memento-09(118)
「うわあ……砂丘の向こうに海が!」
「あれが終点、ヨジコの港だ。悪いけど機械駆動車を所定に位置に着けるから、ここで降りてくれるかい」
「はい、有難うございました! 楽しかったです」
「世話になった」
コンクリートのブロックを2メーテ程に積んだ壁が見え、その先に大きな船が何隻も停泊している。
キリムとステアは速度を落とした車体から飛び降り、キリムが去っていく運転手や護衛に手を振る。それから間もなくして港のゲートに着き記帳を済ませると、荷物が山積みになった港の中へと入って行った。
港の南北へと視線を向ければ、うねるサンドベージュ、高い空、そして大海のコントラストが見事だ。キリムは船のチケットを買うのも忘れて景色を眺める。
サファイアを磨いて貼りつけたような海が光を反射し、メノウの縞のように重なった雲が、青空の中をゆったりと流れる。
護岸工事をしていない周辺の海岸は全て砂浜で、景観を邪魔するものは何もない。もう少し早い時間だったなら、もっと清々しい気分を味わえたはずだ。
「船も大きいね。あんなのが水の上を進むなんて、本当に不思議だよ」
自身こそが一番不思議な存在だという自覚がなく、キリムは船の下に線路があるのかもしれないなど馬鹿げた事を言い出す。
それをステアが鼻で笑って否定をする……と思うのは甘い。
「海の中に線路を敷くのは難儀だったろうに」
「そうだよね。すぐ錆びちゃいそう」
ノウイに滞在していた時の、リビィの無駄な努力が思い出される。
ステアかキリムか、どちらかに常識があればと心配になった彼女は、知識こそあやふやながら正しかったと言える。
港にはいくつかの商船が停泊しており、殆どが貨物船だ。ステアに小突かれてようやく乗船案内所に向かい、キリムはパバス行きの船のチケットを2枚購入した。
海を臨んで一番右端の上下で白と赤に分かれた貨物船がパバス行きで、積荷が全て載せられたら乗船が開始されるという。
見たところ、パバス行きの貨物船に載せられる積荷はもうそんなにない。もうすぐ夕方になる時間で、海に夕日が沈む頃には出航だ。
「あー……船酔いしませんように」
「俺が献身的な看病をしてやるから安心しろ」
「え、やだよ、なんか怖い。あ、そうだ! 乗船チケット」
キリムは鞄の中からチケットを入れた封筒を取り出す。
「船賃が勿体なければ、パバスに着いてから呼んでくれても良かったが」
「え、2人分チケット買っちゃったけど」
キリムは乗船チケットをステアに2枚見せる。
「幾らしたんだ」
「1人3000マーニ。まあ他に手段もないし、もう歩きたくないよ」
「なかなかの金額だな」
ステアはそう言うと、キリムの手からチケットを奪い取り、代わりに自身の財布から6000マーニをキリムに渡す。
「ステア、これは?」
「俺は知っている。こういう時は年長者が払うのだろう」
「ああ、そういうこと……といっても出所は一緒なんだけどね。気持ちは有難く頂戴するよ」
誰が教えたのかは分からないが、ステアは奢るという行動を形だけ覚えてしまい、本質が分かっていないかった。おそらくはどこかで友人知人、もしくは職場で集まった人々が、「年長者が出す」と言っていたのを覚えたのだろう。
「年長者でない場合は『カレシ』が『カノジョ』に払うとも聞いている。思えばキリムは旅の途中の費用は殆ど出していたな。お前はカレシか。俺はカノジョなのだな」
「へっ!? 何で?」
ステアが真顔で突拍子もない事を言い出し、キリムは驚きのあまり声が裏返ってしまった。ステアの中で彼氏、彼女とは一体どんな存在なのか。キリムは聞き返すのが怖い。
「違うのか。ではお前がマルス達と行動していた時、いつもリビィが全員の金を預かり、払っていた。あいつはカレシだな。ならばお前達はカノジョか? いや、俺の払いを済ませたならお前もまたカレシのはずだ」
「いや、リビィは女の子じゃん……。ステア、彼氏ってお金を出す人の事じゃないよ」
「じゃあ何だ」
ステアは彼氏という言葉もまた、誰かが言っていたのを聞いただけだった。言葉の意味は全く理解しておらず、聞きかじっただけで「カレシは金を払う者」という大変偏った認識を持ってしまったのだ。
「彼女でもお金は出すよ。そうじゃなくても誰だって代金を払うし」
「じゃあ何だ。お前はカレシか、それともカノジョとやらか。俺は何だ」
「えっとね、ステア。恋人同士の男の方を彼氏って言って、女の方を彼女って言うんだよ。お金とは全然関係ない」
「俺とお前は恋人同士ではない。お前が女ではないのも百も承知だ」
「いや、うん……そうなんだけどね? 何で俺が間違ってるみたいな空気になってんの?」
今回の常識試合はキリムに軍配が上がった。けれどキリムは何故か勝てた実感がなかった。
* * * * * * * * *
乗船開始の時刻になり、船乗りと商人、それに僅かな旅人と一般人が急なタラップを上がっていく。人の乗船はついででしかなく、メインは貨物なのだ。
白く細長い造りの貨物船は、甲板に積み荷が置かれていない。木や鉄のコンテナ、袋に入れられた荷物や鋼材、食材などは、船首右の専用搬入口から甲板下の倉庫に運び込まれている。
資材輸送のためのスペースが大変を占めており、乗員乗客はおまけだ。
船室は船の中央部に固まっており、上階から1等、2等、3等となっている。乗客は甲板から艦橋に入り、食堂やホール、休憩スペースの横を通って客室へと降りる階段に向かっていく。
手元のチケットに書かれた部屋番号を確認すると、キリムは通路の両脇に並んだ客室の扉の一番手前、201号室の扉を開いた。2等船室だ。
「うわ、狭いなあ!」
「大人2人が寝るスペースと、申し訳程度の机か。本来は荷物輸送の為で、人の事はあまり重要視していないのだな」
「そうみたいだね。窓の外も一応見えるけど……夜になれば何も見えないね」
「外が見たければ甲板に上がれ。酔いに勝てるのならな」
「うっ……酔う前に色々やっておかないと」
船内の部屋は1等ならベッドとシャワーがつき、2等は1等の半分程の部屋にベッドと机だけだ。一番安く広い3等船室の大部屋はベッドもない。30人程が雑魚寝できるスペースだけで、ブランケットの貸し出しもない。
狭い部屋でも仕方がないと気持ちを切り替え、キリムは荷物を置く。どうせ明後日の昼間での辛抱だ。
キリムは初めての船に少々興奮気味な様子で、早速船の中を探検したがっている。
一方、荷物を置いたステアはやれやれとため息をつく。船が出航すれば、いったいキリムの元気は何時間、いや、何分もつことか。
乗客が動き回れる範囲は、船の後方だけに限られていた。他の乗客は慣れたものなのか、最後尾に設置された椅子に座って読書を始めたり、休憩スペースで雑談をしている。
「一応誰でも使える風呂があるのだな」
「ほんとだ。あ、でも時間が決まってる……201号の時間は今日の22時、明日の22時、それぞれ20分だって」
甲板から外を眺めていると、船が大きく汽笛を鳴らした。岸壁のロープがほどかれ、次第に陸から離れていく。キリムが誰にという訳でもなく手を振ると、港で作業をしていた人たちが手を振りかえしてくれた。
「さて……ご飯にしようかな。他にすることないし。ステアも来る?」
「ビールをもらおう」
「ほんとビール好きだよね」
休憩スペースでチェスやカードゲームを楽しむ乗客の横を通りながら、船旅初心者のキリムはそこまで考えが及ばなかった事にため息をつく。
キリムは暇つぶし出来るものを一切持ってきていないのだ。
「ステアが居なくて俺1人だったら、絶対に暇過ぎて発狂してたよ」
「余計に3000マーニを払った甲斐があった」
「そうだね、有難うステア」
出所は一緒だが、キリムはステアに感謝を述べる。感謝される事は満更でもないのか、ステアは珍しくご機嫌だった。
「フン、大したことはない」






