25
ホリーは、街灯が点く時間になってからでも、殆ど外に出なくなった。
そんな彼女を日々気にかける警察は、パトロールで必ず家に立ち寄る。
警官は、玄関に溜まりに溜まった宅配の荷物に目が留まった。風で受け取り箱から転がり落ちている、小さな荷物を拾った時、軽やかな愛らしい音がした。
それを聞きつけたのか、ふと、2階の窓に気配を感じ、警官はそこを仰ぎ見る。そして、ホリーに電話をかけた。彼女がこの位置を確認できる場所に立つのが、ルールだった。
「お身体は如何ですか。荷物、中に入れますよ。お子さんにお届け物が」
手にしていたそれを軽く持ち上げた時、部屋のカーテンが閉められた。そして数分後――解錠の音がした。
ドアを僅かに開いたホリーは、礼を言いながら、隙間から腕を伸ばすと、足元の荷物の箱を引っ張った。
「いいですよ、入れますから」
「止めて」
警官は、人が変わってしまったホリーを見て、手が止まる。彼女もまた、それにはっとし、顔を上げた。乱れた髪の隙間から警官を覗くと、小さく謝罪を絞り出す。見るからに青褪めた様子に、警官は細く溜め息を吐いた。
「……診察が必要では? 訪問ドクターを手配しますよ」
「お願いだからそんなこと言わないでっ……」
しかしと、警官は、ホリーに頭を横に振る。ノブを握る彼女の手には、血管が浮き出ていた。食事もままならないのではないか。自宅で黙って出産をしてしまうのではないかと、署も病院も危惧していた。
ホリーは唇を強く結んでから、喉に力を入れた。
「私は普通よ……夫も、この子も、別に普通なの……皆、ちゃんと生きてる……ただ、今は少し考えがまとまらないだけっ……」
手の震えで、ノブから激しく音が立つ。警官は鎮めようと、彼女の手首に触れた。その手は細くなり、今にも砕けてしまいそうだった。
「奥さん、貴方とお子さんのためにも、無茶なことは止めましょう。こちらが必要だと判断したら、その時は保護させて頂きます」
その途端、ホリーは目をカッと見開いた。
「煩いわね! 自分の家で息子と一緒に夫を待つことの、何がいけないのよっ! 保護ですって!? ふざけないでっ! 人を、夫を危険人物呼ばわりして、今度は私達をどうするつもりよっ!」
まるで、牙を剥く獣だった。警官はホリーを宥めながら、誤解を解こうと前のめりになる。しかし、彼女がドアごと押し返す力は、想像を上回るものだった。
「私がどんな気持ちでドアを開けて、貴方に必要なことを伝えているか、何も分かってないのね! こっちは、あらゆる命と向き合う仕事に就いてるというのに、今、私達は世間にどんな風に言われているか分かる!? この家や私達がおかしくなったのは、感謝も忘れて、欲を満たすことにしか頭を使わなくなった連中のせいよ! 保護の対象が本当は何かも分からないで、いい加減な口利かないで!」
ホリーが突き返すと同時に、ドアが閉まる音が、暗闇を裂けんばかりに鳴り響いた。警官は、穴に突き落とされたように、静寂の一部になってしまう。
ホリーの変わりように、半ば血の気が引く顔を拭った。そして、パトカーに戻るなり署に連絡をした。このままでは、彼女が何らかの衝動で最悪な事態を起こしかねないと見て、車内から家を覗く。すると、2階の隙間灯から、別の、小さな鋭い光が射した。警官は、彼女の睨みに身を竦めると、一度出直した。
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