DEFENDER-02
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「へえ、ミスティからイーストウェイ、そのままジェランドに向かってズシまでか。結構移動してるんだな」
「バベル君も自分のやりたい事が定まったし、触りだけでも人々の暮らしが分かったと思う」
「うん、僕はみんなを守る盾になりたいんだ」
アスラ、ディン、ニキータを帰らせ、キリムは1カ月間の旅の報告をしていた。自身の名前以外何も分からなかった頃に比べ、バベルは随分と自信に満ちている。実際に人の役に立ち、ブラックからは感謝され血も差し出された。
未だ召喚された事はないものの、バベルにとっては自分を肯定された瞬間だった。
「クラムとしての能力は申し分ない。恐らく亜種から旅人を守る事も出来る。防御の面だけで言えば、グラディウス以上かもしれん」
「へー、そりゃあ頼もしいクラムになれそうだな」
「うん、俺達も攻撃に専念できるのは大きいよ」
バベルが褐色の肌に青い目を細め、嬉しそうに微笑む。
礫砂漠は過酷な暑さとなっているが、この場にいるのは寒暖に疎い者ばかり。誰1人として汗をかく事もなく、呑気にアツアツの珈琲を飲みながら談笑している。ステアは相変わらず一気に飲み干してしまった。
「サハギンを助けるとか、なかなか面白いこともやってるのは分かったけど、もうクラムとして意識体を飛ばしてんのか?」
役割を把握し、それを遂行できる方法まで確立させているのなら、もう一人前のクラムとして活躍できる。どうせ知識が偏っているのは他のクラムも同じだ。
むしろ、キリムが付きっきりで教えた分、ディンやアスラよりバベルの方が人の感覚を理解できるかもしれない。しかしキリムはうんうんと唸って難色を示す。
「まだ、無作為召喚はやってないんだ」
「え、でも色んな町や村で活躍したんだろ? ズシで魔人を守った話を聞く限りじゃ絶対防御のすげークラムだって、ステアも言ったじゃねえか」
「そうなんだけど、クラムバベルそのものがまだ認知されてないから……今、協会にクラムバベルの情報を共有して貰ってるところ」
「俺もかつてそうだったが、知名度の低いクラムは出番がなかなか来ない」
無作為召喚は、術式1つであらゆるクラムを呼び出せる。ただ、やって来るクラムはその時々によって違い、多くの場合はノームやサラマンダーなど、馴染みあるクラムだ。
彼らは人族の中で最も求められる分類のクラム。土、火、水、風、光など、自然界にあふれているものを司れば当然と言える。
おまけにステアは召喚資質が高くなければ応じない。召喚士の能力が低すぎる場合、無作為召喚で求められても気付かないのだ。
剣術のクラムディン、治療や反撃などが得意なクラムアスラが暇している理由の1つはそれだろう。必然的に知名度は低くなり、ますます限定的になっていく。
「固有術を教えてあげたら、召喚自体は出来るんだけどね。霊力が幾らだったら30分間呼び出し続けられるかどうか、適性資質を調べるのもこれから」
「あーそうか、ステアみたいに資質が60も70も必要だと、呼び出すだけで召喚士が消耗しちまうよな」
「僕はみんなを守りたいから、資質がある、ないなんて気にしないよ?」
「こればかりはクラム側でどうこう出来る問題ではない」
バベルは不満そうだが、強いクラムはそれだけ霊力を必要とする。かつてガーゴイルと戦った時、数人の召喚士がディン、アスラ、オーディンから固有術を教えられた。キリムの友人の姉であるミゴットもそうだ。
彼女らは霊力を補充するスピリットポーションの瓶を何本も空けながら、なんとか戦闘を乗り切った。戦いの度にそれでは体もお金ももたない。
「それに、守るというのならそれなりの装備も必要だよ。バベルにあげたのは軽鎧だけど、防御に徹するなら全身鎧がいい」
「ワーフ様、鎌という訳にもいきませんよね。盾を持たせたい」
「うんうん、最高の防御を誇るクラムに」
「最高の盾を!」
「最高の鎧も!」
「勿論です!」
エンキとワーフの目が輝き、まるで少年のように楽しそうな笑顔を浮かべる。彼らの頭の中では、盾に関するあらゆる知識とデザインが渦巻いていることだろう。
「キリム! なあ、すぐには発たねえんだろ? 俺もこのところナイフ1本も作れてねえんだ、ちょっと時間をくれ!」
「あ、うん……そうだね、バベルくんは固有術を考える必要があるし、適性資質に関する調査もこれからだ」
「よっしゃあ! ワーフ様、やりましょう!」
「エンキ、まずはとびきり最高の材料を集めに行こう! ノウイの魔窟市に行こうじゃないか!」
「俺、全財産持って行きますよ! じゃあキリム、早速製作に取り掛かる! いっざー行かんー、鍛冶の道~!」
エンキとワーフはどこで覚えたのか分からない歌を口ずさみ、意気揚々と自分達の工房へ戻っていく。宿とクラムの世話で本業が手につかず、涙目になっていた事などもう忘れてしまったようだ。
「まるで子供だな」
「エンキってさ、黙ってると見た目は怖そうなのにね。親しみやすいというか、見た目と全然違うというか」
今頃はもう旅の着替えを鞄に押し込み、ワーフとデザインの話をしているかもしれない。もしかしたら、猪突猛進で既にノウイに向かっているかもしれない。
……もしくは旅立つのも忘れて図面を引きだしたかもしれない。
「僕のために、色んな人が力を貸してくれるんだね」
「人のために存在するのは、悪くないだろう」
「うん。エンキとワーフの装備を着たら、僕もきっと強そうに見えるよね」
「親しみやすいから弱いという訳ではない」
親しみやすくないステアが言っても説得力はないが、ワーフは親しみやすい超一流の鍛冶神だ。強そうに見せたいのならそうすればいいだけである。
「久しぶりに戦闘も出来たし、また落ち着いて旅をしたいところだね」
「あいつらが帰って来ればいつでも出来るさ。俺はまだ戦闘をしたと実感する程戦っていない」
「うん……まあ、2人が帰って来れば、ね」
エンキ達はノウイに向かった後、材料調達に何日かけるだろうか。本当にノウイだけで事足りるのだろうか。そのままこの宿の工房ではなくクラムの洞窟の工房に向かい、製作を始めないだろうか。
「最低でも1か月は覚悟した方がいい。あいつが最高と言い出した時、何を要求されるかは分かっているな」
「空の輝き、大地の礎……鋼鉄の水。ほんと、何の事か分からなかったよね」
「エンキがいなければ、まだ探し回っていただろう」
エンキがワーフとカーズになるまで、ワーフが要求するものは難解な指示ばかりだった。エンキがワーフの意図を正確に汲み取るおかげで、今では随分と材料探しも楽になっている。
「さーて、洗濯物は全部出しといてね。ステア、外の見張りを」
「ああ、少し暴れて来よう。バベルも行くか」
バベルが「うん」と頷く寸前で、宿の扉が開かれた。そこにはすっかり旅支度が出来たエンキとワーフがいる。
「あ、もう行くの?」
「ああ。それで、バベルも一緒に行かねえか? 使う本人がいた方が何かといいと思ってさ」
「場合によっては魔窟にも向かうんだ。戦えなくはないけれど、バベルがいればおいら達も心強い」
バベルは軽鎧を脱ぎ、半袖に短パンの恰好だ。それも旅先で間に合わせて買ったもの。バベルは不安そうにキリムに確認を取る。
「行っておいで、着替えはノウイに着いた時に買えばいいよ」
「うん、有難う! 行ってくる!」
キリムが幾らかお金を持たせる。バベルが再び鎧を身に着け、鎌を背負い、鞄を脇に下げると、3人は賑やかに宿の扉を開け、ノウイへと瞬間移動で消えて行った。
「……久しぶりにステアと俺だけか。急にみんないなくなると寂しいね」
「寂しいだと? フン、俺はようやく我が主を独占出来て気分がいい」
ステアが鼻をならし、扉を見つめる。
「ははっ、素直じゃないんだから。じゃあ頼むよ、ステア」
「ああ。お前が使役するのは俺だけでいい、キリム」






