IDENTITY-10(148)
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6月も下旬となった。
空はどんよりと重く、今にも雨が降りそうだ。気温は昼前だというのに10度程と肌寒く、多くの者が装備の上にコートを羽織っている。
そんな悪天候の今日、キリム達はようやくデル本人と話が出来る事になった。
ただ、マルス達を入れた50人全員で屋敷に入るのは流石に多過ぎる。結局屋敷の中にはレッツォと他9人で入る事になった。
表向きではレッツォが代表だからという事になっている。しかし、本当の理由はそうではなかった。
レッツォは昨晩、レベッカ、ヤチヨ、トルクの3人と極秘に協議をし、当初の予定を変更していたのだ。
『ええかね。あんたが行くっちなれば、リーダーやけんそれが当然のように見える。明日はそれでええの』
『あの坊やを特別扱いしてあげたい気持ちはありますよ。けどね、あの子を行かせたら駄目ですわ』
『キヒヒ、あの坊やとクラムステアが揃えば、あたしらでも勝てん。そんな子を、もう何の情報もない所に先に入らせたらいけん』
『何があるか分からんのやから。もし何かあった時、あの坊やは万全の態勢で戦わせないけんの。デルが封じとるものは侮れん』
『いざという時、あんたやあたしらは経験で動けます。でもあの子はそうはいかんのです。中で何かあれば、這ってでも状況ば伝える、それがあたしらの使命。どんなに行きたがっても坊やは待機組に入れなさい』
デルの屋敷は町のはずれの針葉樹の林の中にあった。日の光が差し込んでいるものの、下草も伸びておらず、物悲しく不安を煽るような雰囲気だ。
遠くに大きな建物が見え、それがデルと屋敷だと教えられた時、皆は何か禍々しい気配を感じていた。
屋敷は木造ながらも重厚な2階建てで、玄関の左右には十分なスペースのテラスがある。もしもこれが町の通りにあれば、華やかで相応に見えたかもしれない。
そのテラスの前に集まり、レッツォが庭とは言い難い殺風景な空間で中に入る者の名を呼ぶ。
その中にはレベッカ達の名前もあった。だが、キリムの名前はない。
「ここからは以上の10名で向かう!」
「おい、せめて自分の村を襲われた者を連れて行ってやれよ!」
「最初は召喚士を連れて行くって話をしていたじゃないか!」
キリムやミゴットではなく、他の旅人から抗議の声が上がるも、レッツォは首を横に振る。
「冷静に話がしたい。召喚士が同席する事でデルが不安定になっては困る。話が出来るようであれば必ずこの場に連れてくる。待っていてくれ」
「あんたは冷静に話が出来るのか? この連合を立ち上げて召集かけたあんたが、敵を前に冷静でいられるとは思えない」
「誓う、あちらが仕掛けない限り剣は抜かない。何なら俺は武器を置いて行ってもいい」
そう言ってレッツォは甲冑の上から右手の拳を当て、宣誓のポーズをする。「分かった分かった」と笑われながら、レッツォ達は木製のステップを数段上がって、重そうで大きい扉を押し開いて屋敷の中へと入っていった。
「なあ、キリム。俺達……一緒に来て大丈夫だったのか?」
「なんか、一応危ない所なんでしょ? だってデルの家だし……」
レッツォ達がいなくなり、旅人達は待機を強いられる。30数名もいれば見張りで周囲に散らばっても余るくらいだ。キリムの許にはマルス達が寄って来て、自然と雑談が始まった。
「多分、大丈夫。みんな等級5以上で、レベッカさん達は泣く子も黙る等級10だよ」
「10だって!?」
「凄いよね。そんな強い人達ばっかりだから」
「……そうだな。亜種の洞窟を一掃して帰って来たキリム達がいるんだし、大丈夫だよな」
「キリムだって、泣く子を騙すような等級5じゃない」
リビィは上手い事を言ったつもりでニヤリと微笑み、胸を張る。そんなリビィへとマルス達から一斉にツッコミが入り、リビィはおかしいなと悩んで見せた。
緊張感を持つべき場面だとは思いつつも、キリムの年相応な姿はミゴットの前くらいでしか見られない。新鮮だったのか、マーゴはその様子を微笑ましく思いながらキリムに話しかけた。
「キリムくん、君はデルとの対決が不発に終わって連合が解散したら、どうするんだい?」
「え?」
「俺達は通常の旅に戻る。この世の中から魔物がいなくなるわけじゃないからね、体が動くうちは現役でいたい。君のように語られる存在にも憧れるし、30歳を過ぎてもまだ間に合うつもりだ」
「そんな、俺なんてちょっと目立っただけだし……マーゴさん達は十分語られてると思います」
キリムは困っていた。キリムには他人に明確に答えられる程明確なビジョンは何もない。
もうすぐ18歳、大人の仲間入りをする年齢だ。普通ならば何歳までに何がしたい、という目標を言えるとしても、キリムはこの後ずっと長く生きるのだ。期限を切って何かをしようなどと考える必要もない。
ステアと一緒に何処に行こうか、店でも開こうかなどと考えているだけで、これからの目標などは無いと言ってよかった。そもそも、当初は旅人になる事でさえ目標だったのだ。
「ゆっくり考えます。デルを倒したい、捕まえたい、それが目的で始まった旅なので」
時折聞こえる旅人の雑談以外は鳥の声すら聞こえない。キリムは周囲を見回してそれらしい答えのきっかけを探す。その様子を見て、マーゴは笑っていた。
「ははは、いや、無理に何かを決める必要はないんだ。旅人は自由だからね。けれど燃え尽き症候群というか、もしもこのまま穏やかに連合の活動が終了したら、君が目標や目的を見失わないかと不安だったんだ」
「面白いものがあると聞けば向かい、美味しいものがあると聞けば食べる。何もなくとも我が主は貴様が困れば助けに向かうくらいするさ」
「ちょっと、俺よりマーゴさんの方がうんと物事を知ってるし、強いんだから」
ステアはここぞとばかりにキリム自慢をする。そんなキリムの周囲に同世代の友人が集まり、それを先輩となる旅人達が見ている。マーゴはその光景をどこか嬉しく思っていた。
「辞めるとかは考えていないけれど、純粋に探検して回ったり、そういう旅をしてもいいかなって。辺境の地を見つけて、せめて1晩はゆっくりできるよう……いつ来るかも分からない旅人向けの宿を開いたり」
「なんだ、色々と考えているじゃないか。それでいいんだよ。若いのにどこか物分かりが良くて、達観しているから心配だったんだ。君が何歳まで生きようと、俺が生きているうちは君の先輩さ。何でも頼ってくれ」
「はい。連合が終わった後も、時々はこうして仲良くしてもらえると嬉しいです」
キリムはそう言って照れくさそうに笑ってみせる。
「君は時々ふと無邪気な顔をしたり、大人びた表情になったり、不思議な男だ。久々に弟の事を思い出したよ」
「弟さんがいるんですか」
「ああ、君よりも歳は上だけどね。兄弟と言えば、ニジアスタの一番下の妹はキリムくんよりずっと幼かったはずだよ。あいつ8人兄弟の次男だから」
「8人!?」
「クーン族でも珍しいらしい。ダーヤも5人兄弟だったはずさ。ああ見えて長男」
「5人……」
キリムは驚いて目を丸くする。その視線に気づいたのか、ダーヤが近づいてくる。キリムは5人兄弟なのは本当かと尋ねた。
「ああ、本当だよ。こう見えてお兄ちゃんなの、俺! ニジアスタと幼馴染って話はしたっけ? 本人は隠してるけど、あいつ俺の9つ下の妹と付き合ってるんだぜ」
「ニジアスタさんが……」
ニジアスタへと視線を向けると、ニジアスタは読書をしていた。デニースは地面にマスや印を書いて、リャーナと真剣勝負をしている。
しばらく話し込んで身の上話も尽きた後は、デルとの話し合いについての話題に移る。それも一通り済んで見張りを始めたところ、キリムは後ろから右肩を叩かれた。振り向けばイグアスが俯いて立っている。
「あの、キリム……くん。あの、先日の事は済まなかった」
「えっ、あ、はい……いや、別に謝って貰うような事じゃないですし」
「いや、完全に八つ当たりだった。マルス達から聞いたよ、旅立ち前にお父さんも亡くしたって」
イグアスは自分の悲しみや後悔を抱えるだけで精いっぱいだったと言い、頭を下げる。そして心配して同行を許してくれたマルス達はともかく、他の者の事情を考える余裕がなかったと正直に告げた。






