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COYOTE New[10]
その後、ホリーはリズと帰宅した。食欲は湧かなかったが、息子の分だけでもと、無理にでも口にした。留守中に巡回があったのか、家の周りは穏やかで、ほんの僅かだが、家の中に陽射しを迎えられた。
ホリーはソファに重々しく座ると、頭痛に眉を寄せた。恩師達と無事に話せ、何事もなく帰宅できた安心感からかもしれない。リズに家を任せ、一度横になろうとした。
ところがスマートフォンが鳴り、画面を見るなり、ホリーは石のようになってしまう。リズが駆け寄ると、彼女もまた、“POLICE”の表示に身構えた。
ホリーは震える手でそれを掴むと、リズに支えられながら、スピーカーにして出た。警官の口調は淡々としていたが、言葉は選んでいるようだった。
“落ち着いて聞いて下さい。失踪中の旦那さんが、襲撃事件と関係していると見て濃厚だと判断しました。これより、それに焦点を絞って調査を進めます”
「何を……」
何を言っているのかと、ホリーは呟いた途端、震えが込み上げた。スマートフォンが落ちた途端、怒りを滲ませるリズは、それを拾うなり警官に怒鳴った。
「彼女の夫が犯人だと言いたいわけ!?」
警官は速やかにそれを否定すると、間を置いてから続けた。
“旦那さんの発見に繋げられる可能性が高い、と言っているんです。失踪者の発見のキッカケは様々であり、お気持ちはお察しします。しかし、こちらも情報を得た以上、うやむやにはできない。メディアやゴシップを通じて変形した情報が、先に親族や知人の耳に入ってしまう訳にはいかない。また、市民を守るという意味でも、捜査の出方と注意喚起の仕方を判断する必要がある”
つい今し方、恩師達と夫について向き合ったばかりだというのにと、ホリーは憤り、リズからスマートフォンを奪った。
「仮に夫が犯人だとして、そちらはどう出るつもり? 獣だの狼男だの、酷い呼び名が出回っているのはご存知よね? 夫から人らしさを引き離す何かが、彼の身体に起きてしまっている可能性がある。銃を向けようものなら、許さないわよ!」
奥さん――と、力強い一言が放たれた時、通話は一時、ホリーの荒い息遣いだけになった。肩を取ってくれるリズの温もりに集中し、落ち着きを取り戻そうとする。しかし、それでも状況を整理できず、警官の方から沈黙を切った。
“最善を尽くします。ですが、市民の安全にも関わることです。最終的な保護の判断は、こちらが行います”
通話が切れると同時に、体力維持の線が切れたように、ホリーはふらふらと寝室に向かった。リズは、その背中に声をかけるも、ホリーは階段を上がっていく。
「話しかけないで……」
反射的な声は、不本意なものだとすぐに分かった。声も無く寝室に向かうホリーの顔は、呆然としており、涙に濡れていく。リズは、今は言葉を呑み、もぬけの殻のままベッドに横になる友人に、そっとブランケットをかけた。
夕方に差しかかる頃。リズは、恐れながらもリビングのテレビを点け、音量を自分の耳だけに合わせた。
コミカルな食品宣伝が終わると、ニュース番組のタイトルが、シリアスな音響と共に打ち出された。そこに映された速報を、激しい鼓動が遮ろうとする。その報道に、瞼がじわじわと上がっていった。
“相次ぐ襲撃事件の容疑者について、警察は、本年に入って行方不明の男性医師、ステファン・ラッセルに焦点を絞り、捜査範囲を広げる方針を発表しました――”
WANTEDと改められた彼の情報には、被害者が撮影した動画から切り取った写真が添えられている。捜査が望まぬ方向へ転び、リズは悔いが込み上げると、女性アナウンサーの明瞭な声を断ち切った。
その時、2階から何かが割れる音がした。リズはホリーを大声で呼ぶと、慌てて寝室に駆け上がる。
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