DEFENDER-05
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「なるほど、みんな考える事は同じか」
「良い品ではなくて、珍しいものを求める場所になってしまったんだね」
「素材市は品質の保証をしないからなあ。だから安いんだけど、今度はその値段が当たり前になっちまう」
「はい。うちの工房に買いに来るお客さんも減って、今では素材市の商人に卸すような状態です」
エンキ達は少女の父親の工房へ向かい、事情を詳しく聞き出した。
電気の明かりのお陰で室内は明るく、大きな機織り機、種類豊富な糸、裁縫道具の1つ1つに至るまで工房として不足は一切ない。手入れも行き届いており、一見すると危機を迎えている工房には思えない。
しかし、町の鍛冶屋や裁縫屋へ卸すだけでは工房を維持できないのだという。流通だけが目的の仲介屋や一般客は、目利きなど出来ない。結果、安くて同じようなものを素材市で買うようになる。
予想外の掘り出し物に当たればいいが、期待外れだった時、それもまたノウイ全体への評判に繋がってしまう。
「うちは品質の良さで勝負してきた工房です。今まで大量の布を短期間で納品する工房とは住み分けが出来ていました」
「おいら達もそうだよ。時間はかかるけれど、必ず最高の逸品を作る。安い早いが重要な事も分かってるけれどね」
「バベルの普段着もキリムがどっかで買ってきた服だし、全て一級品で揃えるってのは現実的じゃねえ。子供の泥遊び用の半袖シャツを、最高級の絹で縫う母親もいねえ」
「でも以前は買ってくれていた人たちが、買ってくれなくなった、と」
少女は力なく頷く。とはいえ、話を聞く限りでは経営努力が足りないだけとも思える。
需要や商売の形態は月日の流れで変わるものだ。時にはその変化に沿う努力も必要になる。少女の父親は良いものを作れば認められる、売れると思っていたのだろう。その時代は終わりつつあるという事だ。
「需要に合わせて作る事も必要だぜ。等級1の旅人しかいない所で、等級8向けの一級品を売っても買われる訳がねえ。誰もが幾ら出しても欲しいと思える何かがなけりゃな」
「その……その何かのために、父は魔窟に向かったんです」
少女はそう言い、薄手の白い生地のロールを1巻棚から取り出した。
「これは、バーンスパイダーの糸100%か?」
「やはりエンキ様程になるとすぐに分かるのですね、その通りです」
「……バーンスパイダーを捕獲しに行った、何てことはねえよな」
「その魔物は怖い魔物? 僕が守った方がいい?」
「いや、そいつ自体はたいしたことねえよ」
熱に強いバーンスパイダーの糸は、現在装備から防炎服まで幅広く重宝される高級資材だ。バーンスパイダーは毒を持っているが、魔物といってもただの蜘蛛。手のひらに乗るサイズで、注意していれば一般人でも捕まえられる。
ただし、その生息域は限られている。活火山の火口付近か、魔窟の下層だ。動けなくなった者を群れで取り囲み毒針で痺れさせ、その間に糸でくるんでしまう。人を保存食にしてゆっくり喰らうのだ。
「その、まさかです。先日仕上がった帆布の分で使い切ってしまい……。生産者の話では、次に糸が紡ぎ上がるのは2週間後だと」
「面倒だからバーンスパイダーを捕獲するクエリ以外で持ち帰る事はねえし、持ち帰ってもすぐに大量の糸を吐く訳じゃねえ。2週間が待てなかったか」
「ねえエンキ、さっき買った布も、バーンスパイダーの糸が使われているって言ったよね」
「ああ、よく覚えてたな。50センチメルテ×2メルテの布じゃ大して足しにならねえけど」
エンキが鞄から素材市で購入した帆布を取り出す。少女は帆布を巻きつける芯の筒を覗き込み、ため息をついた。
「それ、うちのです」
「えっ、これあんたの親父さんが作ったのか!」
「この帆布はいいね。目の均一さ、細かさ、特級品だよ」
「有難うございます。そんな中途半端な大きさだと、もう買い手が付かないんです。鞄や装備の工房はもっと長くて幅があるロールで仕入れますから」
「個人の趣味で作るにはいいが、1枚布に拘ると……だな、確かに。買い手がつかねえから、素材市に流したっつうことか」
「もっと大きな布に仕上がるまで待てば良かったのに」
バベルの感想はごもっともだった。足りないと分かっていたなら、バーンスパイダーの糸が入荷してから作っても良かったはずだ。
「こんな布でも、売るものがないと……」
当面の生活費のため、あるものをどんどん売っていかなければならない。一般客への販売はあてにできず、他の工房向けの布がいつ出るかも分からない。結果、元凶の素材市を頼ることになってしまう。
売れるか売れないか分からないためか、素材市の商人は良い物であっても買い叩く。この町の職人が金に困っていると知っていて、足元を見ている。
「次の入荷も待てねえ、そもそも仕入れるための金も、在庫を売るまでは確保できねえ、と」
「バーンスパイダーそのものを生産者に売る、もしくは優先的に糸を回してもらうための交渉材料にするつもりなんだね。だから、仕方なく魔窟に向かったんだね」
「はい。こんな状況なのはうちの工房だけじゃないんです」
ものづくりで名を馳せたノウイの町は、再び危機を迎えている。魔窟へ通う旅人は相変わらずだが、彼らは一般客として材料を買う訳ではない。
ローブや軽鎧など旅人向けの装備屋や、造船向けの帆布の需要に期待するしかない。
「このレベルの帆布をもう少しと思ったんだけど、この調子じゃ買うどころじゃねえな。かといって、俺やワーフ様じゃ魔窟の下層まで行けねえし」
「僕がいれば大丈夫かな」
「キリムとステアが言ってたんだ。等級8の連中とやっと倒せるような強さの魔物がいたって。攻撃出来る奴がいないと、バベルだけじゃきつい」
「そんな危険な所に護衛も付けずに行くなんて、死にに行くようなものだ……おっと、心配させたい訳じゃないんだ、許しておくれ」
ワーフは慌てて少女に手を合わせる。
「俺達は戦いになりゃ専門外だ。キリムとステアなら下層まで行った事もあるけど、親父さん達が下層まで行けたかどうかも分からねえよな」
「宿を休むとなると、訪れたお客さんが困ってしまうね。おいら達が戻って、ステア達と交代するかい」
「それしかねえか……」
せっかく来たノウイだが、困っている者を助ける手段がない。買い物どころの話でもない。魔窟ならキリム達に頼るしかないだろう。
「旅人協会には相談したのか?」
「救助要請は出しました。でも、魔窟の下層に行けるような旅人は2,3組しか……魔窟の中には何パーティーかいるそうですが、呼びに行くだけでも頼むお金がないし」
「キリム達をタダ働きさせる訳にもいかねえから、あいつらには俺達が金を出してやる。その代わり、親父さんが戻ってきたら帆布を俺達に売って欲しい」
「は、はい! それは勿論!」
「じゃあ、俺達は一度宿に……」
少女はようやく笑みを浮かべた。ここからはキリムとステアの出番。エンキとワーフは立ち上がり、瞬間移動をしようとした。バベルはそれを慌てて止める。
「ねえ、待って! エンキ、僕も召喚されたいんだ、僕がキリムから貰ったお小遣いで、召喚士にクエリを出せないかな」
「クエリ……そうか、俺達が金出して旅人に依頼してもいいのか」
「僕、今度こそちゃんと役に立ちたい。固有術も考えたんだ。意識体でもいい、召喚士に呼んでもらいたい」
バベルはお手伝いではなく、本格的に戦いたいという。クラムが召喚されたくて金を払うというのは前代未聞だが……。
「分かった。でも念のためにキリムとステアは呼んでこよう。ステアがいれば、行った事のある階はすぐに向かえる。それじゃあえっと……」
「あ、アイカです。アイカ・エールです」
「アイカ、バベルを連れて協会に行ってくれ。手付金はバベルが持ってる。報酬は言い値でいい」






