Pageant‐01(119)
【Pageant】悪は正すべきか、滅するものか
ラージ大陸の中でも一番気候が穏やかで、四季がハッキリしていると言われるパバスの町。大陸の最西端に位置し、古くから海運で栄えてきた大きな町だ。
船は3日目の昼にパバスへと寄港し、キリムとステアは数名の乗客と共に陸に上がった。貨物船はそこから更に油田村やノウイへと向かうという。
「ハァ……この乗り物酔いを克服しないと、旅人として致命的だよね」
「カーズとなって少しはマシになったかと思ったが」
「実は俺もちょっと期待してた。機械駆動車は大丈夫だったし」
キリムは船酔いとの壮絶な戦いの末に敗北し、快晴の空の下、先程までしばし座り込んでいた。
「嫌でもエンシャント島に乗り込むためには船が必要だ。慣れろ」
「頑張る、あと1カ月くらいあるし、慣れてみせる。でもここから船でエンシャントまでってのは無理。ジェランドのキタキって町からの直行便で許して」
この数十年程は不穏な気配が漂うエンシャントを避けるため、油田村やノウイに向かう便までもが大陸の西側からの航路を選ぶ。
元々パバスは大きな港を持ち、ゴーンに次ぐ規模の町であったが、近年は船の寄港を制限する程に混雑しているという。
町は外壁、道、建物、そのほとんどがレンガ造りとなっていて、家々の屋根はスカイポートに負けないくらいに色鮮やかだ。
ヨジコとは違い、港湾機能以外に目立った産業はないが、古い遺跡や景色が人気で、観光客も多い。
一方、砂浜などは見あたらない。大きな船の行き来が激しく、海水浴もできそうにない。小さく長閑なスカイポートの涙ぐましい観光作戦を脅かすライバルではなさそうだ。
「ねえ、北に大きな橋があるよね。海を横切るような大きな橋」
「ああ。あんなにも大きな建造物を見るのは初めてだ」
ようやく体調が戻ったキリムは、ステアと共に港を出た。賑わう通りに出れば、3階、4建ての集合住宅が両側に建ち並ぶ。1階には花屋、服屋などが入っていて、通りの遥か先まで続いている。しかもその全てがレンガ造りだ。
キリムがそんな物珍しい光景をキョロキョロと眺めていると、老婆がキリムに声を掛けてきた。
「あら、この町は初めてかね?」
「あ、はい……あれっ!? トルクさん?」
「覚えてくれとったかね、こんにちは。そちらさんはクラムステアやね。ようこそパバスへ」
「ああ」
そこにいたのは旅人等級10の大ベテラン魔法使い、トルクだった。
紫色のメッシュが入った髪は少し伸びているが、灰色にヘルメスの刺繍が施されたローブを着た老婆などそうはいない。
「あたしは家がこっちにあるんです。あと2人の婆さんはね、橋の向こう側の地区に住んどるんです。今頃杖を選んどるはずですわ。こんな歳になって、杖ば更新するっち言うて聞かんのです」
「あ、デル戦に向けて、ですか」
「そう。もうそりゃあんた、こんな婆さんが少女みたいにはしゃいで、どげんするとかいねえ?」
穏やかに喋るトルクにつられ、キリムとステアの歩きもゆっくりになる。トルクがせっかくだからと旅客協会まで案内してくれることになり、キリムとステアは簡単なパバスの成り立ちや見どころを教えて貰う事になった。
「この町はね、元々海峡を挟んだ対岸の町と別々だったんですよ。この海峡はとっても浅いんですわ。喫水のね、深い船は通られんのです」
「喫水?」
「船が沈む深さの事よ。海が浅すぎて、船の底が海底についてしまうんですわ。そうすると水に浮いとられんから進めんの」
「あ、やっぱり大きな船も、ボートみたいに海に浮いてるんだ……すごいや」
キリムは海の中に線路があるなどと言わなくて良かったと、トルクに悟られないように胸をなでおろす。
「物や人をいっぱい運ぶと、それだけ船が重さで沈むでしょう。満載の時を満載喫水っち言って、それが6メルテを超える船は通られんの。それ以上の船はそうそうないけどね、干潮の時はそれくらい浅いんですわ」
海峡の幅は十分だが、水深は深い所でも15メルテ程だと言われており、岸の近くは座礁の恐れがある。大きな船は通行できる区域が限られ、船が列をなして通過する事もあるという。
町の間を行き来する足代わりのフェリーがその間を抜けていくのは危ない。更に大きな船が停泊できる港は、海峡を挟んで西に位置する地区……「パバス島」の町にしかない。
東、つまり大陸側の町の港は水深が浅く、小型の船しか寄港できない。
ただ、港だけあっても仕方がない。肥沃な土壌を持ち、水も豊かな大陸側の町「ユネスタ」との交流は不可欠だった。
両方の町が悩みに悩んだ末、2つの町を1つに統合し、船がなくとも行き来が出来る巨大な橋が造られることになったのだ。
「対岸の町は目視出来ないが、橋はどれくらいの長さがある」
「橋脚が沢山あるし、真ん中に小さな島があるけん、どこまでを橋っち言うていいか分かりませんけどね。一番狭い所に建設して、全長17キルテあるっち、言われとります」
「17キルテ!?」
「出来上がったのは20年前で、建設に27年掛かったそうですわ」
その想像もできないスケールに、キリムは眉を上げ、口が半開きになったままだ。どうやら驚きと感動の上限に達してしまったらしい。
「そのようなものを作ることが出来るとは。俺はまだまだ人の世界について知らない事が多い」
「鉄のケーブルを引いて埋めたとか、強度を計算したとか、船が通れる高さにするとか、色々苦労したらしいですわ。あたしらがまだ子供やった頃に比べたら、格段に便利になったけんね、この橋が町の命ですたい」
橋は徒歩や馬車で通行する事も出来るが、鉄道での行き来が主だ。
港があるおかげで町の主な経済機能はパバス地区にある。一方、住民の大半は豊かで広い陸側のユネスタ地区に住んでいるという。
「もうすぐ駅ですけんね、乗ってすぐ向こうに渡ったら、駅前が旅客協会です」
3人は途中から馬車に揺られ、鉄道の駅に着くと、1人50マーニの切符を買って汽車に乗り込んだ。
キリムは馬車の揺れはなんとかなったが、汽車の揺れはやはり苦手らしい。先程までとは違う揺れにぐったりしながら、ほんの20分程の移動を終えた。
橋は本来なら海峡を見渡せて、水の中を汽車で進んでいるような感覚になれるとして、人気スポットの1つだ。楽しめなかったキリムは、帰りは絶対に歩くと心に決め、フラフラと駅の構内を後にした。
「走った方がマシ……もう揺れはこりごり」
ユネスタ地区も、パバス地区と同じくレンガ造りの建物ばかりだ。住民は多いが土地も広く、町の外れには広大な畑や牧場や森がある。
海に近い場所では、至る所に運河が流れている。運河沿いの家々は庭から直接自家用の手漕ぎボートに乗り込むことができ、運河を行く船は重要な移動手段でもあるという。
「んじゃあ、あたしは買い物ばして帰りますけん。連合の集会は来月やけん、同じネクサスの仲間として、また会いましょう」
「はい! 右も左も分からなかったので助かりました。町の事も教えて貰ったし」
「ええんですよ。それじゃあね」
キリムはトルクに深々と頭を下げ、飛行術を使い杖に跨って飛び去って行くその後ろ姿を見送った。
「さあ、記帳したら宿を探そう」
キリムは相変わらず他所と造りが変わらない旅客協会に入ると、なるべく目立たないように受付に向かう。目立たない事を第一に考えたため、ステアは協会の入り口で待機だ。
そうしてキリムは騒がれることなく記帳を済ませ、ホッとして入口へと戻って来た。
だがそれも束の間、キリムの目に飛び込んできたのは、ステアが1人の興奮した様子の女性に詰め寄られ、眉間に皺を寄せている様子だった。






