essence-11
「た、倒した……お、俺が倒した!」
魔物は動かなくなった。ブラックが剣を引き抜けば、魔物の体がその場に崩れ落ちる。
「やった……みんな無事だな!?」
キリム達がいたため、今までで一番の苦戦とは言えなかった。それでも仮にキリム達がいなかったなら、死人が複数名出てもおかしくない相手だった。
患者は既に処置を終えられ、病室に運ばれて行ったが、患者の家族はまだ席に座っている。助けてくれた者達を最後まで見守ろうと、彼らは席を立たなかった。娘の容体が心配でも、これが彼らなりの誠意なのだろう。
両親は目元を拭いながら、何度も何度も深々と頭を下げた。
患者を守れた安堵と、戦いを無事に終えたという安堵。ブラックだけでなく仲間も、ギアナさえも座り込む。
「キリムさん、クラムステア、それにクラムバベル、本当に有難うございました!」
「こちらこそ、信じてくれて有難うございます。俺達にとっては久しぶりの大掛かりな討伐戦でした」
「キリムがこうして人前で戦うのは数十年振りかもしれんな。こいつは俺に任せっきりで自分の店にしか興味がない」
「そんな事……あるか、あるね。ごめん」
魔人も旅人も、今はまだヒトデナシな者達でさえもキリム達を讃えてくれる。キリムは当たり前のように小手を外し、ステアに腕を差し出した。
ステアがその腕にゆっくりと鋭い歯を突き立て、キリムの血を飲み始める。僅かな量で満足し、キリムが血を止める包帯を巻いた。
「あの、クラムバベルの血はどうするのですか」
「俺はステアにしか血をあげられないので、輸血用の血などをいつも分けて貰っています」
「という事は、召喚士の血ではなくてもいいという事ですか」
ブラックはそれならばと自身も小手を外し、檻の外に出てバベルの目の前に腕を差し出した。
「俺の血を、さあ!」
ブラックは笑顔のまま、腕を更にバベルに近付ける。
「いいの? ねえ、僕は貰っていいの?」
召喚士に呼ばれ、召喚士のために戦う、それがクラムだ。召喚士でもない者から、ましてや呼び出された訳でもないのに血を貰っていいのか。バベルはそれがクラムのルールに反しているのではと心配している。
「受け取ってやれ。お前のために差し出された糧だ。初めての褒美だろう」
「じゃあ……」
バベルはおそるおそるブラックの腕に鋭い歯を立てた。ブラックはバベルの役割を弁えているため、痛そうな素振りなどは一切しない。人を傷つけたなどと考えられては困るからだ。
バベルはそれ程多くない量を受け取り、ゆっくりと口を離した。仲間が治癒術を掛ければブラックの腕の傷は元に戻る。
「……どうしてだろう、同じ血なのに凄く美味しいよ。それにぽかぽかする」
「バベルくんへの感謝が込められているからだよ。誰かじゃなくて、バベルくんのための血だから」
「僕のため……」
「この腕は、さっき魔物に噛まれていた腕です。クラムバベルが守ってくれた腕です。召喚士でもないのに俺達を守ってくれました。あなたを、俺達は生涯忘れません」
ブラック達に感謝され、バベルはしばらく驚いていたが、ふいに涙をひとすじ流した。すぐに顔が歪み、手の甲で涙を拭う。
「バベルくん」
「僕、みんなの役に立ったんだね……僕、誰かに必要って、思って貰えたんだ」
発生したばかりで、まだ名前すら殆ど知られていない。召喚された事はなく、今までは見かけた誰かの危機に首を突っ込んだだけだ。「誰か」助けてくれという願いに駆け付けた事はあっても、「クラムバベル」が求められたのは初めてだった。
「自身の事も分からずに生まれ、召喚士ではない者から求められた、か。なかなか破天荒なクラムになったな」
「バベルくん。色々悩む事はあると思うけど、すっきりしたかい」
「うん……! うん、僕、本当に良かった!」
事態が飲み込めない皆に対し、キリムはバベルの事情を簡単に説明した。まだこの世に誕生して1カ月も経っていない事、これが人に貰った初めての血である事、初めて「クラムバベル」が求められた戦いだった事。
それらを聞き、ブラック達はようやくバベルの涙の意味を理解した。
「クラムバベル、あなたの力はすぐに皆から必要とされるようになります。俺が召喚士だったなら、あなたをいつも自慢して歩きたいくらいです」
「そう……かな。へへっ、そう思って貰えるの、とても嬉しい」
バベルはブラックとしっかり握手を交わし、笑顔を取り戻した。もうこれで存在意義について悩み、自信をなくすような事はないだろう。
「さあ、ブラックさん、それに家族のみなさん! 早く行かないと、あの子の目覚めに間に合いませんよ」
「そうだった、そうだったわ!」
家族が慌てて病院側の出口へと走っていく。ステアがブラック達にも早く行けと伝える。
「貴様らがあの子の英雄だ。俺達ではない」
「はい! 行こう!」
ブラックが仲間と共に女の子の家族の後を追う。ギアナとギアナの仲間達は、ヒトデナシ達をその場に立たせた。
「これが今後お前達が許されるためにやる仕事だ」
「俺達に、あ、あんな戦いできない! 出来ません!」
「出来るか出来ないかなど訊いていない。あれがお前達の仕事だ」
口々に無理だと言うヒトデナシに対し、ギアナの仲間が肩をすくめて見せる。
「人に戻りたいのなら、許される事だ。俺達も手を貸す、ブラック達だけでなく他にも手を貸せる仲間はいる」
「あんな熱い戦いを見せられ、悔しいと思わないのか。無抵抗な者を揶揄い、小者として生を終えるのか。お前ら、そんな事のために旅人になったのか」
ギアナに諭され、ヒトデナシ達は俯く。手軽に倒せる魔物だけを相手にし、何の覚悟もなく、旅人の肩書に甘えて生きていた。今まで命の危険など感じた事がないのだろう。
「貴様らの再出発に手を貸してやると言ってんだ。俺達が、命がけでな」
ヒトデナシと言われ、男達はどんな惨い仕打ちを受けるのかと不安になっていた。
まさか魔物を退治し、人を守る事になるとは思わなかっただろう。
旅人としての本来の仕事だが、強過ぎる魔物を前に、まだ覚悟を決めることが出来ずにいた。
「馬鹿にされ、蔑まれるのではなく、1度くらい感謝されたくないか。力に対してではなく、その勇気に」
「俺は、かつて旅人になりたくてもなれない状況にいました。親の看病、明日の食事すら用意出来ない極貧生活。俺はステアの力を借りて、今の人生を手に入れました。全部自分で出来た訳じゃないんです」
「あなたほどの方が?」
「はい。母が殺され、父も負傷し、ステアと出会った時、俺はまだ旅人ですらありませんでした。所持金も数百マーニだったと思います」
自信なさげなヒトデナシ達も、キリムとステアの話に耳を傾けた。英雄は英雄になれるだけの恵まれた環境にいた、そう思っていたのだ。
「今のままでいいのなら、何もいいません。でも、変わりたいのなら……貸しても貰える力にはしがみつくべきです」
「心配だろうが、俺達も万全の対策をする。ヒトデナシだから死んでもいいなどとは思っていない。もう誰も死なせない、そのために強化特訓も始めた。俺達に知恵と力を貸してくれ」
ギアナが頭を下げる。ヒトデナシ達は少し間を置いたのち、分かったと頷いた。
「貴様らに手を貸せる召喚士を集い、俺やバベルの意識体を呼ばせろ。バベルも術式が出来れば伝えに来る」
ステアは自身の固有術を記し、ギアナに渡した。照れくさいのか、そのまま踵を返して出口へと歩いていく。
「行くぞ、もう俺達が干渉するべきではない」
「そうだね。それでは、失礼します」
キリム達が闘技場を出て行く。ヒトデナシ達の目には、かつて宿っていたはずの力強い輝きが戻りつつあった。






