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家族全員の決断で、ニュース番組でステファンの情報が流れるようになってから、2ヶ月。腹を括ったとはいえ、その反響は想像を越えるものだった。
家を出た先には、決まって記者がいた。同じ社の者が定期的に訪れたり、違った記者が現れるのもしばしばだ。
「帰って。何度も言ってるでしょ。事細かに話すつもりはない」
「先日はご検討いただけるとのことでしたが? 協力させて欲しいのです。だって、貴方も早く見つけたいはずでしょう? その子のためにも」
しつこい記者の横に、一体どこから湧き出てきたのか、別の記者が現れた。
「お子さんの具合は? これから検査ですか? ご主人が、この状況をどこかで見てる可能性だってあるんですよ。容態を伝えておきたくはないですか?」
その時、車のクラクションが鳴った。定期健診は、いつも母が車で連れていくのが習慣になった。でなければ、延々足止めされてしまう。
母は運転席から降りると、質問攻めをする記者達から、娘を強引に引き離した。カメラを向けさせるまいと、娘の顔や頭をブランケットで覆いながら、後部席に押しやる。
「全く! それのどこに誠意を感じろっていうの!」
母は記者達に怒鳴ると、すぐさま車を出した。
待ちに待った5月――出産予定月だというのに、こんな日々を送るなど、誰も想像していなかった。青褪めたホリーは、口数も少なく、産科医にただ言われるがまま、されるがままの時間を過ごしていた。あまりにぼんやりしていたせいで、視界に産科医の手が数回往復しても、すぐに反応できなかった。
「息子さんのお話をしても?」
ホリーは慌てて医師に頷くと、複数のエコー写真が液晶に映し出された。
「どちらの身体にも、大きな問題はない。ただ、やはり息子さんは成長が遅いから、出産の際、力を出せるのかが少々気になる。もしかすると、予定日が先送りになるかもしれない。或いは、こちらが状態の判断をつけた際に、誘発剤を打つかです」
臨月でありながら、息子はまるで生まれる気がなさそうだと、医師は言う。人工分娩の具体的な話題が出ても、ホリーはそれをきっぱり断った。
「父親がまだ帰ってませんから」
その場はふと、張りつめた静けさに覆われる。ホリーは、力の籠った眼差しで続けた。
「この子が出たがったら、その時は産みます。だけど、まずは夫が帰ってきてからでないと、出産はできない。自然分娩を希望するわ。検査は引き続きやるのだから、異常が出たら考えればいいと思う。というか、そうさせてもらいたいの。だって、この子だって賢いから。大人しくここで、父親が顔を出すまで待ってるんだわ」
産科医は受け入れてくれたが、母体を気にして、自然分娩を強くすすめることはしなかった。
何か少しでも異変があれば連絡をするようにとだけ言われ、ホリーは母と共に帰路についた。
流れる景色などどこ吹く風だった。あんなに待ち遠しかった春が、自分達家族を置き去りにしていく。苛立ちは時に、失踪を選択した夫にも向いてしまった。
彼の優しさに包まれて、癒されてきたというのに、今はその全てが憎くなる。自然を装うのではなく、感情そのものをぶつけてくれればよかったのに。他人ではないのに、変な気遣いばかりをしないで、気持ちのぶつけ合いをすれば、何か違ったのではないのか。
どうして、もっと説明をしてくれなかったのか。恐れていることがあるなら、一緒に恐れたかった。一緒にそれを払拭する方法を、考えればよかったのではないのか。何故、姿を消す必要があったのか――
腹に添えていた手が拳に変わると、一滴がこぼれ落ちる。それに、冷静になれと促されたような気がして、力無く笑みが滲んだ。
夫の何を責めることがあるのか。自分自身こそ、碌なアプローチができていなかったではないかと、ホリーはまた、胸に深い傷を刻みながら泣いた。
気づいていた母は、何も言わず、自宅が見えてくるにつれて減速していく。ところが、そこでの光景に、またうんざりさせられた。
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