は、バベルの強さに似合わず短めに作られていた。
バベルの語彙力では長々とした呪文が作れなかった……というのが真相だが、要点だけを連ねたその術はすっきりと分かりやすい。
緊急時に守ってもらうのなら短いのは必須だ。結果的に良かったと言える。
ナターリアが唱え終わった時、青い光がバベルの足元から風を纏って発生した。
「わぁ……僕、全身に何か流れてる、凄い、何でも守れる!」
バベルの周囲までもが青白く照らされ、魔物の姿がハッキリと浮かび上がる。黒豹のような見た目、鋭く長い牙。クァールという名の魔物だ。クァールは不意打ち失敗を悟り、牙を剥き出しにして向かってくる。
「キリムさん!」
「大丈夫、ステアに鍛えられた双剣の腕、たまには披露しないと!」
キリムが双剣を胸元で交差させ刃を外に向ける。クァールとの距離はそうない。キリムはまだ動かない。
「キリムさん!? まさか、クァールの睨みで麻痺を……」
クァールがキリムの喉元に噛みつこうと大きく口を開ける。キリムはそれでもまだ動かない。
「キリムさん!」
ナターリアの悲鳴にも近い声が響く。その瞬間、青白い光がキリムとクァールの間に壁を作った。クァールは壁に噛みつく形となり、その牙が根元から折れる。
「えっ?」
それはまるで強靭な光の結界。ナターリアは振り向き、初めてバベルの好戦的な笑みを見た。
彼女がバベルの力をようやく理解した時、キリムが嬉しそうに呟く。
「信じてたよ、バベルくん」
キリムは笑みを浮かべ、双剣を押し出すように振り切る。
「熾焔斬!」
クァールの喉元を刃と燃えるような残像が襲う。キリムが双剣を振って血を払った直後、首を失ったクァールはその場に崩れ落ちた。






