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ロッシュ・ヒュードバッカの感傷

ロッシュ視点でお送りします。まさかの4人目の名前ばれという。

僕の名前はロッシュ・ヒュードバッカ、伯爵家の次男です。趣味は読書で、将来は国の図書館で働きたいと思っています。あそこは歴史的な文献や他国の作者が残された作品など多種多様な本がありますからね。まずその一歩として、僕は学校の図書委員というものをやっているわけですが・・・


「ロッシュは今日も図書室なの?私とショッピングに行きましょうよ!」

「すみませんアリッサ、任された仕事を疎かにすることはできないのです」



アリッサ・ディストリーは中途で入学してきた子爵家の令嬢です。と言っても、彼女は養子に迎えられた身なので正式に子爵の名を語ることは出来ないのですが。彼女と出会ったのはいつものように図書室で本の返却をしているときでした。


「あの、本を探しているんですけど・・・」


ふいに声をかけられ振り向くと、茶色の髪を緩やかに巻いた可愛らしい少女が上目遣いをしてこちらを見ていました。


「どのような本でしょうか。タイトルを言っていただければお探ししましょう」


僕はいつものように笑顔で対応しました。しかしそれを見た彼女は笑いもせず僕を見てこう言ったのです。


「愛想笑いなんてしなくていいですよ?笑いたいときに笑えばいいと私は思います」


対人用の笑顔を否定されたのは初めてでした。これでも少しは自信があるものでしたがまだまだ修行が足りないということでしょうか。にこにこ笑う彼女を見て、まあたまには普通に接するのもいいかもと思ったのも確かなので、そのことについては彼女に感謝しましょう。


それからは彼女、アリッサは気がつけば僕に話しかけてくれました。次第に僕はそれが嬉しいと感じるようになりました。しかし彼女が話しかけるのは僕だけではありませんでした。筆頭は公爵家嫡男のアルフォード・キリングブレッド。キリングブレッドと言えば王族との繋がりも強く代々宰相や騎士団長などを輩出している歴史ある一族です。その一族の血を継いだ彼は近い将来このどちらかの地位に上り詰めることでしょう。そして僕と同じ伯爵家のナルガ・ラインズオス。公爵家であるアルフォードに家柄も権力も劣っているナルガですが、彼には類い稀なる音楽の才能と美貌があります。音楽一家のラインズオスの中でも歴代で一番と言われるほど楽器を使いこなし、その歌声は至上だとも言われています。なので彼はよく王宮の晩餐会に呼ばれてはその才能を惜しみ無く披露するそうです。



そんな血や才能に恵まれた彼等に同じように・・・いえ、僕に対するものよりもずっと熱の入ったアプローチに自信もなくなってしまいました。僕には彼等が持っているものに匹敵する力はありません。容姿は整っているとは思いますがそれだけですし、あとは知識でしょうか。何千冊と本を読んできたので沢山の情報は常に頭に入っています。ですが生かす道がないのでやはり意味はないかもしれませんね。


アリッサは思い出したようにたまにやってきては僕を好きだと態度で表します。それでも満たされていると思っていたのですが、リュート・アストロフが現れたことから考えが少しずつ変わりました。リュート・アストロフはアストロフ侯爵の遠縁らしく、娘しかいない侯爵が後継ぎとして迎え入れたらしい。そんな彼にアリッサは目をつけた・・・ようでした。逃げる彼をアリッサが追いかける姿があちこちで見られるようになったからです。権力と整った容姿・・・やはりアリッサはそういう彼等のほうが好きなんでしょうか。僕が悶々と悩んでいる間に、アルフォードはアリッサの前から逃げるように消えていました。彼女が誘ってもやんわりと断り何処かへ行ってしまいます。そこに好機を見出だしたとばかりナルガと僕は彼女を囲い込もうとしましたが、彼女は自信ありげに彼等は戻ってくる、自分は愛されているのだと言いはりました。この瞬間から、僕の心は一気に彼女から離れていきました。いえ、もともとそこまでの執着があるわけではなかったのが完全になくなったというべきでしょうか。遠くに走り去るアリッサを感情の消えた瞳で写していると、


「はあ、アリッサの天真爛漫なところは好きなんだけどねぇ・・・だけどああ媚売られちゃうと疑いたくなるよねぇ。ねえ、彼女未貫通だと思う?」

「な、にを!そんなこと知るわけないでしょう!」


未貫通・・・つまり純潔かどうかということです。未婚の女性に対してとても失礼なことです。


「そんなに怒らなくても・・・半分は冗談だよ。だってさ、あれだけ色んな男に尻尾振ってたら誰かとそうなってもおかしくないじゃない。まあ、この学校だけが世界じゃないしね」

「だけどそんなこと冗談でも軽々しく言わない方がいいですよ。君も傷つきますよ」


僕がそう言うとナルガはきょとんとした顔をしたあと肩を震わせて笑いました。


「ぐっふふ、そ、そうだねぇ、うん、もう言わないでおくよ。ありがとねロッシュ」

「お礼を言われることはしてませんが」



なぜかこの日からナルガとの距離が縮まりましたが、こんな五月蝿い友人は正直いりません。





ナルガの襲撃は図書室にだけは及ばないのでこの空間では安心して趣味に没頭できます。古い本の修繕をしたり新しく入荷した本の貸出準備をしたりと忙しく動いていたときでした。


「すみません、この本を借りたいのですが」


耳に心地好い声が頭上から降り注ぎ急いでそちらを見ると、視界に海のようなトルマリンが写りました。その瞳を見て思い出しました。彼女がアリッサに絡まれていた少女であったと。そしてその時あのリュート・アストロフが激怒して今にもアリッサを殴りそうだったなとも。


金色の髪をふわりと揺らしながら差し出す彼女から僕は本を受け取りました。



「でしたらこの貸し出しカードにお名前と返却日を記入してください」


僕に言われた通りにサラサラと彼女は貸出表に名前を綴っていきます。名前は・・・クラリーチェ・アストロフ、彼の姉か。


「あの・・・」

「はい?」


僕は言ってもいいのかと迷っていましたが、彼女はじっと僕が話すのを待っていてくれているので話すことにしました。


「この前、カフェテラスにいましたよね」

「この前?」


思い浮かばないのでしょう。彼女は首を傾げて思い出そうとしています。


「アリッサとその・・・」

「アリッサさん?もしかしてあの日でしょうか」

「ごめんね、アリッサが酷いことを言ったでしょう」

「いえ、アリッサさんがそう思っても仕方ないことだと思っています」


そんなことはないはずです。どういう経緯で彼が激怒したかは分からないけれど、滅多に怒りを外に出さない彼があれほどまで怒りに身を震わせたのです。きっと彼女を傷つけるものだったのでしょう。


「君は優しいのか気にも止めていないのか分からないね」


また不思議そうに首を傾げる彼女に自然と笑みが溢れました。


「あの・・・」

「気にしないで。はい、受付は完了しました。返却日は忘れないでくださいね?」




またここでお会いしましょう。その言葉は口にせず、軽やかに駆けていくその後ろ姿を、僕は微笑ましく見送りました。

実はけっこう前から見きりをつけていたロッシュ。さらにナルガも・・・あ、ざまあ完成してるんじゃ・・・

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