IDENTITY-12(150)
キリムが双剣を構え、ライトボールに照らされた自身の短剣をふと見た時、そこに何か赤いものが光った事に気付いた。
キリムはまさかと上を向いた。
「みんな、上だ!」
「ギエェェェ!」
キリムが叫ぶのが早いか、それとも魔物らしきものが叫ぶのが早いか。通路の天井に大きな何かがへばりついていた。
皆がその正体を確かめる暇もなく、それは頭上から弾みをつけ飛び掛かってきた。
「こ、こいつです! こいつがデルの体から湧いて……」
「ガーゴイル……」
「ガーゴイル!?」
「伝説の魔物の名じゃない! 魔そのものの門番……」
マーゴは古い書物で見たという。漆黒の翼を背に備え、灰色の体は人間のようで、手足は大きく爪が長く鋭い。顔は牛の顔が醜く潰れたようで、赤い目がギラリと光る。
「この場所で戦うには狭すぎる! 半数は先発隊の無事を確認してくれ!」
魔物はライトボールに照らされた鋭い爪を光らせ、今にも襲い掛からんとして牙を剥く。しかしこの場所は通路で、大勢で一斉に戦いはじめる事は出来ない。
魔物にとっても身動きが取り辛い場所である事は確かだが、このままでは1対1の状況となって、順番に戦っていく他にない。大物の武器を扱う職や、弓などの飛び道具を使う冒険者は動きが制限されてしまい、圧倒的に不利だ。
これだけの旅人が居ながら総力をもって戦えなければ、ただの時間稼ぎにすらならなくなる。ニジアスタやリャーナが洞窟で言っていた事でそれを学んだキリムは、すぐに皆へと声を掛けた。
「みんな、こっちの部屋に! とても広いです、いったん広い場所に出ましょう!」
「了解した! 後衛から順に部屋へと移れ!」
キリムが横の扉を押し開くと、そこは広く天上が高い、何も置かれていない部屋だった。
いや、何も無くはない。魔物の死骸が複数体横たわっている。
「レベッカさん、ヤチヨさんとトルクさん! 無事だったんですね!」
「ちょうどここの部屋の魔物を倒し終わったところだよ。しかしまずいね、レッツォ達の方が……」
「あっちは魔物の大群で大惨事よ。でもあたしらも他人の心配は出来んね、ガーゴイルがこの世におるとは」
本来なら巨大な貯蔵庫か小さな劇場にもできそうなところだが、恐らくはデル自身にそのような趣味が無かったか、それともその余裕が無かったのか。いずれにしてもレベッカ達が魔物を一掃してくれたなら好都合だと、皆でガーゴイルの進路を塞ぎ、誘い込む。
マーゴの盾に着いた赤い宝石が気になるのか、ガーゴイルはその盾を奪い取ろうとマーゴを追う。上手くガーゴイルを部屋に誘導すると、キリムは部屋の入り口に結界を置いた。
役に立たないかもしれないが、少しでもガーゴイルが外に出るのを防ぐ効果があればと考えたのだ。
広い場所に誘い込んだことで、皆はそれぞれの持ち場につく。剣盾士2人が魔物を引き付け、攻撃をガードする。ブグスは後衛の術士へとターゲットが移った場合に、即座に庇いに行けるよう構えている。
ガーゴイルが呼吸をする度、黒い霧がマーゴに降りかかる。ダーヤはそれを毒だろうと判断し、空間の浄化や治癒の魔法を交互に詠唱している。それだけでマーゴにかかりきりだ。
「ギエエエエエ!」
「来るぞ!」
ガーゴイルの鋭い爪がマーゴめがけて振り下ろされた。
鉄球を振り下ろしたのかと思うほど大きな音を立て、盾がギリギリのタイミングでその攻撃を防ぐ。
「攻撃……が、見えねえ! ライトボールを!」
暗い上に衝撃が思った以上に強いのか、マーゴは一瞬次の動作が遅れた。その隙に下からめくり上げるような頭突きが繰り出される。
「危ない!」
「……わるい、助かった」
寸前でもう1人の剣盾士がそれを自分の盾でガードする。その者も決して余裕で防いだわけではなく、顔を顰めていた。もう一撃がその2人へと繰り出されたところで、2人はよりガーゴイルの攻撃を引きつけるための技を出し始める。
「シールドバッシュ!」
「ノティス!」
マーゴがガーゴイルの視界を盾で塞ぎ、もう1人がガーゴイルに自身の気力を纏わりつかせた。ガーゴイルはその気力を嫌がって怒りを剣盾士に向ける。そこへマーゴが更に攻撃や同じ技で畳みかけていく。
少しでもガーゴイルの気を魔法詠唱などから逸らさなければ、広いとはいえ同じ空間に防御力のない魔術士がいる状況は危ういのだ。
弓術士と攻撃術士はそれぞれ壁際に、治癒術士は皆の後方にいる。そして、キリムとニジアスタとリャーナ、その他の近接攻撃職とステアはガーゴイルの脇で武器を構えた。
今度はキリムや後衛職のデニース達の攻撃が始まるのだ。
「いくぜ! 風車!」
「回転斬!」
ニジアスタが高く跳び、壁や梁を足場にしてあっと言う間に天井で槍を構える。天井を蹴って技の威力を上げるやり方は、魔窟や先日の洞窟でも見た手法だ。
そこにリャーナが技を合わせる。もしニジアスタの攻撃が躱されたとしても、リャーナの斬撃が胴体を斬りつけるのだ。
「メルトシャワー! 熱いから気を付けて!」
「炎の矢の雨か、すごい……俺だって!」
弓術士と攻撃術士の合わせ技に圧倒されながらも、キリムがガーゴイルの背中へと回り、その背を勢いよく斬り付ける。他の旅人達も、次から次に強力な技や術を畳みかける。
こちらの攻撃パターンを全て把握されないうちに、押し切って倒そうとしているのだ。
「悪いが……捕らえて真相を聞くなんて余裕はなくなった!」
「ああ、こいつ相手に話が出来るとは思ってねえ! 討伐でいいな!」
武器を使う者は体の回転や捻り、体重移動を駆使して大技を繰り出していく。しかしあまり人数が多くても邪魔になるだけだ。おまけにガーゴイルの細く長い尻尾は鞭のように皆を襲い、固く大きな翼で撥ね退けられたなら、岩を持って殴られた程の衝撃がある。
対してキリム達の攻撃の1つ1つは然程大きなダメージを与えていない。ガーゴイルは攻撃を受けることを嫌がって、身を捩ったり避けたり、振り払おうとする動きを見せるが、痛みを感じているようには見えなかった。
「ギヤァァァァ! ギヤアァァァーーーーー!」
「あんた本当に……あの天才デルかよ! 情けねえなあ!」
思わず耳を塞ぎたくなるその声に、武器攻撃職たちはいったん距離を取る。その間にヤチヨが魔法を連続詠唱し、デニースや他の攻撃術士がそれに続く。
「業火! そして……トルネード!」
「婆さんここで竜巻は……! チッ! アクアブレス! 続いてくれ!」
「ラーバウェーブ!」
魔法攻撃の後、立ち昇る水蒸気や煙を切り払いつつ、近接攻撃職達の攻撃が再開される。少しずつではあるが、ガーゴイルの体に傷を増やしていく。
「ステア!」
「……双刃斬! なんだ」
「回転斬り! ……ファイアボール! 死月を放つ余裕ある!?」
「背中の翼と爪の攻撃がきつい、目の前で溜める時間が取れない」
「もうちょっと弱らせてからか……熾焔斬……は無理、溜める時間が!」
ステアの死月は威力が高いが隙が大きい。しかもステアに注意を引きつけ、視線を向けさせなければならない。まだこの場ではその状況を作り出せそうになかった。
「上から狙う! 脳天に突き刺すぜ! ……婆さん俺の槍に落とせ!」
「ほう、良い位置だね。雷神!」
「サンダーボルト! アクアブレス!」
「俺達が維持する、もっとやれ! ブグス、加勢してくれ!」
「ギエエエエエ! グァァァァ!」
大きなガーゴイルを囲み、旅人が攻撃を畳みかける。ほんの少しずつだが確実に弱らせている……皆は時間が掛かるだけで倒しきれない事はないと考えていた。
「おい、姿勢を低くした、気を付け……!」
しかし皆は油断を感じ取られていた。マーゴが盾を構え直す寸前でガーゴイルが突進し、頭をマーゴの体の下に入れて跳ね飛ばす。重い盾と鎧が床に叩きつけられて部屋中に響く。
「おいヒールを! 持ちこたえる!」
致命的なダメージを与える事は出来ず、翼で叩かれ、爪で狙われ、攻撃も途切れ途切れになる。盾となる剣盾士が殴られたり膝を突けば攻撃を自重し、室内ではあまり気象を操る魔法も使えない。攻撃はいつしか単調になっていく。
そんな中、戦う為に存在するステアだけは、ひたすら攻撃を繰り出してガーゴイルを弱らせようとしていた。
「俺に注意を向けさせろ!」
「どうするんだ!」
「その状態で溜めを作れるよう、時間を稼いでくれ、2秒だ!」
「むずか……っしいね!」
剣盾士は上手くステアと場所を変わる事が出来ない。一方のガーゴイルは少しずつ蓄積されるダメージにイライラしてきたのか、大きく暴れはじめ、憤怒してより強く襲い掛かる。
爪と頭突き、それに突進を浴びせ、とうとう剣盾士3人が弾き飛ばされてしまった。
「まずい!」






