dedication-04(103)
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ゴーンを発ったキリムとステアは、スカイポートの町に着いていた。
以前ならイーストウェイから南下し、村々に立ち寄りながら徒歩で目指したが、今回はそのような時間がない。瞬間移動で町の門の前に飛ぶと、久しぶりに会う小太りな守衛の男に挨拶をした。
スカイポートは午前9時。弱めの風が涼しく心地よい。空は快晴で、ウミネコやそれを狙うトンビが飛び回っている。
「おはようございます」
「おや陸路でお客とは珍しい……っと、あんたあれだ! えっと、キリムさんか!」
「あ、覚えてくれていたんですね、有難うございます」
「当り前さ! あの時の旅人の名前は全員、特にあんたはよく覚えてるよ」
守衛の男は被っていた帽子を取り、にこやかに微笑む。キリムはステアと共に記帳を済ませ、久しぶりのスカイポートに足を踏み入れた。
前回は祭りの期間だった。そのためこじんまりとしながらも賑わっていたが、今は海鳥の鳴き声がする程度で人もまばらだ。この町の主な産業は漁業であり、男たちは殆どが午後まで海に出ている。
崖の下に広がる赤や青の屋根に白い壁の町並みは、相変わらず可愛らしい。同じ長閑な港町といっても、ジェランドのフカとはまた違う趣がある。
「孤児院はどうなってるかな。どうしても様子を見ておきたかったんだ」
「行ってみれば分かる。半年以上経ったからな、そろそろ出来上がっているかもしれん」
以前は町の海沿いの北端にあったが、新しい孤児院は南の拡張地区に建つと聞いている。2人は南へと向かい、しばらくして大きな白い建物の前に立った。
「ここだ。ほら、スカイポート旅立ちの家って」
「ああ」
以前の納屋を改造したような建物とは見違えるほどきれいな平屋で、屋根の北半分は青、南半分は赤に塗られている。玄関前には庭と畑があり、これから育つであろう根菜が植えられていた。
「記念碑があるぞ。支援者の欄に大勢の名前が……お前の名前もある。何故か俺の名前もあるな」
「ほんとだ。やっぱりこうやって役に立ったんだって分かると嬉しいな。俺の名前が残ったんだって」
黒御影石の記念碑が玄関の右脇に立っている。よく手入れされており、塵も積もっておらず光沢が出ていた。孤児院を守るシェリーの方針で、感謝の心を忘れないため、子供達が毎日当番で拭いているのだ。
そんな記念碑に刻まれた自分の名前やメーガン達、ケイナや他の旅人の名前を確認したところで、ふとキリムはズボンの尻の部分を引っ張られた。
視線を後方に移すと、腰ほどの高さから満面の笑みで見上げる男の子の姿がある。
「あっ! えっと……」
「キリムくん! シェリーさんキリムくんが来た!」
男の子は嬉しそうに歓声をあげ、大声で子供達の育ての親であるシェリーを呼ぶ。昨年の夏に会ったのは覚えているが、キリムは短期間でずいぶん大きくなった男の子の名前を思い出せない。
「ノアうるさい! 勉強の邪魔……あっ! ほんとだ、シェリーさん大変だ!」
男の子、つまりはノアの大声にうんざりした顔で、今度は茶色い髪でそばかすを頬に乗せた、12、13歳程の細身の男の子が玄関を開け、ノアを注意する。だがその目の前にいたキリムを見て目を真ん丸にして驚き、ノアに負けないくらいの大声でシェリーを呼びに戻った。
キリムは自身のズボンをぎゅっと握ったままの男の子の名前を思い出し、出来るだけ優しく声を掛ける。
「ノアくん、久しぶり。元気だった? 新しいおうちはどう?」
「俺元気! すっごい元気! 新しい家ここにある!」
先ほどと同じ声のトーンでノアが嬉しそうに家を指さす。孤児院がここなのは分かっていたが、キリムは「へえ、すごく立派だね」と相槌を打った。
「俺ね、ずっとね、キリムくんとクラウディアのこと待ってた! また来るって思ってた!」
「く……クラウディア?」
ノアは謎の人物の名を挙げる。キリムもステアも一瞬誰の事かと考えたが、言葉の響きからしてステアの事だろう。
「おい無礼な小僧、俺の名はステアだ」
「あーステア、多分ディンとステアがごっちゃになったんだと思う。ノアくん、こっちのお兄さんはステアだよ」
「クラウディアじゃないんだ、ふーん。ステア兄ちゃん?」
なぜ自分はキリムくんでステアはステア兄ちゃんなのか。腑に落ちない様子で待っていると、バタバタと駆け寄る足音がし、玄関の扉のレバーが下がった。
そして一度大きくガタンと扉が揺れる。先程の男の子が鍵を掛けてしまったのかと思っていると、「あっ」という声がし、今度はゆっくりと中から押し開かれた。
「ふふっ、ごめんなさい。つい扉を押さないで引いちゃうの……あら、キリムくんとクラムステア!」
現れたのはシェリーだ。ノアから呼ばれる際、キリムが「くん」でステアが「クラウディア」だったのは、普段からシェリーがキリムくん、クラムステアと呼んでいたからだろう。
シェリーは相変わらずそそっかしい。慌ててニッコリ笑って挨拶するも、よく見れば足元のサンダルの左右の色が違う。何故右手に植木鉢を持っているのかも定かではない。
「ご無沙汰してます。お元気そうで何より」
「お元気よ、うふふっ、もうすっごく元気! あーところで、どうしてここに?」
「ちょっとみんなの顔を見たくて。お邪魔してもいいですか?」
「勿論よ、ええもちろん! みんな! みんなが大好きなキリムくんが来たわよ……あらやだ」
シェリーが扉を勢いよく押し、扉が大きく揺れる。しかし勿論開かない。先程扉は外側に開くと言って照れ笑いをしたはずなのだが。
「ふふっ、ごめんなさいね、外からだと扉をつい押しちゃうの。じゃあ前は今と逆だったのかっていうと、……なんと昔も今と一緒! 外に開いてたの。どっちに開けるか分からなくなるのよね、ならない? ……あらそう」
照れ隠しなのか、シェリーは自分の失敗談で更に恥を上塗りする。これでよく孤児たちがすくすく育ったものだ。
「さあ入って!」
キリムとステアが中に入ると、子供達が出迎えてくれた。幼い子からキリムの2歳ほど下の子まで、その数12人。
「キリムくんだ!」
「キリムくん! 本物だ!」
「キリムくん!? 懐かしいー!」
「クラムステアかっけー! 顔こえーけど俺クラムで一番好き!」
シェリーのおかげでキリムはすっかり「キリムくん」だ。今更キリム兄ちゃんだとか、キリムさんと言って欲しいとも思わず、キリムは集まった1人1人と握手をする。
キリムはふと、その場に年長の子達がいない事に気付く。前回はキリムと変わらないくらいの歳の男の子と女の子がいたはずだが、姿が見えない。
「えっと、これで全員ですか?」
「ええ、今日はみんな揃ってるわ。去年の冬に男の子が1人、16歳になって漁師になったの。15歳の女の子もいたんだけど、今は町の援助でゴーンに下宿して、旅人になる為の専門課程に通っているわ」
「旅人に……」
「ええ。あなたに憧れて、どうしてもなりたいって。危ないとは言ったんだけど、私に子供の夢を却下するような権利はないし」
行動がそそっかしいだけで、シェリーの考えはしっかりしている。シェリーを支えながら自身の将来を考え、子供達は確実に育っていた。
「順調そうですね」
「んー……子供達の成長って意味では順調ね。でも、残念ながら今年の初めに1人新たに加わったわ」
シェリーは1人のまだ5歳ほどの女の子を手招きし、ハグした。加わった、つまり親を亡くしたという事だ。
シェリーがこうして子供と一緒に過ごしている姿は微笑ましい。活気もあり、楽しそうでもある。だが、それは裏を返せば身寄りのない子達が、こんな小さな町にもこれだけいるという事。
キリムは旅立ちの家の完成を楽しみにしていたが、周囲の人に恵まれて過ごすうち、自身も孤児である事、孤児院を置かざるをえない現実を忘れかけていた。






