essence-10
魔物を若干弱らせる程度の攻撃は出来ても、致命傷を与えてしまえば意味がない。翻弄させる役はキリム、ブラックやギアナ達を守るのはステア。檻の外はバベルが守る事で、まずは緊迫した状況を脱した。
「牙がぎっしり生え揃ってきた! あと腕の動きは人の腕のようにしなやかに動く!」
「……俺が後方で振った剣に反応した。視野は270度程あると見ていい」
「体のトゲの先が湿ってる、毒と思った方がいいかも」
キリムとステアが連携し、魔物の変化を観察して報告し合う。時間稼ぎだけでなく、魔物への対処法を考えさせるためだ。ギアナがそれらの特徴から想定される魔物を列挙し、ブラック達はその対策を打ち合わせる。
「見物人は一か所に固まれ! そこのヒトデナシの後ろだ! バベルが守りやすくなる!」
「黒い炎を吐いて、歯がぎっしりで、トゲに毒がある? 人の腕? さっぱり分かんねえ」
「正体が何であろうが関係ねえ、動きをとにかく見切る! 特徴だけでも分かれば戦いやすくはなるさ!」
もうじき20分経つ。そろそろ魔物が完成形になる頃だ。完成形になれば更に強くなる事が想定される。
「縫合完了! 血圧は安定している!」
「患者と一緒に外へ! 早く!」
医師達が患者の担架を押し、治療器具を抱えて外に出た。これで守る事を考えずに集中できる。檻の鍵を閉めたなら、ようやく本格的な戦いの始まりだ。バベルは檻に駆け寄って助力を申し出る。
「キリム! 僕も戦う!」
「バベルくんはこの場のみんなを守って欲しい!」
「みんな守るよ、キリムもみんなも僕が守る」
「キリムを守るのは俺の役目だ。……いいか。戦いの最中、俺達では周囲の把握が出来ん。お前が状況を報告しろ」
バベルが不安そうに戦いを見守る。ステアはバベルの気持ちを察し、役割を与えようとしたのだが、バベルは納得していなかった。
「ステアはキリムから呼び出されてる。でも僕は……まだ誰にも呼んで貰えない。だからちゃんと役に立てないんだ」
バベルは役に立とうと必死だった。自分は求められている、役に立っているという実感が欲しかった。もっと言えば、キリムに呼び出されているステアを羨ましいとすら思っていた。
「ステア、代わってくれ! ブラックさん、行けますか」
「勿論、この場を収めて見せますよ!」
「魔物は倒していいんですね!」
「……皆さんの命には代えられません、お願いします」
患者の家族が討伐に同意した。生け捕りはリスクが高い。この状況で旅人にお願いできるものではないと判断したようだ。
「たとえ娘の半身を宿した魔物だとしても、その娘の一部があなた達を傷つけたとなれば……私達も、娘もきっと後悔しますから」
「分かりました。供養は手厚く」
ブラックが剣を構え、魔物に対峙する。ギアナとステアの力も借り、全力での攻撃が始まる。真正面から顔を狙った突き、顔を狙うファイアボール、魔物が嫌がって攻撃の手を休めるのを待っているのだ。
そんな中、キリムはいったん戦闘から離脱していた。檻の手摺に近寄り、バベルの正面でしゃがみ込む。
「バベルくん。確かに俺はステアとカーズになったから、他のクラムを呼ぶ事は出来ない。でも今は俺もステアも戦いで精一杯なんだ」
「だったら僕も……」
「俺にとって一番大事なのは、あの魔物を倒す事じゃない」
キリムはバベルに色々と考えさせたつもりだった。意地悪な旅人、意地悪な金持ち、仲間を守るサハギン、そして魔人。守るべきものは何なのか、バベルが何を守りたいのか、それを探ろうとするチャンスを与えた。
しかし、クラムにとって最も大切なのは使命ではなく、召喚士だ。クラムは召喚士を求める。人の役に立つことが目的ではあるものの、それは召喚士の目的だからと言い換える事も出来る。
「じゃあ、キリムは何が大事なの」
だから、キリムはバベルに「召喚士として」自分の考えを告げた。
「ここにいるみんなだよ。魔物を倒す事より、ここにいるみんなが無事でいられる方が大事だ」
「……ステアがいるから、ステアは強いから、みんなを守れるよね」
「バベルくん。君がステアの事も守るんだ。強いクラムだから、弱い人だから、そんな理由で誰かを守ったり守らなかったり、バベルくんはそれでいいのかい」
「……」
「俺は、弱いから守られるのかな」
「ち、違う! キリムは強いよ!」
バベルは戦況を気にしながらも、キリムの問いかけを全面的に否定した。
「俺はバベルくんがみんなを守ると言ってくれたから、安心して戦える。魔物と対峙する事が重要なんじゃない。俺達には今、みんなを守れるクラムが必要なんだ」
「必要……?」
「クラムバベルはこんなに凄いんだぞって、自慢しなくちゃ誰にも知られないままだよ」
「凄いと思って貰えたら……呼んで貰える? 僕が必要って思ってくれるの?」
「ああ。しかも今は俺とステアが連れているんだよ? 必ずさ。俺は君が必要だ」
キリムは立ち上がり、魔物へと振り向く。
ステアが残像を燃やしながら切り刻む「熾焔斬」を繰り出し、その隙にギアナが魔物の頭を押さえ付ける。
額に血管を浮き上がらせながら、ブラックが全力で右前足を斬り払う。
「俺達を守って欲しい、クラムバベル」
キリムが魔物へと斬りかかっていく。その場に残されたバベルは、今までとは違う感情が湧き上がっていた。
「キリムは僕を置いて行ったんじゃないんだ、僕に……後を全部任せてくれたんだ」
振り返れば己を守る手段のないヒトデナシや魔人がいる。
キリムやステアは攻撃だけで手いっぱいだ。
「僕が、守らなきゃ」
バベルの目が再び青く輝いた。青白い光が空間を包み込み、清涼感のある風が吹き抜けていく。
「噛みつきが怖くて……救えるかってんだ!」
ブラックが剣を構えた。魔物は大きく口を開け、赤い口内を見せつけ威嚇する。大きな牙に、ぎっしりと生えた細かい歯。魔物の顎の力も相まって、噛みつかれたら腕や足を失いかねない。
それでもブラックはその瞬間を待っていた。
「ブラックさん!」
「俺とキリムが後方で一斉に仕掛ける! 両目が貴様を捉えていない瞬間を狙え!」
キリムとステアが瞬時に魔物の後方を取り、双剣を眩く光らせる。毒が染み出した体のトゲがテラテラと輝き、同時に光が後方の視界を遮った。
魔物の視線が一瞬後方確認に向けられる。
「スラストォォ!」
ブラックは口が閉じられる寸前、己の剣を魔物の口の中へと突き刺した。
「ギュェッ!」
魔物は不意打ちで訪れた痛みに小さく悲鳴を上げた。だが惜しくも絶命には至らない。
「クッソ! 柄が歯に当たって……!」
あともう少し深く突き刺さったなら、きっと魔物まで貫けたはずだ。だが口が閉じられたために柄が邪魔になり、喉に浅く傷を付けただけに終わってしまう。
魔物はすぐに口を閉じ、剣を抜かせまいと嚙む力を強めていく。ブラックの手首から先を剣諸共食いちぎるつもりなのだ。
「まずい、ステア! 首を落とす!」
「俺は胴体を斬り刻む、時間がないぞ」
ブラックの小手がミシミシと鳴り、ゆっくりと潰れていく。ブラックは顔を歪ませ、歯を食いしばりながら必死に引き抜こうとしている。
ギアナや他の者達が頭を殴打し、魔法を浴びせて阻止を試みるも、魔物は動じる事がない。
「俺の腕なんかいい! 早く仕留め……」
ブラックがキリムとステアに後を託そうと叫ぶ。
その瞬間、ブラックの小手にかかる圧力が消えた。慌てて手を引き抜くも、魔物の口はみるみる開いていく。
「な、何だ? 青白い光が、魔物の口を強引に開けていく」
「バベルくんだ……バベルくんがブラックさんを守っています! 今のうちに!」
「喉を突け! ただ見ていられるような余裕はない!」
ブラックがハッと気づき、再び渾身の突きを繰り出す。
「スラストォォォッ!」
バベルに守られたブラックの腕は口の中深くまで差し込まれ、ついに魔物の頭蓋骨を砕いた。
「まだまだァァ!」
ブラックは腕を肩まで差し込んだまま力を弛めない。数秒後、とうとう鈍い音が響き、剣先が魔物の後頭部を突き破った。






