Terminal-03(131)
振り向くと、そこには魔物襲来の際、エンキと共に助けたあの幼い兄弟がいた。
少し背が伸びただろうか、兄弟は屈託のない笑みを浮かべ、キリムもつられて笑顔になる。歯が生え変わるのだろう、兄の方は前歯が抜け、半分ほど新しい歯が覗いていた。
「頭にゴーグルさすでる兄ちゃんな、来でねえの?」
「うん、今日は俺だけなんだ」
「泊まるのけ? なあ、魔物がまた来るんけ? 退治するで来ただか?」
「気絶ばすで、心配すでたんだども、元気すでてえがった! 帰りなおんぶばされといたども、どんくれえ寝でただか?」
「おで、木さ削っでな、武器こさえたんと! あの兄ちゃん武器の作るげな、おでも武器の作る仕事なすでえ」
「え? 魔物が来たの? おんぶば……され?」
キリムは矢継ぎ早の質問を上手く聞き取れず、何と言ったかを訊き返すが、兄も弟もキリムへの質問が止まらない。それを見かねた店番の女性が2人を叱る。
「これ! カンチ、ミツトセ! 2人とも旅人さんな困っとらすっけ! 忙すいのに引き留めでがら!」
「いっで!」
女性はこの兄弟の母親らしい。兄のカンチに拳骨を落すと、女性は他所向きのニッコリとした笑顔でお辞儀をした。
「またゆっくり来るから、元気でね!」
「おで、もう魔物こわぐね! もう泣かね! 次おでの武器な見せちゃる!」
「兄ちゃんな元気すでけれ! あのバンダナの兄ちゃんと、ウサギのすどと、顔のこええ兄ちゃんな、達者すでて言ってけれ!」
顔が怖いと言われもしや……と思い、キリムが視線を港に向けると、ステアが腕組みをして待っている。
キリムが2人と母親に手を振りその場を去った後、カンチとミツトセは、先程旅人にしては珍しく干物を買って行った少年の正体を告げた。
「なっ!? あんたらそれをはよ言わんな! 恩人に物な売りづけすまったでねが! 帰りにでも寄っでくりだら……」
もてなしもせず、感謝も伝えられなかった母親はため息をつき、キリムの後ろ姿に再度頭を下げた。
「あの兄ちゃんな、有名人てや?」
「大陸でいちばんつええて、協会の人な話すでた」
「やっぱりあの人の事なね。町なすぐってぐれたあの勇敢な旅人さんの買うた開きち、急いで売りださんな」
* * * * * * * * *
3日後、道中についての説明を何も聞いていなかったキリム達もちゃんとキタキの町に着き、皆と共に船を待っていた。
フカで一度下船し、汽船に乗り換えずに徒歩で北上したのは、エンシャントが目的地と悟られない為だった。
レッツォら連合の幹部たちは、ジェランドの中でもフカだけが襲われたのは、フカを何らかの方法で偵察しているからだと睨んでいたのだ。
まさか歩いて北上し、キタキから船に乗るとは思っていないだろうという、用心だけのために歩かされたと知り、ダーヤ達が今更の文句を言い出したのは1時間前の事だった。
「船が来るぞ。皆、装備は木箱に詰めたな! 一般人や商人を装うんだ、分かっているな」
「こげな婆さんを誰が旅人ち思うかいねえ? キヒヒ」
「けどパバスでギルド長ばしよったち、デル側に知られとるかもしれんですけね」
「ええのよ、遅かれ早かれ知られると。船を沈めるつもりがなければ、着いたもん勝ちばい」
ヤチヨ、トルク、レベッカは全く動じていない。船がたとえ沈んだとしても、自分達は飛行術で海の上を飛ぶことができ、他の者もステアがジェランドに瞬間移動で運べばいい。
旅人には危険予知が重要だと言われるが、危険ばかり意識しても意味がない。回避手段を考えていれば、こうして余裕でいられるのだろう。
もしくは、何も考えていないかだ。
「サンの故郷はこの町のすぐ南にあるんだってさ。小さな漁村で、畑が山の斜面に段々になって並んでいるって」
「ほう、この町よりも小さいのか」
「ミスティの方が集落が幾つもある分大きいかも」
キタキはフカの3分の1も家がない。角木を組んで木板をはめただけの粗末な家がまばらにあるだけで、他所からの来訪者向けの食堂なども見当たらない。宿は1軒、それも民家を改造して数人泊まれるだけだ。
港は小さく、船倉に物資を載せ、乗客が150名乗れるかどうかの汽船が一艘横付けできる程度。汽船に乗り、フカからキタキ経由でエンシャントのズシに向かう航路しかないという。
しばらくして乗船が開始されたが、フカから乗ってきた者は殆どいないらしい。けれど積み荷は多い。エンシャントは需要があり、栄えているという事になる。
このご時世、エンシャントに観光気分で行くものは余程の物好きだ。レッツォの話では、どうやら商人でも数名しかジェランドとの伝手を持っていないとの事だった。
「あー……乗らなきゃ駄目、だよね」
「お? なんだ、乗り物酔いするのかい? キリム」
ブグスが大声で笑いながらキリムの背を勢いよく叩く。無理矢理踏み出すしかなくなったキリムは、鉄製の渡し板の上をため息交じりに歩き始めた。
船内に個室などというものは存在せず、水が貴重なためシャワーもない。土足厳禁の3つの大部屋に仕切られ、い草で編んだ厚さ数セルテのタタミが敷かれているだけだ。
甲板は剣を振り回せるほど広くはなく、船が小型なせいで揺れも激しい。5人いる商人は慣れた様子で本を読んでいるが、流石に旅人達は座っているのがやっとだ。
「キリムくん、ケアを掛けてあげるよ、少し気分が良くなるはず」
「有難う、ございます……」
「誰もが注目する若手の星にも、苦手なものがあったのね、ちょっと安心した」
「安心、したい……早く降りたい……」
ダーヤに時々治癒魔法を掛けられ、ミゴットがキリムの為に濡れタオルを用意してくれる。
注目を浴び、天狗になっているのではと内心快く思っていなかった者達も、キリムのまさかの船酔いにすっかり気を許したようだ。
もしもステアが片時も離れず着いて回らなければ、もう少し他の旅人が寄って来てくれたかもしれない。
「キリム、少しでも真ん中に行きなさい。一番端っこが一番揺れるんだから」
「少しも揺れないところがいい……」
「ほら、頑張って動く!」
「そうだな、俺がバランスを取り、揺れないように抱えていればいいと思うが、どうだ」
「却下……」
船を襲う魔物もおらず、キリムにとって暇で過酷な時間が流れていく。
他の旅人も1日目こそ明るく楽しそうにおしゃべりをしていたが、2日目からはやることもなくだらけていた。筋トレや読書も、海が荒れてくると出来なくなる。それどころか眠る事すら叶わない。
3日目の午後になり、暇を持て余した旅人達を乗せた船は、ようやくエンシャントの基幹港ズシに到着した。
ステアとマーゴに両脇を抱えられて船から降り立った少年……つまりキリムは、誰の目にも旅人とは思えない程勇ましくなく、哀れに映った。
そのまま木箱の上に座り込んだキリムは、まだ揺れの余韻が残る体を自力で支えられず、木箱をベッド代わりにさせしてもらう事になった。
勿論それは船から降ろした商人の荷物なのだが、あまりにも船酔いに苦しむキリムを見かねて、じゃがいもが入った木箱を並べてくれたのだ。
「この寒さが本格的になれば、魔物よりも命取りになりそうだな」
「うーん……船の方が無理……」
ズシの街並みは寒い土地柄のせいか、それとも家々がコンクリート製なためか、灰色一色でどんよりとして活気を感じない。
エンシャントは北に位置するために寒冷な気候で、ノウイよりもしっかりと雪が降る。夏も近いというのに、半袖で過ごすと風邪を引きそうだ。
「よくそれで旅人になりたいなどと願ったものだ」
「うーん……」
キリムはあまり暑さ寒さを感じにくくなっており、今は船酔いの方が切実な問題である。
キリムは今日に限って言えば戦力外だ。レッツォの指示で(キリムとステア以外が)集まった後、今日は各ネクサスに分かれて聞き込みを行う事になった。






