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COYOTE Harvest Moon [4][10]
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“威嚇を見せる野生動物は、ハンティングエリアだけでなく、森林公園内の散策路付近にも現れました。警戒心が高い野生動物が、人を襲おうと身構える様子が、極めて不自然だったという情報もあります。その特徴は、白内障を彷彿とさせる白みがかった、或いは灰色がかった眼を持っている、と。これは、以前に世界的に大流行した感染症が未だ関係しているのか、もしくは、新たなウィルスの様な何かなのでしょうか――”
ニュース番組で、女性キャスターは、環境衛生学に詳しい男性コメンテーターに問う。
“それは考えにくいでしょう。まず比較してみても、パンデミックを起こしたあのウィルスは、身体のどこかが脱色、もしくは変色してしまうなどといった症状は起きなかった。後遺症やワクチンの副反応として挙がっているのは、倦怠感などからくる体力低下、精神不安、感覚機能の低下、発疹などです――”
彼が過去の例を元に説明を終えると、キャスターが話題に更に付け足す。
“そして、気になる情報がもう1つ。野生動物だけでなく、人影のような、極めて人間に近い大きさをした、何らかの存在が茂みを過った、という被害者の証言があります。現在、他に侵入者がいたのかどうか、警察は引き続き調査を進めています――”
最初に耳にした襲撃事件よりも、内容は濃いものになっていた。ある日、警察から夫と思われる目撃情報を得たと連絡が入った時、その場所が森林だと知り、ホリーの不安は肥大していた。
情報は、誰が何をどのように流しているのか。その巡りは、警察や医師達からの伝達よりも、圧倒的な素早さだった。これまでの捜索方法の全てが間違いだったのかと、夫を探す力は削がれかける。覚悟していながら、身体はどうしても怯んでいた。
ホリーは、テレビから逃げるようにバスルームに向かった。しかし、報道は頭でずっと再生されたままだった。
この家のことや、夫婦のこと、家族全体のことを何も知らない人達が、懸命に夫を探してくれている。励ましの言葉は、とにかく背中を押してくれた。
また、今でも同じ思いをしている家族からも、メッセージを受け取った。その人達は、自分のことのように事態を受け止め、夫の発見を祈ってくれた。
力を合わせて家族を見つけ出そう。そんな言葉をくれた時が、一瞬で過去になり、孤独感に苛まれ、胸が疼いた。
警察の忠告やアドバイスがありながらも、押し切ったのは自分だというのに。ホリーは、夫が取り換えた鏡に触れながら、そこにいる有様を叩き割りたくなる。
“何かに感染し、狂暴化しているようにも見える生物の捕獲は、叶っていない。各地域には、山を散策しないよう警告が出されているが、未だ規則違反者が後を絶たない。彼等をその気にさせるのは、危険生物の他、「正体不明とされる人影」の情報だ。
被害者の発言である「当時、迫り来る生物以外にも、人と思しき影が周辺を走った」という情報が、新たに世間を騒がせている。その何らかの影の正体が、今年に入ってすぐに失踪した男性医師ではないか。そんな噂が影響しているようだ。しかし、そこに信憑性はない――”
雑誌や新聞の一部では、進展があった事件を中心に載せられる。暫く掲載がなかったが、野生動物による襲撃を機に、夫の情報が引き出され始めた。
ホリーは、バスルームの灯を点けないまま窓を開けると、受け入れ難い噂を、9月の満月――ハーベストムーンに重ねた。事態はとうとう秋に入ったというのに、何の収穫も得られていない憤りに、息が震える。
気遣ってくれる隣人も、頻繁に訪れる家族や友人も、この家に長居できなくなった。少しの情報でも手に入れようと、記者達は、彼等にまで接触するようになっていた。それを理由に、ホリーは、ここに構う必要はないと皆に言い張り、独りで過ごす時間が増えた。
外に出るのは定期健診の時くらいだが、その際も、視線を感じることはしょっちゅうだった。ところが、どこを見回しても誰の姿もなく、ただ気配だけが纏わりつく。周囲に敏感になり過ぎているあまり、動悸はずっと治まらなかった。
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