dedication-05(104)
ただ、たとえ孤児であっても、その生い立ちや悲しみが自分の全てを縛る枷になるわけではない。そういった意味ではこの孤児院の子供たちにとってキリムは憧れだった。
親を亡くしていようと、どれだけ貧乏であろうと、才能に気づけたならそれを武器にして生きていける。同じ境遇の子供を助けることが出来る。
可能性を秘めている事に気づいた子供の成長は早い。漁師、旅人、進路はそれぞれでも、皆が希望を胸に抱いていた。
「さあみんな! お洗濯当番、お掃除当番、畑当番は時間よ! エニスはポーラとスカーレットとメンシーをお願いね!」
シェリーが手を2度叩くと、それぞれが残念そうに当番の仕事に取り掛かる。
凹凸の無い木床は土足禁止だ。真ん中に通路があり、両側に部屋が並ぶ造り自体は以前と変わらない。天井が高く開放的な食堂に通され、キリムとステアはシェリーと向かい合うように長机についた。
白い光沢のあるテーブルにはそれぞれ椅子が6つずつ。席にはそれぞれ名前のシールが貼られている。キリムが座ったのは幼い女の子ポーラの椅子だった。
「とても綺麗だし、環境が良くなりましたね」
「ええ。隙間風も雨漏りもないし、強風で潰れるんじゃないかっていう不安もなくなって、みんな喜んでいるわ。ノアなんて、前の建物の時は嵐の日に潰れる、屋根が落ちるって泣いて騒いでいたもの」
「あの子は特に元気がいいし、なんだか想像できちゃいますね。それで、何かみんなや町に変化はありますか?」
もしかしたら、ジェランドのように魔物の襲来があったか、もしくは何か兆候がないか。自分という存在に迷っている今、キリムはもう一度誰かの役に立てたらと考えていた。
決して不幸な出来事を望んでいたのではない。ただ、今までやってきた事が何か役立ったなら、キリムの中での消化不良な未練も断ち切れる気がした。
「変化? そうね、最近は観光にも力を入れ始めて、魚料理をアピールしているわ。この町の旅客協会にお願いして、旅人向けの案内も」
「旅人向けの案内……ノウイでは見かけなかったな。どこで案内していますか」
「それは勿論旅客協会よ。役場の印刷機を使って、協会の窓口や掲示板に名物や観光スポットをいっぱい!」
シェリーは自信満々に胸を張るが、その言葉の通りなら案内の紙は、この町の旅客協会に行かなければ貰えないということだ。
スカイポートを訪れる旅人の数は、そう多くはない。だからこそ結界の張り替えの際に、賞金まで用意して旅人を呼び込んでいるのだ。この町に訪れる人だけに絞って宣伝をしたところで意味がない。
「あの、他の町の人に来て貰えるよう、その張り紙を各地の旅客協会に配ってはどうでしょう」
ベンガのように観光地として口コミで広がるには、とにかく訪れる者を増やさなければならない。ゴーンやイーストウェイのような拠点でもなく、旅人でさえ用がないのだから、一般人は尚更訪れる動機がないのだ。
「誰も来ない場所でこの町の宣伝をしてどうする。その張り紙を持ってこい」
「どうするのですか?」
「俺がニキータとヘルメスに渡して各町で配らせる。黙って待っていて他所から人が来るなら、この町はもっと昔から賑わっていただろう」
ステアの言葉をまとめるなら、人が来る程の魅力は無いと言われたようなものだ。
シェリーはため息をつく。確かにこの町に訪問者が増えたという手応えはなく、武骨な旅人が観光地の良さを語ってくれたとも思えない。
食べ物に興味がないステアに、いくら魚料理を語っても意味がない。一方、キリムは魚料理自体が珍しい内陸の生活をしてきたため、魚料理や浜辺などは十分魅力的だと感じていた。
「俺、ミスティっていう荒野のド真ん中にある田舎にいたから、海の魚を食べた事がなくて。海は塩水だから、最初から塩味がしてお得だねって言って笑われたくらいなんです。旅の途中で砂浜は見かけましたが、町や村にはありませんでした。そういうの、いいと思うんです」
スカイポートは半島に位置し、湾には川が流れ込んでいる。そこから潮の流れに乗って砂が町の南に滞積する。元の孤児院があった場所のすぐ近くにはそう広くはないものの砂浜が形成され、泳ぐのには丁度いい。
結界の中に砂浜があり、他の大陸や大陸の西側で好まれる海水浴が楽しめる。これは十分な魅力だ。
「なるほど、この町では当たり前のことだから、砂浜が魅力になるなんて考えていなかったわ。町長に相談しなくちゃ!」
シェリーは昼ご飯の用意のため、買い物に出かけなくてはならない。スカイポートの集客作戦に微力ながら手を貸すと告げ、キリムは席を立つ。
「みんなが元気そうで安心しました。じゃあ、俺達は行きますね」
「ゆっくりしていったらいいのに! こっちこそキリムくんとクラムステアの元気そうな姿を見られて嬉しいわ。2人とも、みんなの憧れなの。助けてくれたいい人じゃなくて、あんなふうになりたいって」
「俺みたいに?」
キリムはニヤついた顔を隠すように俯き、照れくさそうに頭を掻く。
「子供は父親の背中を見て育つって言うけど、うちの子の場合はキリムくんの背中を見て育とうとしている。だからあなたがみんなのお父さん! ふふっ、あ、大丈夫! 養子に1人どうかしらなんて言わないから」
私が奥さんって話になるとややこしいでしょと言って、シェリーは笑いながら勢いよく立ち上がる。椅子が後ろに倒れてしまうが、「いつもの事なの」と動じない。
失敗をしても、苦境にあっても、たとえ自分が完璧でなくとも、シェリーは自分が出来る事、やらなければならない事を精いっぱいやっている。その姿はキリムにも勇気を与えてくれた。
「じゃあ、父親らしく背中で語れるように、頑張ってきますね」
キリムは悩みを聞いて貰う事も考えたが、打ち明ける前に気持ちがすっきりしてしまった。大な声で皆にまた来ると告げると、キリムは惜しまれながら孤児院を後にした。
「魔物の襲来なんかは大丈夫そうだね。それに、俺が役に立てたのが分かって少し自信がついたよ」
「そうか。お前は十分人の役に立ってきたと思うが」
「今までは未熟なのに、新人なのにって思ってた。過大評価されてるとしか思えなかった。完璧じゃなくても、やらなきゃいけない事は出来る。シェリーさんの話を聞いて、それに気付いた」
「我が主がまさかあの女に学ぶとはな。危なっかしいが、確かに一生懸命で前向きで良い奴ではあった」
キリムは今まで自分が助けた相手と再会していなかった。助けられた方がどう思っているのか、人として生きている間、誰かの為になったのか。証を残せたのか。それを確認したくてスカイポートにやってきたのだ。
孤児たちが施しを受けた程度にしか思っていなかったなら、キリムはカーズになる前に心残りが出来ていたかもしれない。
「旅人ってさ、人助けしたり、魔物を倒して感謝されたりするだろ。それって偽善だなって思う事があったんだ。旅人等級のため、お金のため、それを見透かされてる気がしてた」
「見返りを求める事は悪なのか。お前はシェリーに見返りを求めたのか」
「求めてはないけど、旅人として等級は上がったよね」
「お前の等級を上げたのはシェリーではない。旅客協会を騙した訳でもない。それとも助けられたあの孤児たちが偽りの喜びを感じたのか」
ステアは人同士の複雑な感覚を差し引いて、客観的に見て問いを投げかける。
「いや、誰も損はしてないし騙されてもないけど」
「ならばそれは良い事に他ならん。そこにどんな偽りがある」
「うーん、無い、かな」
「自分にまで遠慮をするな。それこそ自分への偽りだ」
キリムはフッと笑い、最後の最後に自分を認めていないのは、結局自分自身だったと気付いた。
もう迷いはない。キリムは今の自分のままでカーズになることを、ようやく受け入れようとしていた。






