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ホリーのドキュメンタリー番組が放送されたその後は、番組サイトでも、出演者情報として、新たにホリーの言葉が掲げられた。
“夫である貴方の傍で子どもを産むのは当たり前。貴方がどんな状況にあろうと、私はずっと想ってるし、待ってる。お願いだから顔を見せて。何がいけなかったのか、何があったのか、どうか聞かせて”
その一方で、夫婦の家に落書きをした犯人が、器物損壊罪で逮捕された。警察署はこの件で、しばし手を焼いていた。
「俺は確かに人影を見たと言ってる。その背丈が、失踪してる男に似てたんだ」
事情聴取中、刑事は容疑者の乱暴な態度を睨んだまま、口を開く。
「背丈だけではどうにもならんのですよ。それに場所は夜の森林。貴方みたいなことを言い出せば、多くの高身長の人が該当してしまう。情報提供はありがたいが、そちらの随分な思い込みのせいで、あったはずの良心を完全に灰にしちまったね」
容疑者は、両手をデスクに叩きつける。
「俺の連れだって同じことを言ったろ? もっと調べるべきだってのに、おたくらは温すぎる。あの嫁さんは、旦那の情報を求める振りをして、寄付を集めてるんだ! 詐欺師がいる地域に住む市民の身にもなれ」
「それが、ご夫婦の家の壁に、あんな文言を書き殴る理由になるのか」
刑事の息が呆れに変わり、背凭れの軋みに消える。真昼間から酒気を濃く立たせている容疑者は、尚も刑事に前のめりになり、自分の狩猟を妨害されたと訴え続けた。
「動物愛護が過ぎる女だ。俺達ハンターのことを良く思ってないからって、いくらなんでもやり過ぎだろ? 俺達から金を奪ってるようなもんんだ! してることがハイエナ同然だ。“獣”以外に何がある」
途端、刑事がデスクを叩いた音だけが響き渡る。
「そちらは酔いすぎだ。第一に、あんたは立ち入り禁止区域でハンティングをした。偉そうなことを言わず、素直に情報提供さえすれば、どれほどマシな人生だったか。子どもでも分かる話だ」
刑事が終了を告げると、いつまでも口煩い容疑者の騒ぎで犇めいていく。そして彼は、立ち去る刑事の背中に吠えた。
「あんたらが何もしねぇってんなら、こっちは記者にでも誰にでも情報を売ってやるからな! その方が暮らしが潤う!」
刑事が肩をほぐしながら部屋を出るなり、担当する警官が駆けつけた。報告は、一息つく間もなく速やかに始まった。
「ご指示のあった期間中、森林の張り込みをしましたが、彼が言う人影のような物や、そう見える可能性がある物体などは、特にありませんでした。現地の管理者にも確認しましたが、防犯カメラにも、彼以外の侵入者は映っていません」
複数名が入った形跡もなかったと添えられると、警官は引き続き、捜査に戻った。
「さっきの容疑者の連れが、記者と接触してる可能性もありますね」
さきほどのやり取りを傍聴していた、もう1人の刑事が呟いた。ドキュメンタリーが放送されてから、署に寄せられる情報は日に日に増えている。以前、夫婦宅を2つ目の窓口にしたことが引き金になり、時間を問わずその周辺に張り込む人間がいた。その内の数人は、既に迷惑行為で連行していた。
「ステファンであると特定していないことを、奥さんに伝えておいてくれ。別のプラットフォームから知られる訳にはいかない」
情報は極めて薄くとも、可能性は否定できず、捜査は少々規模を広げていた。しかし、先ほどの容疑者や、襲撃事件のもう1人の被害者が言う人影のようなものや、実際の人物の姿は、侵入形跡も含めて確認されなかった。
刑事は深々と肩を落とすと、共に居た部下に後を託し、捜査チームの部屋に向かった。
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