IDENTITY-11(149)
「どこかで……辛い目に遭ったキリムくんの前でなら、思いをぶちまけても分かって貰えるんじゃないかって、甘えてたんだ。仲間の事、本当に有難う。マーゴさん、ダーヤさん達も、有難うございました」
そう言葉を紡ぎ、再度しっかりと頭を下げるイグアスは、どこか吹っ切れたようだった。上げた顔は力強く、ブリンクが「もう大丈夫そうだな」と笑う。
「イグアスを見つけた時はほんと、色々エンシャントの噂を聞いた後だったし……」
「ああ、あれは魔物に操られてる人だ! って思ったよね!」
「そう。なんか、町の外の壁の前で放心状態で立ってるんだもん。私、おもむろにケア唱えちゃった」
そう言ってサンが舌を出して見せる。イグアスが頭を掻き、マルス達が笑う。キリムもつられて笑顔になり、もっと詳しく聞こうと口を開いた時だった。
「待て」
ステアが雑談を遮り、真剣な顔で屋敷の扉を見つめている。
「はっ!?」
「おい今……」
他の旅人も何事かと寄って来て、辺りが静まり返る。その瞬間、屋敷の中か、もしくは足元から揺れを感じると共に爆発音が響いた。一体鳴き声もなくどこにいたのか、空では一斉にカラスが飛び立ち、その陰で辺りが薄暗くなるほどだ。
皆はすぐに戦闘が行えるよう攻撃態勢を取る。トルクから携帯式結界を預かっていたダーヤは、鞄から装置を取り出し、それをリビィに預けた。
「何が起こったんだ、今の揺れは……音は何だ」
そう誰かが呟くと、不意に屋敷の扉が開いた。そこから出てきたのは中に入っていった者のうちの1人で、攻撃術士の女だった。
女は髪が部分的に焦げ、肩は何かで切り裂かれ、傷口から血が滲んでオレンジ色のローブが赤く染まっている。
「どうした!」
「……あれは、デルじゃ、なかった……」
「大丈夫ですか!」
一番近くにいたキリムが咄嗟に駆け寄り、今にも倒れそうな女の体を支える。
「ヒール! 落ち着いて、何があったか教えてくれ!」
ただの話し合いに行ったはずが、なぜこんな傷を負っているのか。皆見当もつかずに唖然としていたが、ダーヤがすぐに回復を施したことで女は落ち着き、説明を始めた。
「レッツォさんがデルの部屋まで行こうとすると、使用人の女に引き留められました。今は中に入らない方がいい、と。聞けば使用人の女性は20数年、デル本人には会っていないし、部屋にも入っていないと」
「何だって? でも世話を焼き、飯を用意し、掃除なんかもやっていたって」
「デルが部屋から出るのは使用人が帰った後で、普段から覗くことも許されなかったそうです。気になる事はあったけれど、食事も風呂も、必ず使用人の女が帰った後に取っていた、と。だから知らなかった……と」
「何をですか、何を知らなかったんですか!」
キリムが思わず声を荒げる。女はガタガタと震え、血の気のない顔でボソリと呟いた。
「部屋の扉は、部屋の扉だと思っていた場所は、入り口に過ぎなかったのか、と」
「どういうことだ」
「部屋の奥には下りの階段と通路があって……私達がその先の部屋で見たデルの体には……魔物が入っていたんです」
「デルの体に、魔物が!?」
「分かるように説明してくれ!」
使用人の家は林を抜けた先の一角にあり、週に4日、掃除洗濯を行い、食事を運んでいた。この屋敷に通うのはその使用人だけで、他に来る者はいないという。
その使用人が何も知らないのだから、デルの実態を知る者も当然いない。情報が少なすぎる中で、ステアが1つの推理をする。
「……自分の体に魔物を降ろした、もしくはその逆か。自分を実験台にし、亜種が魔物を操れるのなら、自分も魔物を操れると考えたのだろう」
「デルは誤って……魔物と同じ体を共有してしまった?」
「理論は分からないけれど、概ねそのようよ。使用人の女は上の階へ避難させたけれど……デルの見た目は化け物そのものだったわ。こうしちゃいられない、戻らないと」
女は自身の回復を確認すると、急いで中に戻ろうとする。
「まだ戦っているのか」
「ええ! 魔物の力を封じるための魔法陣を、レッツォさんが扉を開けた瞬間に歪めてしまったようなんです! 今、デルの中の魔物が暴れて……」
「チッ、あの前のめりなおっさん疫病神かよ! 行こう! 皆、乗り込むぞ!」
マーゴとは別の剣盾士が合図し、勇ましく屋敷の中へと入っていく。戦いの邪魔になるため全員は入れないと聞き、10人程が万が一のため屋敷の外に待機した。
「マルス達は町の人に知らせて!」
「な、何て言えばいいんだ!?」
「デルが抑え込んでいた魔物が暴れているって! みんな、建物の中に避難して下さいって!」
「等級が及ばなくても、それくらいは役に立つ! 分かったわ!」
リビィが力強く返事し、キリムへと結界装置を渡す。そしてマルス、リビィ、ブリンク、サン、イグアスの5人は役場へと走って向かった。
キリム達はその背が消えるのを見届けないうちに屋敷へと突入した。
屋敷の玄関から入るとすぐにホールがあり、そして大きな階段が踊り場まで伸びていた。左右に分かれたその先は見えず、薄暗くて気味が悪い。思わず誰かが「幽霊屋敷だ」と呟く。
しかし豪華な装飾などはないものの、屋内は外見よりも広く見え、掃除も行き届いている。攻撃術士の女はそんな階段を上るのではなく、「こっち」と言って階段の左奥にある部屋へと進んだ。
その扉を開けると、その先にはすぐ地下へと続く階段が現れる。
「地下、か」
「ええ、気を付けて。この奥に進めば凄い瘴気よ。結界が作動していて、外に出ることが出来ない負の力が充満してる。使用人すら、この扉を開ける事は許されていなかったの。伝声管で会話していたそうよ」
攻撃術士の女はラッパの口のようなものの蓋を開ける。どうやらそれが伝声管のようだ。先が金属の管になっていて、別の部屋へと繋がっているという。女はデルと交戦中であろう仲間へと呼びかけた。
「みんな! 今から向かうから!」
「……」
「みんな? レッツォさん? メリーサ? 誰かいないの?」
「まさかとは思うが……」
「そ、そんなはずはないわ! 行かなくちゃ」
「交戦中にしては静かすぎる」
「もう倒したという可能性も」
物音がしない伝声管の先で、何が起こっているのか。レッツォやレベッカ達は無事なのか。皆に動揺が走るものの、もし危機が迫っているのなら駆け付けない訳にいかない。
「埒が明かない! 突撃だ、耐性や軽減の魔法を掛けてくれ!」
マーゴが場を仕切り、治癒術士達に強化魔法や保護魔法を使わせる。これならばどのような攻撃でも1撃で倒される事は無いだろう。等級が高い者を出来るだけ前にして、一行は階段を下りて行く。
キリムは最後尾にいた。
「……魔物が湧いていないのが不思議なくらい重く淀んだ空気だ」
「こんな場所は初めてだわ。どんな魔窟でもこんなに酷くはなかった」
どことなく焦げ臭く、空気が生暖かい。それなのにミゴットは悪寒がして両腕をさすっていた。キリムはそんなミゴットを安心させるため、必ずクラムに頼って欲しいと声を掛ける。
「ミゴット姉ちゃん、念のため、何かあったと分かったらすぐにディンを呼んで」
「ええ。でも私が召喚し続けられるのは、多分長くて1時間だわ。私にクラムディンは強過ぎる」
「他の召喚士の方は、まずランダムで召喚した実体のクラムに状況を説明して下さい。きっと助けてくれます。固有術はどうかその後に」
ステアの強さを見れば、それがどれだけ頼もしいものかが良く分かる。マーゴ達も少し心に余裕が出来つつあった。
「ステア、もし何かあったら必ずみんなを助けて。俺は……」
そうキリムが声を発した時、階段を降り切った皆の耳に、今まで聞いたことも無いような雄叫びが飛び込んできた。地を這うように湧き上がってくるそれは、纏った保護魔法を引き剥がすかのように駆け抜けていく。
「ギェェェェァァァアァァ!」
「な……今の声は」
「デル……なのか?」
およそ人の物とは思えないその咆哮に、金属製の装備がビリビリと鳴る。熊かもしくはドラゴンか、いずれにしても声の主からは強大な力を感じた。
「恐らく、デルの中にいる魔物の方が勝ったのだろう! 年老いているとはいえデルは天才術士だ、それを打ち破るとは油断できんぞ!」






