27
翌日の月曜日――恩師と会う約束をした日を迎えた。
昨日の話から、彼の伝手の精神科医や、夫の同僚達も集まることになった。それを聞いた際、ホリーは、彼等もまた、怒りや悔いに奮い立たされているように感じた。
ホリーは、リズと共に病院を訪ねると、奥の別室に案内された。久しぶりに顔を合わせた夫の同僚達は、窶れてしまったホリーを抱き締めずにはいられなかった。
「誰が何と言おうと、私達は貴方達夫婦の傍にいる」
ジニーが力強い眼差しでホリーに告げる横で、クリスもまた、大きく頷いた。
ホリーは2人の手を固く握ると、席に案内されたところで、本題に移る。
「今から言うことを、真剣に聞いて欲しいんです……」
ホリーは、走り書きの時系列の紙と、夫の発言をまとめた紙を、テーブルに広げた。医師達がそれに顔を寄せると、ホリーは声に、いつかの意を取り戻していく。
「皆さんなら、きっと考えられると思う。世界には、未知の病がまだまだ沢山ある。私達の専門的な視点を、発揮するべき時かもしれない。夫を、既存のデータや診断に則って深堀りするのではなく、もっと異なる視点で……“普通”という枠を外して、見ていく必要があるのかもしれない」
リズを含む5人は、ホリーの話にじっと耳を傾けた。
「銀髪で、銀の眼を持つ夫の情報がある。それを事実と仮定した場合、考えられるトリガーは、銀色の液体のような何か。それは、彼が失踪する前に悩んでいた、特定されていない新たな病魔かもしれない」
「それが具体的に何なのかを探るべく、我々はステファンの話を聞き、綿密な検査をしてきたが……」
精神科医が、これまでの経緯を振り返るように、敢えて冷静に話した。
「だが、ステファンが胸の内を……経験していた何もかもを、俺達に話していたとは思えない。正直、こちらの情報の引き出し方が十分だったとは言えない」
クリスの言葉に、周囲は一時唸る。
ホリーもまた、自身の経験や調査チームに当たって調べたこと、その結果を話した。その上で、話を続けた。
「新たな病魔のようなものが引き起こす身体の変化について、整理をしたいの。実は今、力についてとても気になってる。うちのバスルームの洗面台の両端に、握り潰したような凹みの跡があった。彼はいなくなる前、鏡の交換作業をしたと言ったけど、とてもその際にできたものとは思えない。そして同じような凹みが、ベッドの土台にもあった。彼が実際につけたものだとすれば、人並み以上の力を得ていると考えられるかも……」
そしてその仮説はどうしても、襲撃事件の被害者の発言と重なり、現実味を増していく。だが、力については憶測に過ぎず、決定付ける証拠はなかった。
「そして、動物の話していることが分かるという点――」
それをステファンから直接聞いていた精神科医が、悔やしさを堪える眼差しで、そっと頷く。
「あとこれは、私だから強く感じたことかもしれないけど……ある晩、夫と階段で話していた時に、彼の瞳が光っているように見えた瞬間があった」
それと同時に、ステファンが術後に口にした疑問――熊の目の特徴についてを聞かれた瞬間が、ホリーのぼやけた視界に浮かび上がる。
「夜間視力が高くなっている状態で、動物が夜に行動する際に見られる目の変化に似てたの。そして物忘れ……以前の味覚を忘れていくような……」
予測の羅列に追い詰められるように、ホリーの口が強張っていく。これに誰もが頭を抱え、重い静けさに包まれていく中、クリスが小声で言った。
「この仮説が本当に結びついているとすれば、ステファンこそ被害者だ」
ジニーは強く頷くと、当てもなく宙に視線を向ける。
「警察は、今後彼をどうするつもりでいるのかしら……」
ホリーの話を聞いた今、皆は、ステファンが伝えきれなかったであろう苦しみを想像するのがやっとだった。
「彼は足だけでなく、心身ともに大きな傷を負った……それが主な原因であると診断した私にこそ、責任がある……」
精神科医の深い謝罪に、皆が彼の肩を取って、顔をどうにか上げさせた。
ホリーは、苦労を刻み続ける皆の顔を見回しては、口を開いた。
「私は皆さんを責めるためではなく、お願いするために来たんです」
まだ、大きな流れが待ち受けているかもしれない。それを念頭に置きながら、声を絞り出した。
「皆さんにはどうか、夫の味方であってもらいたいんです。これまで通り、変わらず……」
情報を大々的に求めた代償は、大き過ぎた。そのせいでついてしまった人間不信という足枷は、外せる目途が立たないでいる。
「私が今、こうして外の空気を吸えるのは、皆さんが変わらず、私達のことを真正面から見てくれているから。夫にも、それが必要です」
どんな薬にも代えられないものがある。まずは貴方達が、私達にとってのそれであってもらいたい――ホリーは最後、涙ながらに訴えた。
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