IDENTITY-13(151)
ガーゴイルは顔を上げ、口を大きく開いた。
「後衛! 避けろ! 何かしてくるぞ!」
その口は黒みがかった炎の玉を発生させ、まるで砲弾のように治癒術士と攻撃術士達がいる後方へ放たれる。
「きゃあっ!」
「ぐぁ……っ!」
着弾と共にその周囲に爆発が起き、その場にいた者達は避ける間もなく吹き飛ばされる。皆、ガーゴイルが物理攻撃しかしてこないと思って油断していたのだ。
「い……いかん、6人倒れたばい! トルク、ヤチヨ! 治癒術士残り2人じゃ!」
「デニースが起きねえ! 攻撃術士全滅! 蘇生時間稼げるか!?」
「む……無理だ! 押し返せねえ!」
まだ治癒の済んでいないマーゴがガーゴイルを盾で抑えようとするも、その力に敵わない。踏ん張る足はキュウキュウと床を鳴らして滑り、1人ではどうにもできない。
「チクショウ! 首を集中こうげ……ぐぅ!?」
「ニジアスタ!」
ニジアスタが反撃に出ようと槍を勢いに任せ突き刺す。だがそのニジアスタの体が一瞬止まる隙を突いて、ガーゴイルの尻尾の先が背中から貫いた。
ニジアスタの槍だけがガーゴイルの首に突き刺さったまま残り、ニジアスタ自身は尻尾の先に突き刺されたまま振り回されている。
「ぐ、ぶはっ……すまねえ、でも俺が……うっぐ!」
「ダーヤさん! ニジアスタさんを!」
「まずい! ニジアスタ、尻尾から体を抜け!」
ニジアスタはその言葉を無視し、自身を貫く尻尾を手でつかむ。
「俺がこのままなら……もう誰も突き刺されはしねえ、安心して、戦……」
「ニジアスタぁぁ!」
尻尾が鈍い音と共に床に叩きつけられる。鞭のようにしなやかな動きのせいで、ニジアスタの体が外れてその場に転がった。
キリムはすかさず助けに行くが、ニジアスタの意識は既にない。ニジアスタの体をステアがレベッカの許へと運び、蘇生術を掛けさせた。
「こんな場所で……無防備に使う魔法じゃないんだがの!」
自由になったガーゴイルの尻尾は、弓術士の男を庇おうとしたブグスの体を跳ね飛ばした。ガーゴイルの口が大きく開かれ、再び澱んだ炎の砲弾を放つ。
「いっ……!?」
「ブグスさん!」
「暫く回復は任せるよ! あたしは重傷者を蘇生させんといけん!」
「まかせろ!」
気付けば半分以上がやられ、起き上がる気配はない。残っているのは魔物に押し倒されている剣盾士のマーゴ、戦斧士、それに剣術士2人、キリムとステア、それにダーヤとレベッカだけだ。
ただ、キリム達は攻撃を受け、仲間を倒されるのを決して黙って見ていた訳ではない。ステアはマーゴを殴り飛ばそうとするガーゴイルの隙をつき、技を繰り出した。
「花鳥風月」
ステアが振る短剣の刃の軌道が、赤くキラキラと零れ落ちるように弧を描き、かまいたちとなって魔物を斬り付ける。
「凄い……風の刃が光って襲い掛かっていく!」
「いや、だめだ」
技は完璧に発動できたが、手応えはない。それで倒れてくれるほど甘くは無く、ステアは次の瞬間、襲ってくる翼による叩きつけを間一髪で躱した。
「くっ、これで形勢逆転を図れないとはな」
「レッツォ達、こっちの加勢しろってんだ。チッ、宿敵を目の前にしてこれかよ」
「デルのやつ、こんな魔物と融合を試みなくても」
「どうする……っつっても、もし俺達がここで退けばこいつが外に出てしまう」
ステアを翼で叩くことに失敗したガーゴイルは、両手を早く空けようと前足に体重を乗せていく。その前足の下にはマーゴがいる。盾と鎧がミシミシと音を立て、その力の強さを伝えている。
「ぐあぁぁァァ……すまねえ、鎧が、もたね…え」
「マーゴ! くそっ! なんで……なんで深く斬り割けねえんだ! ブルクラッシュ!」
マーゴがガーゴイルの全体重を乗せた前足の下で気絶し、遥か後方へと蹴り飛ばされた。これ以上魔物を引き付けて攻撃の隙を作れる者が居なくなる。
「大剣使えば、少しは防げる!」
「戦斧でも加勢する! 残り攻撃出来る奴でやってくれ!」
リャーナともう1人の戦斧士が、少しでもガーゴイルを引き付けようと挑発を仕掛けていく。時折襲う爪や尻尾の攻撃を大剣や斧で上手く防ぎ、残る者とステアの攻撃職が攻撃を行う隙を確保しようとする。
リャーナ達が僅かだが時間を稼いだことで、戦斧士が十分に力を溜めきった。戦斧を両手で持ちながら、遠心力を使って高速回転し、ガーゴイルの足を深く斬り付ける。
攻撃のスピードや咄嗟の回避などには弱いが、戦斧は力任せの攻撃で大ダメージを与える事が出来る。ガーゴイルはついに左前足が折れてよろけた。
「双刃斬! 行くぞ……熾焔斬!」
「避けろ! 花鳥風月」
隙が出来た事でキリムとステアが一斉に技を畳み掛ける。ガーゴイルは負傷した左前足を庇い、右は体勢を保つ為に攻撃に使うことが出来ない。
「少し楽になった……かな!」
しかし、ガーゴイルはそれでも諦めることはない。攻撃しようとする者を尻尾で足払いのように薙ぎ払うと、器用に翼を使って叩き飛ばそうとする。
それを避けたと思った次の瞬間、リャーナと戦斧士の男の目の前には、大きく口を開け、澱んだ炎を放とうとするガーゴイルの顔があった。
「リャーナさん!」
リャーナと戦斧士はまともに砲弾を喰らい、部屋の隅の壁にめり込むほど吹き飛ばされてしまった。
「まずいぞ、残る戦力は2人か……おい! 止まるな!」
止まるなと叫んで伝えようとしたその先では、立ち上がろうとしていた者が殴り飛ばされた。リャーナをはじめ、負傷した者達は立ち上がる気配もない。
「治癒術士2名、それに俺とキリム、か。万事休すだな。クラムが1体も駆けつけんとは」
「レッツォさん達の方、魔物が大量に発生しているって! 誰かまだ戦ってるはず!」
ステアの隣にいるキリムの顔にも焦りが見える。しかし、その目はガーゴイルをしっかりと捉えていて、この場から逃げようという意思は全く無いようだ。
「ステア! …今のうちに誰か呼んで来て!」
「誰かとは」
「おそらく隣の部屋で戦っとるよ! あたしとお耳の坊やは負傷者を廊下で治療する!」
レベッカとダーヤは負傷者を1人ずつ廊下に出していく。ガーゴイルが目で追える相手しか攻撃しないと気付いたのだ。
「俺だけでも……部屋の中を逃げ回るくらい出来る!」
「手分けした際、召喚士をこちらに残すべきだったか……いいか、攻撃を考えるな。避ける事だけに専念しろ」
* * * * * * * * *
ステアが隣の部屋を覗きに行った時、レッツォ達はまだ戦っていた。伝声管での呼びかけに応じるどころではなかったのだ。
魔物が魔法陣らしき場所から際限なく湧きだし、処理が追いついていない。
中には亜種もいるらしく、レッツォ達は吹き飛ばされ、殴りつけられ、かなりボロボロになっていた。
奥では数名が壁に掛かっていた図を頼りに、魔法陣の復元を試みている。クラムディン、ノーム、サラマンダーの姿もあるが、呼び出した召喚士自身の霊力には限界が訪れようとしていた。
「おい! 余力がある者と召喚士は隣の部屋を手伝ってくれ! ディン、サラマンダー、ノーム!」
「悪いが……魔法陣の復元まで手が貸せない! どうした!」
「隣の部屋で我が主がガーゴイル相手に1人で戦っている!」
「何だと!?」
ステアの言葉に、その場に動揺が走る。旅人等級10のヤチヨ達がいながら、残りがキリム1人しかいないとは考えていなかったのだろう。
「……魔法陣、どれくらいで完成するんだ!」
「あんたが歪めたんだぞ! ったくもう! あと……魔力を流したら終わりだ!」
「じゃあ私行きます! スピリットポーションはもう飲んだし、もう少し行けます!」
「召喚士3人は行ってやってくれ! 悪いが魔法陣の復元まで他の者は貸せない!」
「十分だ」
ステアは召喚士とクラムを連れ、レッツォ達が戦う部屋を後にする。
「いいか、霊力が尽きんよう、吐いてでも維持してくれ。召喚されずとも戦えるが、召喚されたならお前らの霊力を使える分強くなれる」
「わ、分かりました! キリムは……」
「俺が消えずにいるという事は、大丈夫という事だ。ノーム、お前は状況を外の者に伝えろ。治癒術士が足りない」
「わかったよ! オイラ行ってくる!」
ステアは召喚士達を廊下に残すと告げた。ミゴット達がガーゴイル相手に自身の武器や術で戦える状況ではない。召喚士が死なない事を優先するのだ。
「……霊力、送らなきゃ」
廊下の先ではダーヤとレベッカが負傷者の手当てをしている。召喚士3人は頷き、そして霊力の解放を始めた。






