Terminal‐06(134)
キリム達はイオデルの問いかけに対し、流れている噂を語って聞かせた。ホゼは考え込むような仕草をし、ターシンは話が怖いのか、目をぎゅっと瞑ってイオデルの後ろに隠れる。
ターシンが魔物だとしたら、これ程までに上手く演技できるのか。キリムは噂を語るのも忘れ、イオデルとターシンの様子を見ていた。
「という訳で、このエンシャント大陸の真実を知る者は殆どいません。エンシャントに通う商人は口が堅く、実態を推測する事しか出来ません」
イオデルは話を頷きながら聞き、そして一通りの噂が出尽くすと再び語りだした。
「やはり、思った通りでした。私は真実をお話する覚悟でこうしてあなた達の前におります。どうか、この覚悟だけは分かって頂きたい」
「覚悟?」
「ええ、あなた達の噂を否定する、もしくは肯定する覚悟です」
キリム達は「肯定」という言葉を聞き逃さなかった。先程の話の中には、真実があったという事になる。きちんと聞こうと姿勢を正すキリム達の動きで、皮のソファーがキュッと音を立てる。
それ以降何一つ物音がしない中、時間にすれば数十秒が経つ。イオデルは声の響かないイオデル達の部屋へ移動したいと申し出た。
「分かりました。ただ、俺達はまだあなた達への警戒を解くことが出来ません。今、この場では武器も持っていません。万が一部屋で襲われたなら……」
「我々もあなた方が恐ろしい。武器を持っていなくても、魔法で攻撃が可能という事は存じ上げております」
このままついて行ってもいいのか、キリム達はなおも覚悟を決められずにいた。ロビーで話すなら、いざとなれば大声一つで皆が駆け付けてくれる。
身の安全に関して、互いに探り合いなのは分かっている。しかし、このままでは話が進まない。主導権はイオデル達にあるのだ。
「俺達が旅人と知っていて、魔法が使える可能性まで考えてんだろ? こちらの身分は明かしてんだ。せめてあんたらが俺達の信用に足る存在であるかどうかを明かしてくれなきゃ、不公平だと思わないか」
ブグスは3人の中で1番年上で、堂々としていた。彼はイオデル達への牽制も含め、今ここで秘密の1つを明らかにしてくれと伝える。
それはつまり、この町の住民が何者か。移住者なのか、それとも本当に魔物なのかだ。
イオデルは小さく息を吐くと、ホゼとターシンに頷いた。
「みなさんを信じ、お教えしましょう。我々の事を何故デル様の子供だと言ったのか」
イオデルは幼いターシンをしっかりと抱き寄せ安心させつつ、緊張のためか何度か吃る。キリム達は急かす事もせず、次の言葉を待った。それは、予想していたが、本当だとは思っていなかった答えだった。
「それは我々が、デル様に作られた魔物だからです」
「作られた魔物!?」
「あんたらが!?」
3人は驚き、そして動揺する。この町の住民が皆魔物だという噂は、お化けを見たくらいに信ぴょう性のない冗談だろうと思っていたからだ。
イオデル達はどう見ても人にしか見えない。一般的に知られている魔物とは違い、会話もできて無差別に襲いかかって来ることもない。このような魔物は未だかつて報告されていない。
キリム達は動揺しながらも目の前にいるイオデル達に条件反射で身構えた。ただ武器は所持しておらず、格好も寝る前の部屋着であって、戦闘となればまともに戦える状況ではない。
「クラムと同じように自我があり自制が出来る……召喚された魔物ということか。見過ごせねえな」
ブグスはどれだけ穏やかに見えても魔物だと言い、皆を起こしてこようと席を立つ。キリムとミゴットには召喚と魔法がある。しかしブグスは武器がない状態では戦えない。
「ブグスさん、待って下さい。あの、イオデルさん。こちらは話をして貰う身だし、他の噂も真偽を確かめたいと思っています。だから、俺はあなた達を信用して、部屋の移動に賛成します」
「……お前がそういうなら分かった。ただ、こっちも保険を掛けたい。おいキリム、クラムステアを呼べ。万が一の際の助けになる」
「く、クラム!?」
イオデルとホゼは怯え上がり、ターシンは声にならない悲鳴を上げる。
「落ち着いて下さい、あなた方がこちらに危害を加えない限り、決して攻撃はしません。もしそのつもりがあるなら、もうこの場で攻撃しています」
そう言ってキリムはステアを呼んだ。ふんわりと暖かな風が室内を巡るのと同時にステアが現れ、イオデル達は身を寄せ合って震える。
「どうした。この状況から推測するに、宿代をふっかけられて強めに抗議でもしたか」
「違うよ……。あー、色々経緯は省くけど、この人達はデルが生み出した魔物なんだって」
「何だと?」
ステアが穏やかさを打ち消し(ただでさえ日頃から無愛想なのだが)武器を取ろうと腰に手を当てる。
それをキリムが制止しようとするが、魔物はキリムにとって親の仇でもある。ステアがピリピリするのも無理はない。
そんな中、場の空気が一瞬で冷えるのを感じ取ったのか、それとも険しい顔をするステアが怖かったのか、とうとうターシンが大声で泣き出してしまった。
「と、とにかく部屋へ案内して下さい!」
その泣き声でキリム達は警戒を解き、イオデル達の後に続いた。幾ら魔物だと名乗られても、泣きじゃくる子供の前で容赦ない姿を見せる気にはなれないのだろう。
「ターシン、大丈夫だ。この人達は何もしない。人も魔物が怖いのだよ、我々が旅人を恐れるのと同じだ」
「次第によってはこの短剣は鞘に戻さんぞ」
「ステア、落ち着いて。正体を明かしてくれたって事は、何か俺達に話さなきゃいけない事があるんだよ。俺はとりあえず話を聞く」
「……本意ではないが、我が主がそう言うならば猶予をやろう」
ステアはそう言って短剣を不満そうに鞘へと戻した。
クラムにとっても、デルと繋がりのある魔物となれば許せない存在だ。冷静でいろと言われて素直に「はい」と答えられないのは無理もない。
キリムはそんなステアを宥めながら、自身の怒りや恨みなどを抑えつつ、出来るだけ平常心を心掛ける。
「まずはお座り下さい。ターシン、大丈夫だから泣き止みなさい」
イオデル達の部屋はフロントの裏にあり、造りはホテルの部屋と大差ないものだった。
茶色の壁紙や暖炉、毛足の長い絨毯、ローテーブルと書斎机、本棚。イオデルとターシンのベッドはフカフカだ。そこに慎ましやかなキッチンとトイレがつき、大陸の一般的な町の家庭と変わらない。
キリム達は絨毯の上に座り、ローテーブルを挟んでイオデル達と対面となった後、話の続きを待った。
「どれからお答えすればよいのか。1つずつお願いできますか、デル様に誓って、皆さんを襲ったりはしません」
デルに誓われても逆効果なのだが、キリム達は少し話し合い、キリムが代表として質問することになった。
「あなた方は本当に魔物なのですか? 俺たちを襲うつもりは無いのですか? 旅人からは逃げるし、怖がって泣くし、訳がわかりません」
キリムは困惑を素直に伝えた。クラムが苦手と言っていたが、武器も防具も持っていない状態を好機とも思わず、更に泣き出すという状況が理解できなかった。
「この町について皆さんが仰った『噂話』は、おおよそが真実です。この町の住民の殆どは皆さんが言うところの魔物です。我々は魔人と名乗っております。僅か数十名ですが、我々の事を理解して定住している人もおります」
「魔物が人と一緒に暮らしているだと?」
ステアが思わず険しい顔で聞き返す。威圧するつもりはなく、200年以上生きてきたステアにとっても、それは信じられない事だった。






