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そんな睥睨する態度を流し、ステファンは、改めて辺りの匂いを嗅ぐ。その香りは、眠りに落ちた街の臭いの中に、凛と際立った。
眼を凝らすと、バス停があった。歪な揺れを見せる灰色の風景の中で、その匂いは棚引いているようだった。
近づいてみると、紙が煽られているのが見えた。そこから、匂いが微かに立ち込めている。
吸い寄せられるようにそこに立つと、そっと触れてみた。
「失踪……情報……ステファン……ラッセル……」
眉が僅かに動き、眉間に皺が寄る。その紙を剥ぎ取ると、あらゆる箇所に鼻を押しあて、匂いを嗅いだ。そこに載っている1文字1文字をなぞり、1文をなぞり、写真を穴が開くほど見つめた。そのまま、ずっと下まで目を這わせていくと、滲んだ1文に辿り着いた。他の文字とは違い、角張っておらず、柔らかな形をしている。
“息子と待ってる いつまでも 愛してる ホリー・ラッセル”
「何だ……これは……」
足先から一気に震えが迸る。寒気でも苛立ちでもない何かが、全身を揺さぶってきた。
その途端、どこからともなく、コヨーテが目前を過ぎった。気づけば手元には何もなく、ステファンは、辺りで紙を探し回る。そして、来た道から獣の臭いを嗅ぎつけた途端、じっと歯を鳴らした。
コヨーテが用紙を咀嚼しかけた瞬間――ステファンは、寸秒でそこに追い着くと、その下顎を引っ掴み、紙を地面に弾き出した。コヨーテが悲鳴を上げるのも余所に、ステファンは紙を拾うと、慎重に皺を伸ばしていく。
『モノ好きな。紙食とは、改良もぶっ飛んだもんだぜ』
低く籠った声に、ステファンは辺りを睨んだ。そこには、5頭もの煌めくコヨーテが集まっていた。それぞれ、身体に僅かな違いを持つ彼等は、ステファンの揺らぐ感情を嘲笑い、乱してくる。
煩い――言葉になるよりも先に、ステファンは威嚇を放った。まるでハリケーンが過ぎるような勢いは、辺りに点在していたコヨーテ達を、あっさりと弾き飛ばしてしまう。
その場は雪の音に包まれると、ただの夜道になってしまう。
怒りに震える息が、闇を白く染めては、消えた。両手に握り締める紙に、手汗が滲んでいく。コヨーテの唾液と自らの汗に、嗅ぎつけた香りが覆われてしまう。その苛立ちよりも、鋭く突き上げてくる困惑に、堪らず吠え声を上げた。
そこへ、遠くから物音がした。振り返った先に、この瞬間まで見て取れなかった灯が見える。新たな匂いが細く漂い、こちらに近づいてきた時、人の気配を察した。ステファンは、逃げるようにそこから駆けた。
用紙の内容は、読めるだけだった。それぞれが何を表しているのか、何を意味しているのか、分からなかった。でも、眼と鼻は、手は、放そうとしない。奪われないために、我武者羅に走った。もっと速く、もっと、と――
意識よりも先に、身体がそうさせてくる。唯一、歪な細胞に抗えるような気がした。
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