memento-07(116)
明らかな後悔と滲ませるケスターの様子を見ながら、キリムは恐る恐る自身の考えを告げる。
「仕事って、危ないかどうかで決めるものなんでしょうか。覚悟の上で旅人になったんですよね。一緒に旅をしていた方からもきっと必要とされていたはずですし、まだ必要としているはず」
「もうパーティーは解散したんだ。でも治癒術士の子は先週くらいにパーティーが決まったって聞いたよ。あまり評判が良いとは言えないパーティーで、心配だけどね」
「あっ」
キリムは治癒術士、評判の悪いパーティーと聞いて思わず声を上げた。ラミの状況と全く同じだったからだ。
「どうかしたのかい?」
「そのっ! その治癒術士の人、女の子ですよね? ラミさんじゃないですか?」
「ラミを知っているのかい?」
キリムはやはりとため息をつく。とすると、脱退した1名のために解散したというのは、まさしくラミが元いたパーティーの事で、脱退したのはケスターだ。
「ラミさん、ここの北にある山道で魔物に襲われて、パーティーが壊滅したんです。通りかかった俺達がここまで一緒に着いてきました」
「えっ! ラミは、無事なのかい!?」
旅人をやめたのなら先程協会に着いたばかりのラミの状況を知らなくて当然だ。何年も一緒にいた仲間の無事を、ケスターは今にも泣きそうな顔で確認する。
「はい、ラミさんは無事です。他の方は亡くなっていました」
「そうか、それは残念だ。でもラミが無事でよかった、助けてくれたんだね、有難う」
ケスターがキリムとステアに感謝を述べて頭を下げる。だがステアはそれが気に入らなかったようだ。
何故そうなったのか。そこに気付かないよう、ケスターは無意識に自分を旅人としての立場から遠ざけようとしていたからだ。
「良かっただと? あの女は強敵を前にパーティーから見捨てられ、咄嗟に隠れてやり過ごせただけだ。お前の意志が弱く信念を貫かなかったばかりに、入りたくもないパーティーに加入せざるをえなかった結果だとも言える」
「俺が抜けて……そうだよな、こんな小さな町で加入申請をしたところで、選べるほどパーティーはいない」
「ケスターさん、それでもラミさんは旅人を諦めないそうです。いつか、俺達が助けてよかったと思われる旅人になるって言ってくれました」
キリムはラミに力強く宣言された時の事を思い出し、ケスターに伝えた。怖い思いをしたから辞めるなどとは全く考えていない、真っ直ぐな発言だった。
「あいつ、そんな事を……」
「お前は家業をそのまま続けるなら続けるといい。決めるのはお前だ。ただ戻りたいと思った時、数年程度の経験しかないお前が、強い意志で続けてきた者と肩を並べられると思うな」
ステアに諭されて俯くケスターに、キリムが言えることは何もなかった。おそらく、ケスターは今まで未練を仕方ないと抑え込んできた自分と、真剣に向き合う事が無かったのだ。
旅立つ前のキリムも旅立てない理由を探し、未練を抑え込んでいた。何を理由に立ち上がることが出来るのかは人それぞれで、キリムは背中を押す事しかできない。
「……そろそろ、洗い終わったので失礼しますね。ラミさんはまた協会でパーティーの照会をしていると思います」
キリムはそう告げるとケスターに頭を下げ、その場を後にする。
やや遅れて慌てたように防具を拾い上げる音がし、キリムが振り向くと、もうそこにケスターの姿は無かった。
遠くの方に走り去るケスターの後ろ姿が見える。きっとこれからラミに会いに行くのだろうと、キリムは笑みを浮かべた。
* * * * * * * * *
サスタウンで十分な休息を取りたかった2人は、町の中を歩けば騒がれ、建物に入ると野次馬に取り囲まれ、旅客協会に行けば資質値を見せてくれと言われ、心休まる暇が無かった。
滞在3日目の朝、キリムとステアは起きると急いで朝食を摂り、そして宿から荷物を持って外に出た。まだ外は薄暗い時間だが、出来るだけ目立ちたくないと考え、早朝から移動することにしたのだ。
「次はどこに行こうかな……パバスに行かなきゃならないから、あまり逆方向には行きたくないんだよね」
「ここより西に行ったことはない。遠回りが嫌なら、山を越えてヨジコに向かうのが一番だろう」
「本当に道があるのかな。昔の地図には細い道が描かれていたって話だけど」
「ならばあるのだろう。行くぞ」
長い時間を生き、時間に縛られることが得意ではないステアを前に、計画を話して聞かせる事はあまり効果がない。おまけにキリムも思い付きや漠然としたものに向かっていくタイプであって、綿密に計画を練って旅をしたことがない。
まあなんとかなる、と考えての行き当たりばったりな旅になるのは仕方がないだろう。
昔はあったという話の通り、案の定、かつて道だったと思われる跡は数キルテ先から途絶えてしまった。その先はひたすら目の前に見えている山脈を目指す他ない。
「あー。道って何だっけ、俺どこを歩いてるんだっけ」
「山を越えればいいのだろう、目の前にあるのだから道にいようがいるまいが関係ない」
サスタウンから西へ1日も歩けば南北に連なる山地に差し掛かる。だが途切れた街道がどこで再び現れるのか、この調子では分からない。
いや、平地でこの状態ならば、山道が残っている事も期待できない。
2人は木々が生い茂った山裾に辿り着き、山道探しを諦めると、肩を落として茂みの中へと分け入った。
* * * * * * * * *
「これ、普通なら絶対遭難してるよね」
「そうか」
「いや、そうかじゃなくてさ……。もう二度と道のない山には登らない。絶対に登らない」
「道のない山を下るのは良いのか。おかしな奴だな」
なんとかなるの精神で山を登り始め数時間。登山のプロがいたなら怒られていたであろう挑戦は、沢の近くに獣道を見つけた事で奇跡的に上手くいっていた。
といっても、その獣道は何年放置されていたのか分からない。かつては土が均されていたと思われるが、倒れた木々や落ち葉のせいで、油断すれば見失いそうだ。
頭上に僅かな空を残し、四方は広葉樹が視界を覆うように生い茂る。時折かつての旅人かキャラバンが残したと思われる馬車の車輪や、朽ち果てた麻袋などが落ちていて、それなりの街道であった事が窺えた。
「もう陽が落ちてしまう、今日はここで野宿かな」
「野宿をしてもいいが、俺の家に連れ帰ってもいい」
「あー……それもいいけど、ズルいなって思うんだよね」
「出来る事をして何が悪い」
キリムはステアの提案を悩みながら断って腰を下ろした。干し肉とサスタウンで買ったパンを齧ると、ステアにはひと口だけ血を与える。
「成長はしないけどお腹は空くんだよね。動く分、消費されているってことなのかも」
「人の体の事は分からんが、そういうものか」
喉は渇き、腹は減る。人であった時と全く変わらない。ただ、疲労感を殆ど覚えない。道を見失うリスクを恐れず、夜通し歩けと言われたなら歩けるだろう。
だが、キリムは出来るだけ人であった時と同じように過ごしたいと思っていた。休息を取り、夜になれば眠りに就き、食事は朝昼晩に摂る。
そうやって人と同じことをしていなければ、いつか化け物のように扱われるのではないか。キリムはそれを恐れていた。
「寝ろ。俺は眠くもないのに毎晩横になる方がきつい」
「そう? まあ……こんな藪の中で無理に寝なくてもね」
キリムは僅かに開けたスペースに木の枝を集め、焚火に当たりながら木の幹に背中を預ける。そしてお休みといって目を瞑った。
ステアはそんな姿を見守りながら周囲を警戒する。
キリムが眠くもないのに目を瞑った事などお見通しだ。ステアは人であり続けたいというキリムの思いに気付いていた。
「……お前も、後悔していないのならいいんだがな」






