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COYOTE New [15]
6月――ハネムーンを期待していたあの日が、遠い昔のようだった。
ホリーは、何も変わらない暮らしに憔悴していると、警察を通じて、あるテレビ局から提案を持ちかけられた。そして、家族とも話し合った上で、ドキュメンタリー番組の取材を受けることにした。いつか見たことがあるその番組に、まさか自分が出るだなんて、取材当日を迎えても信じられなかった。
夫を思い出しながら語ることに、慣れなんてものはない。この世からいなくなった訳ではないのに、まるでいないかのように語らされる現実に、違和感が拭えなかった。
ホリーは写真を見ながら、また、取材陣に部屋を案内しながら、夫の人柄を、表現に細心の注意を払いながら伝えた。
「夫は誠実な人で、生き物も子どもも好きです。仕事もよくしますし、それに打ち込み過ぎるところは、家族を心から想ってのことです。でも彼は、自ら、家族を想うことは、仕事に生きることではないと気づきました。そして、私と息子と一緒に過ごす時間を考慮し、柔軟に働く方法を模索していました。外出は基本、近場が多く、遠出のキッカケは、いつも私でした。私は仕事でもプライベートでも、積極的に外へ出ましたから、彼はそれについてきてくれるのが殆どでした」
よって、1人で森の奥深くに行くことは極めて考えにくい。それをしないなどと全面的に否定はしなくとも、可能性は低い。ましてや、森にはトラウマがあるのだから。そんな想いのもと、ホリーは取材カメラを横に、一言一言を踏みしめるように語った。
落ち着いた女性インタビュアーは、ホリーからの情報を手早くタイピングするのだが、時折、考えに手を止めてしまう。
そして、早くも終わりに差しかかると、一呼吸ついてから、ホリーの身体をそっと気にかけた。
「ご出産の予定日が、凡そひと月を過ぎたとのことですが……身体や生活面で、何か支障はありませんか?」
健診での結果は相変わらずだった。母体は正常でも、息子はただ、腹の中が心地よく、そこで過ごしていたいと表現しているかのように、外に出たがる気配がない。最近は、積極的に動くことも減った。しかし、ただそんな気分なだけのように思えるのだと、ホリーは柔らかに語った。
「不安もあったけど、今は何とも思わない。胎児だからといって、外の世界に繰り出そうとしないからといって、焦る必要なんてないわ。むしろ、ちゃんと人間らしくて……あどけない子だと思ってる」
ホリーの興味深い考えに、インタビュアーや周りの撮影係達は、半ば前のめりになる。
「特別に見えるかもしれないけど、この子は夫の子です。なので、一緒に居たはずの父親が戻ってきていないことにちゃんと気づいていると、私は信じてる。だから今はつまらなくて、外に出たくない……そんな気分になるのは、何も子どもだけじゃないわ」
インタビュアーを含め、撮影陣や、奥にかけていた両親達は、ただじっと、彼女の言葉を噛み締めた。
「とても賢明なお考えです。とは言え、奥様の身体は実際、お辛いのでは?」
確かに、1年以上も重いものを下げているという意味では、いつも平気ではない。そう言ってホリーは、やっと少し笑うと、周囲を和ませた。
横のスタッフが小声で時間を告げてきた時、インタビュアーは眼差しを変え、ホリーに訊ねた。
「敢えて触れますが、今回の出来事を機に、経験のないことが起きていますよね? それらに打ち負かされることなく、旦那様の捜索に変わらず懸命でおられることも、我々は知っているつもりです。ですので、誠意をもって、奥様のお気持ちを世の中の人達に伝えたいと考えています。どうか最後に、奥様自身が心から伝えたいことを、お聞かせ頂けますか?」
ホリーはこの瞬間まで、久しぶりにした化粧の乱れを、どうにか気にしながら振る舞っていた。しかし、溢れんばかりの痛みと怒りを振り返る内に、とうとう堪え切れず、一粒が零れて落ちてしまう。それをすぐさま拭うと、姿勢を持ち直し、レンズを介して見ている誰かに、真っ向から告げた。
「子どもは、夫と共に迎えると決めてる。私や家族にしか知り得ない彼が、何であろうとも、今どんな状況にあろうとも、妻である私は、見合った器を設ける義務がある。これを誰かが遮ろうとするならば、こちらも都度、相応の対処を取る。愛する人と、人生を守るためならば、誰だって戦うのではないかしら。少なくとも、私と彼はそう」
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