Terminal‐05(133)
キリム達はロビーで声を潜め、魔物かどうかを判断する手段を考え始めた。擬態を解く一瞬をどうやって捉えるか、人にあって魔物にはないものが何か、魔物を非難すれば怒るかもしれない等々、とりあえず思いつくだけ挙げていく。
「実際に魔物を捕らえて、町の中に放ってみるとか」
「いくらなんでも、大問題になりそう」
「人からは逃げて、魔物からは逃げないなんて事が分かれば確定なのに」
「魔物のくせに人から逃げるなんて事はあるのか? 魔物はどんなに弱くとも人を襲ってくるものだ」
「擬態する種もいるけど、言葉を話す魔物なんていないよね」
相変わらずどんな案を出しても、解決策に辿り着くどころか疑問がどんどん湧いてくる。レッツォが言った話と現状が異なっていて、そもそも何が真実か分からない。
「食事は美味しかったし、ホテルも他の町と変わらない。言葉はデルが教えた可能性もあるとして、人の生活をここまでしっかり再現できるかしら」
「そっか、召喚士を実験台にしていたという話からして、クラムみたいな存在を作り上げたかもしれない。それなら喋れる事も納得だね」
一度は完全に住人がいなくなったというのに、町は思っていた以上の発展を見せている。町を守る結界も機能している。住民はどこから来たのだろうか。やはり魔物なのだろうか。
島内に襲撃を免れた別の町や村があり、無人となったズシに移って来たのだとすれば、今無事に生活できているのは何故か。
島内にいた者の移住ではなく、住人に化けた魔物という話が正しいのなら、何故襲い掛かるどころか怯えて逃げていくのか。
外との交流が殆どない現状は誰が望んだことなのか。キリム達はこれまで語られてきたエンシャントの噂や、レッツォの証言までもを疑い始めていた。
「……レッツォって人が嘘を言って私達をこの大陸に連れてきた、ってことは考えられないかしら」
「まあ現状だとレッツォの説明の方が現実と噛み合わないからな。俺達はまんまと騙された……のかもしれない」
「だから、レッツォさん達は町の外で野宿をしているって事? もしかして、ここにいると危ないんじゃ」
キリムはハッと立ち上がって周囲を見回る。住民が襲い掛かって来るのではないかと考えたからだ。しかし町の中は物音もなければ明かりも殆どない。港にはマーゴ達がおり、そちらも警戒を怠っていないはずだ。
キリムが考え過ぎかと再びソファーに腰を下ろした時、ふとフロントの奥からこちらを覗うフロント係の老人と目が合った。
老人の給仕はこの町の者と同様におどおどとしていて、話しかければ料理を落して逃げる程だった。キリム達がロビーにいる事で、怖くてフロントの仕事が出来ないのではないか。キリム達は慌てて話し合いを終え、ブグスとミゴットもソファーから立ち上がった。
だが、老人は予想に反し、キリム達に近付いてきた。今度はキリム達が身構える番だった。男は薄くなった白髪をオールバックにし、気の弱そうな顔をしている。勇気を振り絞っているのだろう、深紅のベストの裾をぎゅっと握って震えながら声を掛けてきた。
「皆さん……た、旅人なのですよね」
キリム達は答えあぐねた。旅人だと名乗れば明日からの調査に支障が出るかもしれないからだ。けれど、せっかく勇気を振り絞って声を掛けてくれた初めての町民に嘘をつくのも憚られ、キリムは意を決して頷いた。
すると、老人の後ろからはジャケットを着た初老の細身の男、そして銀色の髪をふわふわと揺らす幼い男の子が現れ、フロント係の老人の横に並び立った。初老の男はオーナーで、男の子は孫だという。男の子は恐怖でガタガタと震えており、キリムは安心させるために一歩下がった。
消灯時間を過ぎているとして、勇気を出して抗議をしに来たのだろうか。
キリム達はそう思い、すぐに部屋に戻ると告げた。けれど、支配人達の目的はそうではなかったようだ。震える声には少し訛りがあるものの、高過ぎず低すぎず、聞き取りやすい声だった。
「私は当ホテルのオーナーのイオデル、こちらは孫のターシン、フロントの者は支配人のホゼです。皆さんは大勢でこの町に何をしに……」
「俺達は、デルを捕まえに来たんです」
「えっ?」
キリムが答えると、オーナーのイオデルと支配人のホゼは驚いて目を見開き、顔が青ざめた。その反応を不審に思ったものの、キリムは言葉を続けた。
「俺の村は……デルが差し向けた魔物の大群によって壊滅させられました。俺の父母も、友達もそれが原因で亡くなりました。二度とあんなことをさせないつもりで……」
「私も弟と母が亡くなりました。故郷はこの子と同じです。私もデルの悪行を食い止める為にやってきました。もしよろしければ……この島の話を聞かせて頂けませんか?」
「あんたら、その様子だと俺達に何か言いたいんだろ?」
ブグスが話を促すと、イオデルは1つため息をつく。キリム達をソファーに座らせると、イオデル達も対面に座った。そして私から聞いたとは絶対に言わないでくれと前置きをして、話し始めた。
「……そ、そうです。あなた達がこの港に着いた時、すぐに旅人が来たという情報が町中に広がりました。この町は旅人、そしてとくに召喚士の事を恐れているんです」
「恐れている? それは何故? 魔物を退治して貰えたら、あんたらは平穏に暮らせるじゃねえか」
ブグスは意味が分からないと言って腕を組む。キリムとミゴットはまさに召喚士だ。流石に自身がそうである事は言い出せなかった。
「旅人は魔物を退治する者ですよね。召喚は、魔物とは正反対の『クラム』を呼ぶ術ですよね。私達はそれがとても恐ろしいのです」
「何故だ。心強いなんてことは思わないのか?」
ブグスの当然とも言える質問に対し。支配人のホゼが困った顔で唸る。オーナーのイオデルは、孫のターシンを見ながら口を開いた。
「私達は、あなた方が捕まえに来たというデル様の子供のようなものだからですよ」
「えっ!?」
「お子さんですか!?」
デル様という言葉を聞き逃し、子供の「ようなもの」という言葉を早とちりし、キリム達は思わずイオデルに聞き返してしまった。
「実の子ではありません。親のように慕っていると言った方が正しいかと」
聞けば、この町にとってデルは救世主らしい。イオデルの他にも、このズシの町ではヴェデル、レーデルなど、親しみを込め「デル」という名を取り入れて付けた者が多いという。
「デルは大陸では極悪人です、皆を殺し、人を苦しめて……」
「そうだ、悪いがあんたらは騙されているんじゃねえのか。まさかあんたら、俺達を襲う気じゃねえだろうな」
「とんでもない! 我々は戦いを好みません。デル様について、大陸では何か勘違いをされているのではと、長年ずっと思っておりましたが……やはり」
「いや、勘違いじゃねえ、事実だ」
イオデル達は、本気でデルの事を信じ、崇めていた。こんな町でデルへの憎しみを公にすれば、明日からどのような扱いをされるかわからない。
どんなに冷遇されようと、旅人にその町の習慣や思想を奪う権利はない。暴力で解決すれば旅客協会から除名されてしまう。イオデルの言葉の意味をもう少し深く知る必要があった。
場合によっては事実を皆で共有するまで、今後の計画をいったん止めなければならなくなるかもしれない。イオデルに代わり、今度はホゼがキリム達に質問を投げかけた。
「みなさんはこの町の事を、どのように聞いておられますかな。まあ、あまり良い噂は聞いていないでしょうが」
「そうですね、魔物に支配されているとか」
「生きて帰れない、とか」
「住民は皆、魔物が成りすましている、なんて言ってる奴もいたな」






