Pageant-03(121)
キリムは何かを隠しているつもりはない。しかし、今までも誤解されていることはあった。
「あの、噂って他には一体……」
キリムは熱いコーヒーを啜りながら、どんな噂があるのかを尋ねた。解く必要のない誤解、何としでも解きたい誤解、それによってインタビューを受けるか受けないかを判断したかったのだ。
「そうですね。召喚士を名乗っているけれど実はただの双剣士で、一緒にいるのはクラムステアではなくお兄さん」
「プッ! ステア、俺のお兄さんだって」
「まあ、確かに血は繋がっているな。間違いではない」
「いやステア、そこで肯定しちゃうとややこしくなるから」
カーズとなった事で血は互いに共有している。そういった意味で兄弟と言う表現は誤解とも言えないが。けれど少なくともステアについて、正しく認識してもらう必要がありそうだ。
ステアが納得してしまってはややこしくなる。
「キリムさんが目から炎を放った、剣を構えた瞬間、魔物が蒸発するように消えた、人々を魅了する怪しい術を使っている……お金で職員を買収している」
「……本当にできると思います?」
「そういう声もあったというだけですよ。キリムさんがクラムで、クラムステアが召喚士の青年という話もありますし、身内が旅客協会の幹部だから特権昇級した、替え玉がいるなんて話も」
「くだらん。暇を持て余すせいかクラムも噂好きは多いが、それを確かめる事も欠かさない。旅人なら自らキリムを訪ね、事実を確かめようという気概はないのか」
馬鹿馬鹿しい噂が大半を占めているせいか、ステアは答えるまでもないと鼻で笑う。
「まあ、噂の一例です。注目されていると、どうしてもこの手の冗談半分の噂が出ちゃうんですよ」
「嘘だと分かっていて広める奴の程度が知れるな」
「まあ……本人が否定すると、冗談も通じないのかなんて言われちゃいますし、この手のマイナスな噂は対応が難しいですね」
「悪を裁くかのような態度でキリムを貶める割に、無実の罪を負わせる自身を容易に許すか。フン、面の皮の厚さでも誇るといい」
ステアは自分の主を悪く言う者に対し、容赦がない。キリムもどう否定していいのか分からず、はい、いいえを答えるだけで分かって貰えるのかと不安そうだ。
「あと、これは先日投書があった内容ですけど、記念写真を撮ったらキリムさんとクラムステアが写らなかったと」
「えっ?」
もう全部の噂を読み上げる必要もないかと、ゼッファが途中のものを飛ばして最後の噂を口にした。それを聞いた時、キリムは旅人と記念撮影をしたサスタウンでの出来事を思い出していた。
「心当たりがありますか?」
「記念撮影をしたことはあります。サスタウンで困ってる方に協力したんですが、その時に居合わせた人と旅客協会で」
「クラムは意識体で写る事はないと聞いている。だが実体ならばゴーンの鍛冶屋でワーフの写真が飾られている」
「投書を受け付けたのは確かにサスタウンです。面白い噂ではあったけれど、流石にこの噂もただのデマ、か」
ゼッファは写真についての噂にペンで線を引こうとする。それを止めたのはキリムだった。
「あの、俺……その写真自体は見ていないんです。それに機会が少なかったとはいえ、故郷だったり、旅の途中の仲間と撮ったこともあります。旅人証もちゃんと写真がありますし」
これまで写真を撮られた時に不審な点はなかった。だが、今のキリムには心当たりがあった。キリムの表情が曇った事に気づき、ステアがゼッファに声を掛ける。
「おい」
「え? はい」
「写真機は持っているか」
「はい、持っています」
「ならばキリムと俺を撮れ。その方が話は早い」
ステアは机を右手の人差し指でコツコツと叩く。決して熱々の珈琲を運んで貰ったくせに何故熱いうちに飲まないのか……と不思議がっているのではない。
「では写真を撮らせていただきますね」
ゼッファが鞄から写真機を取り出し、キリムとステアに向ける。一応はニッコリと笑うキリムに対し、ステアは無表情だ。視線を向けているだけ良しとする他ない。
一瞬の眩しさの後、数秒遅れて1枚の写真が出てくる。次第に鮮明になってくるものを見て、3人は驚愕した。
「えっ、えっと……私、ちゃんと写したはず」
「カメラは確かに俺達に向いていたし、店内や飲みかけの珈琲やケーキはちゃんと写ってる」
「俺とキリムが装備もろとも写っていないようだ。これは……」
写真にはキリムとステアが写っていなかった。落ち着いた照明の店内、黒いテーブルにレンガの壁。床から天井まで届く大きな窓の外には、行き交う人々の姿までハッキリ写っている。
キリムとステアだけが、確かに目の前にいるのに写っていない。まるで怪奇現象だ。噂の1つは本人達も知らない本当の話だった事になる。
キリムの悪い予感は的中していた。カーズとなった事が影響している、それをゼッファに告げていいものかどうか悩んでいるようだ。
その時、ゼッファがボソリと呟いた一言で、その場の空気が一変した。
「やっぱり……」
その呟きを聞き逃さなかったのはステアだった。特に興味がないと言いたそうだったステアは、今はゼッファに怒りを見せている。
「やっぱりとはどういう事だ」
「ゼッファさん、何か知っているんですか?」
キリムはハッとしてゼッファの顔を見る。姿が写らない事に関して、噂通りだったという感想なのか。それにしては確証を持ったような言い方だった。
途端に信頼を失った事、何よりもステアの隠さない怒りに慌て、ゼッファはその発言の真意を説明した。
だが、それもまた火に油だった。
「じ、実は港近くの方から事務所に目撃情報が入りまして、私が急いで向かったんです。話に聞いた通りの容姿だったので、パバス島からお2人を尾行しておりました」
「それで、何故やっぱりという発言に繋がる」
ゼッファに黙秘を認めるようなステアではない。ここで理由を告げなければ、キリムもステアも二度とゼッファの前には姿を現さないだろう。
2人が他の旅人や旅客協会に不信感を伝えたなら、旅人フリーク存続の危機だ。
ゼッファは深いため息の間、数秒置いてからゆっくりと口を開いた。
「尾行中、後ろからお2人の写真を撮らせていただきました。インタビューを受けて頂けるか分からず、断られたら写真の1つもなしに、事務所にどう説明したらいいかと……その時、確かにお2人が写らなかったので」
「隠し撮りをし、他人の秘密を暴いて飯の種にするということか」
ステアの言葉にゼッファは慌てて首を振る。しかし、ステアの怒りは治まらない。
「さぞ地位が高く立派な職業なのだろう。生憎クラムにはその崇高さが理解できん」
「そんなつもりは!」
「どのようなつもりでも、結果で判断するならそうだろう。貴様のような奴がいるから、誹謗中傷で悩む者が追い込まれる」
どうやらステアの怒りは、独り歩きした噂や情報で、キリムが他の旅人から非難されたことに結び付いたらしい。主へ危害を加える者だと判断したせいで、ステアの物言いには容赦というものが全くなかった。
ステアもキリムの様子から、原因をカーズの影響と考えていた。そもそもキリムにとって、今「人ではない」現実を自ら知るのではなく、赤の他人から知らされるのは最も堪える事だ。それをこんな形で知らせたくはなかった。
「俺とキリムを隠し撮りし、雑誌に載せてどうする。載せられた俺達はどうなる。貴様の金儲けの為にキリムを餌にされてたまるか」
ステアの全く遠慮が無い発言でハっとしたゼッファは、再度そのようなつもりがなかったと言い、キリムとステアに深々と頭を下げて詫びた。






