束の間の平穏・・・?
それから数日はなにごともなく過ぎていきました。初めはアリッサさんを警戒していたリュートも、まるで人が変わったように大人しくなったアリッサさんを見て、次第にその警戒心を弛めていきました。
「今日もなにもなさそうで安心した」
「大丈夫ですよ。クラリーチェには僕がついているので」
この2人は相変わらずですね。どうして仲が悪いのでしょうか。最早恒例になりつつあるアルフォードさんとリュートの口喧嘩をおかずに朝食を食べます。
「はあ・・・アリッサがこのまま大人しくいてくれるのが一番なんだがなぁ」
「それはそうだけど、僕はあの最後の笑顔が忘れられないよ。とても純粋なものには見えなかった」
リュートの言葉に一瞬にして沈黙が走ります。それぞれ思うことがあるのでしょう。私は2人にくれぐれも注意するように言われしずしずと頷きました。
「ロッシュさんこんにちは」
「ああ、クラリーチェさんですか。こんにちは・・・今日はどの本にしますか?」
私の日課になりつつある図書館通い。ロッシュさんはいつも素敵な物語を探してくれます。
「そうですね、今日は少し怖い物語を読みたいです」
「怪奇現象とか、霊体験記とかのホラー小説ですか・・・ではこれにしてはどうです?少し怖いだけですから、クラリーチェさんも安心して読めるでしょう」
そう言って差し出されたのは黒い表紙の本でした。私がそれを受けとりじっくりと眺めていると頭上からロッシュさんの声が降ってきました。
「・・・大丈夫ですか?アリッサのこと、アルフォードに聞きました。まさか彼女があんな考えをしていたなんて・・・いえ、気づいていたのを認めたくなかったのが本当ですね」
積み上がった本を1冊、また1冊と本棚へ戻していくロッシュさん。その表情はどこか憂いていて切なく顔を歪めています。
「もし彼女が僕やナルガをしっかりと見ていてくれたら・・・きっと彼女を庇ったのでしょうが・・・」
きっとロッシュさんも少なからずアリッサさんを想っていたのですね。もし、なんて終わったあとで言ってもなにも変わりはしませんが、アリッサさんが違う選択をしていたなら、お2人は幸せになったのかもしれません。
「君になにもないといいんですが・・・」
「大丈夫です。リュートにも気をつけるように言われましたが、きっとなにも起こりませんよ」
大丈夫だと自分に言い聞かせるように胸に抱いた本をしっかりと握りしめました。
「ちょっと待ってクラリーチェ」
「アリッサ、さん?」
ずっと接触してこなかったアリッサさんが私の前に現れました。その笑顔からはなにを考えているのかわかりません。私は少し胸をざわつかせながら彼女と対峙しました。
「貴女のこと、ずっと見てたわ。アルフォードやリュート君、それにロッシュまで・・・随分と仲良さそうにしてるわよね?まるで、少し前までの私みたいだったわ」
「リュートは弟ですし、アルフォードさんはお昼を一緒に摂るくらいです。ロッシュさんにはお奨めの本を教えてもらっているだけです」
一歩、また一歩ゆっくりと近づいてくるアリッサさんに怖くなり後ずさってしまいます。
「そんなことどうでもいいの。私、確信したの。悪いのは私でも彼等でもないって・・・そう、悪いのはみーんな貴女よ。ねえクラリーチェ、もういいんじゃない?皆にちやほやされて楽しかったでしょ?そろそろ私に返してちょーだい?」
「リュート達は物ではありません。本当にアリッサさんと仲直りしたいと思ったら自分で歩み寄るはずです」
「それを貴女がさせないんじゃない。貴女が素直に従ってくれたら手荒なことはしないわ」
にこにこと笑っているのにその言葉は相反するように鋭く私に向かって刃を突き立てています。
「一言こう言えばいいの。もうリュート君達には近づきません。アリッサさんに彼等を返しますって」
「アリッサさん、どうして分かってくれないのですか?こんなことをしてリュート達が貴女を怒らないと思うのですか?」
ぴたりとアリッサさんの動きが止まりました。そして貼り付けた笑みを一瞬にして剥がし、無の表情で私を捉えます。
「私がしたってバレなければいいの。なんのために貴女を見ていたと思ってるの?貴女の行動を監視するためよ。いつ貴女がどこへ行くか・・・どう行動するか、いつ一人になるか・・・」
図書室を利用する人は少ないのかそこまでの廊下は人通りが少ないです。ほとんど毎日通っている私でさえあまり人とすれ違うことはありませんでした。
「だからね、私がここで貴女になにかしても・・・貴女の証言以外に証拠はないのよ。さすがに貴女の発言だけで私に罪を着せるなんて無理でしょ?」
歌うように恐ろしいことを口にするアリッサさんにとてつもない寒気が体を駆け抜けました。今のアリッサさんは普通ではありません。恐ろしいことも平気で実行してしまう狂気を抱えています。
「言って聞いてくれるなら私も手を出したりはしないわ。言っている意味分かるわよね?」
「もし、聞かなかったら・・どうするのですか」
私の言葉を聞いたアリッサさんはニヤリと笑って両腕を私に向かって突きだしました。
「ちょっと怪我してもらうわ。大丈夫、階段から落ちたくらいじゃ・・・たぶん死なないから」
もう少しでアリッサさんの腕が私に触れる・・・恐怖で足が動かなくなっていた私は訪れる衝撃に耐えるようにぎゅっと目を瞑りました。
「駄目だよアリッサ、そんなことしちゃ」
誰かの声が聞こえて瞑っていた目を開きました。そこには美しい銀色が・・・ナルガさんはアリッサさんが伸ばした腕を掴んで彼女のしようとしていたことを止めさせました。
「ナルガ?どうしてここに・・・」
「ちょうどこの上に音楽室があるの知ってた?今日はたまたまそこにいこうとしてさ・・・向こうの階段から登って来たんだ。そうしたらアリッサと彼女がいるから見に来たら・・・アリッサが危ないことしようとしてるんだもの。そりゃ止めるよね」
ナルガさんはその綺麗な顏で微笑みながらアリッサさんの腕を掴んでいます。
「危ないこと?私はなにもしていないわよ。ねえクラリーチェ」
「えっと・・・」
これは暗に言うなと脅されているのでしょうか。実際言葉だけでアリッサさんは私に触れていないので半分は本当のことです。
「・・・ま、そういうことにしといてあげるけどさぁ、アリッサ・・・一つだけ忠告だよ。世界は君を中心には回っていない。君がなにか罪を犯せば、必ずそれは君に返ってくる。俺は君にはそんな罪を背負ってほしくない」
それに、とナルガさんは続けます。
「俺が止めなかったら怖い人達が君のこと、地獄の果てまで追ってきて仕返ししそうだよ」
「そのとおりだよ」
階段下から声が聞こえ振り向くと、リュートとアルフォードさんが立っていました。リュートの顔は魔王のように怖いです。
「君が止めなければ死んだ方がましだと思うくらい苦しめてあげたのに。勿論クラリーチェは落とさせないよ。僕がしっかりと抱き締めて受け止める予定だったし」
「お前より俺が適任だろうが。お前の体でクラリーチェを受け止められるか」
ああ、この2人はいつだって喧嘩ができるのですね。なんだか空気を読まない2人に私の緊張は見事にほどけてしまいました。
「そうなることを防ぐ為に止めたんだけど。ほらアリッサ、ああいう血も涙もない悪魔のような人がいるから誰かを傷つけるのは止めときなよ、ね?」
「・・・・・」
ナルガさんが掴んでいた腕を放すと力なく落ちていきます。それが彼女の心と同調しているように見えて少し同情してしまいます。
「アリッサ、これ以上なにか企むならば俺は公爵家の人間として対処しなければならなくなる。この意味は分かるな?」
「え・・・」
どうやらアリッサさんはアルフォードの言いたいことが分からないようです。
「はあ、つまりこういうことだよ。今後侯爵令嬢であるクラリーチェに傷ひとつでもつければ罪状をつけて君の家を潰すってこと。君の父親が知らないからでは済まさない。きちんと躾ない君の親が悪いからね。そうなれば君は学校を辞めるだけでは済まされないだろうね。良くて孤児院に逆戻り、悪くて人身売買?好きな方を選びなよ僕のお奨めは人身売買だね。悪癖のある醜悪な貴族の慰めものになるんだ。」
「リュート言い過ぎです。アリッサさんが怯えているじゃないですか」
リュートの言葉に顔を真っ青にして震えています。そうですよね、それは怖いですよね。
「僕は彼女の未来の一つを言っただけだよ。そういう未来も用意されてるって。彼女が中身入れ替えれば普通の幸せくらいは掴めるんじゃない?」
タイトル、修正前に・・・?をつけました。変更するのを忘れていました。




