chit-chat【Meanwhile】荒野の宿にて-02 ~ DEFENDER-01
DEFENDER~バベルと召喚士~
chit-chat【Meanwhile】荒野の宿にて-2 ~DEFENDER-01
ここは礫砂漠のど真ん中。今日もクラムの介護施設に朝が訪れた。
……失礼、今日もキリムが経営する宿に朝が訪れた。
宿泊客は2,3日に1組程度だが、エンキの苦労は絶える事がない。キリム達の留守を任されたエンキはそろそろ泣き出しそうだ。
「頼む、なあ、1週間でいいから来ないでくれ、な?」
「にゃひひ、吾輩、商売が好きである!」
「知らねえよ、他所でしろ! まだ7時だぞ……客がいねえ日まで来るな!」
「置き薬の減り具合を確認しに来たのだ! どれどれ……ポーションは1、3、7……7本! 肩こりと足のむくみの薬が6個ずつ売れている!」
商売の神クラムニキータが満面の笑みを浮かべる。勝手に設けた物販コーナーの売り上げを確かめに来たらしい。2本足で歩き、頭がやや大きいものの、姿はほぼ長靴を履いて枯葉色のコートを着た猫だ。
その横ではクラムアスラが6本の腕のうち2本を組み、不満げに自分の棚の在庫を見つめている。
「エンキ! 吾輩は両替をお願いしたいにゃ!」
「あー俺、ビールが欲しい、持って来てくれ、ニキータのツケで」
「吾輩はニコニコ即払いが基本である! ツケはしないにゃ」
「タダでやるから帰れ、一昨日パズルやっただろ、もう終わったのかよ」
「ああ、あれか。飽きた」
「チッ、忍耐力のねえクラムだぜ」
クラムディンが色黒の肌に映える真っ白な歯を見せ、ニッと笑う。エンキは「あーもう!」と叫び、ディンにビールの瓶を差し出した。念のために言っておくが、エンキは介護職員ではなく鍛冶職人だ。
自分の方が世話をして欲しいくらいに本業が忙しく、キリムの頼みでなかったら今頃宿を閉めているだろう。
「金ねえんだよな? ビール代は俺が払ってやる」
「よっしゃ、恩に着るぜ……何だ? おい、くれねえのか」
エンキはビールの瓶を握ったまま離さない。ディンが奪うように手を伸ばすも、エンキの手からは引き剥がせない。
「帰ると約束するよな」
「……分かった」
「今日はもう来ねえよな」
「……」
「朝7時からビール飲みに来るタダ客なんかいらねえ」
「……分かったよ。おいワーフ、てめえの主はちと厳し過ぎねえか? 俺だって手伝ってやった時もあっただろ」
ディンがビールを受け取って栓を抜き、美味しそうに喉を鳴らす。が、ふとその場の空気が凍り付くように冷たくなった。
「おいらの大切なエンキに、何か不満があるのかい」
いつもと同じ口調だが陽気さがない。ディンがしまったと呟いて口を閉じる。
「おいらの主に、何か不満があるのかい」
「あ、いや……」
「手伝ってやった? 偉そうな事を言ってくれるね、ディン」
「あー、それは、えっと……おーっとどこかで誰かが俺を呼んでいる! 行かなければ、それじゃ失礼!」
ディンがわざとらしく用事を思い出し、一方的に別れを告げて瞬間移動で消えた。仮に召喚に応じたのだとして、クラムがビールを片手に現れたなら何と言われるだろう。
「ワーフ様、有難うございます。ワーフ様がいてくれなかったら……」
「本当かい? おいら、鍛冶以外でも役に立っているかい?」
「ええ、勿論です!」
エンキの言葉は7割が本音、3割がご機嫌取り。ワーフは先程までの怒りはどこへやら、ウサギ耳を嬉しそうに揺らして微笑む。
そのすぐ後ろの棚の前では、まだアスラが不満げに首をかしげていた。
「何故、妾の売る物は減らぬのだ。ポーションなどよりも効果は高いはずだ」
ニキータの棚は人の背程の4段ボックスだ。商品名の上に5%割引、10%割引などのシールが貼られ、ピシッと綺麗に陳列されている。
棚は焦がし杉で組まれ、落ち着いた雰囲気になっており、買う人の気持ちを考えた効果・用法のメモなども無料で置かれている。
「アスラの棚は不気味なんだよ。てめえが客として来た時、その棚を見てどう思うよ、ん?」
「不気味? 最大限効果を視覚化させたつもりだが」
アスラの棚は一言で表すと毒々しい。棚そのものはキリムから貰った真っ白の棚であり、とても清潔感がある。人の胸程の高さで圧迫感もない。
ただ、そこに置かれたものが問題だ。真っ黒で得体のしれない小瓶、曲がりくねった何かの根っこ、紫色のつる、怪しい御札に、怪しい術式の彫られた木簡。
呪術屋と見間違うその品揃えに、近づいただけで呪われるのではと不安になる客もいる。エンキが説明して不安を取り除いたとしても、購入意欲が湧く事はない。
「古びた紙きれに真っ赤な術式、瓶も中身も真っ黒の薬、気持ち悪い根っこ! なんだそれ、生えてる葉っぱが髪の毛みてえで怖いんだよ」
「痛み止めと解毒に効果のあるマンドラゴラだと言ったであろう。引き抜いた後だ、心配せずとも悲鳴は上げぬ」
「心配してんのはそこじゃねえよ。しかも1万マーニ(1マーニ≒10円)って、宿代の20倍だぞ。売る気あんのか」
「希少なものだ。金で買えるのは幸運だと言っていい」
確かにどれも効果はお墨付きだ。しかし値段が高過ぎたり、飲み干すには勇気を要したりと、出来れば買いたくない見た目のものばかりだ。
紫のつるや気味の悪いキノコが増えた時、エンキが一度粉末にしてみろと言った事がある。アスラは分かったと言って戻った後、翌日になってすり潰しただけの毒々しい赤紫のペーストを持ってきた。
それ以来、エンキはアスラに期待していない。客の食欲に影響が出ないよう、物販コーナーは入り口横の目立たない場所に移された。
「あー……鍛冶がしてえ、そろそろ1か月くらいこもりっきりで逸品を仕上げたい! もうクラムの子守はしたくねえ……」
「にゃ? 鍛冶……お金の匂いがするのである!」
クラムニキータの目が輝く。エンキとワーフが作った物なら、大剣から果物ナイフまで何でも売れる。ニキータは何かあるなら仕入れたいと言って完成品を強請る。
「最近は忙しくてあまり作っていないんだ。おいらが合間に仕上げた小刀なら……」
「まだ買い手がついていないなら、吾輩が仕入れるにゃ!」
ニキータがワーフを急かし、武器を幾つか買い取ろうとパンパンに張った財布を取り出す。
「吾輩、お金が好きである!」
クラム達は能天気で、自分の存在に疑いを持っていない。ニキータは商売そのものが大好きで、誰がいつ通るとも分からない山道で商品を並べ、何時間も座っていても苦にならない。
アスラはクラムエイルと共に回復薬の研究を続けており、常に被害……被験者を求めている。エンキは1か月程、そんなまとまりと協調性のないクラム達の相手をしてきた。
勿論、宿でのもてなしにも手を抜いていない。クラム達が頻繁に来なければエンキにも自由時間が出来る。客がいない時くらい、エンキはハンマーを振って鉄を叩きたいのだ。
「キリム帰って来ねえかな、俺もう泣きそう」
エンキがキリっとした眉を下げ、ポロリと弱音を吐く。その時、入り口で来客を告げる鈴が鳴った。扉が開き、金属製の足具が木板のフロアをコツコツと打つ。
「ただいまー、ごめんエンキ! いったん戻った……」
「キリムー! ああ、お帰りぃ……!」
入って来たのはキリムだった。エンキはキリムの言葉を遮るように抱きつき、涙を流して帰りを喜ぶ。ステアとバベルも後ろにいるが、入り口が塞がれ立ち往生だ。
「えっと、何か……あった?」
「もう無理だ、俺だけじゃ無理、クラム達が毎日来やがって……」
エンキの言葉で全てを察し、キリムは宿の中を見渡した。
「……あれ、アスラのだよね」
キリムがアスラの棚の前まで歩き、仁王立ちで品定めする。そして幾つかを指差し、アスラへと振り向いた。
「これは駄目、持って帰って」
アスラは何故だと首を傾げる。売れない理由が本気で分かっていない。その背後ではステアが睨んでいた。
「理由など要らん、ここはキリムの宿だ。貴様に口ごたえの権利などない、帰れ」






