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しかし、時は冷たく、滞ったままの家族を置き去りにした。
春を迎えても、夫からは全く音沙汰がない。ひと月が過ぎた頃、捜査に、ウェブを積極的に使った方法を取り入れた。
ふた月目の3月が訪れても、世間は春景色に染まるだけで、日々が戻ってくることはなく、ホリーは、肌が切れそうなほどに、精神が張り詰めていた。
“悪いことは言いません、奥さん。情報提供先を、こちら1点にだけ絞りましょう。でないと――”
警官の気遣う言葉さえも耳障りで、ホリーはテーブルを引っ叩いた。
「手掛かりが要るのよ! モニターが多い方が、見つけた時にすぐ飛んでいけるわ! 3ヶ月経っても帰らないのよ!? なのに手数を減らそうだなんて、有り得ない!」
自らの手で見つけ出したい。ホリーはこの瞬間までずっと、その気持ちを手放したことはなく、できるだけのことを試してきた。しかし、もう1つの情報提供先として、自宅に電話を引いて窓口を設けてから、生活は更に変わった。毎日ひっきりなしに鳴るようになり、今回ばかりは、警官にヒステリックになるのも無理はなかった。
「落ち着いてなんていられないでしょ! 今もこうしてる間に、彼が何かの被害に遭ってたらどうするのよ! 貴方達は本当に探してくれてるの!? 似た人を見たと言っている人は、何て?」
警察にも自宅にも寄せられた情報を頼りに、夫と思われる誰かがいたとされる場所を訪れた。何百と繰り返してきたが、中には夫が行くとは思えない、路地の多い下町もあった。
“奥さん、よく聞いて下さい。貴方の身に何かあってからでは遅い”
2人で行った店での目撃情報もあった。だが、足を運んでも、そこには夫はいなかった。もし本人が来たら渡してもらうよう、店員に夫宛てのメモまで渡している。自宅か警察への連絡は勿論だが、夫を少しでも長くそこに引き止めるためだった。
“非道な人物もまた多いんですよ。既に身に染みてるでしょう”
ホリーは、ずぶ濡れになった顔を更に濡らしていくと、へし折られたように、テーブルに項垂れた。電話口の警官は宥め続けるのだが、ホリーの耳はもう、そこになかった。結局、自分で設けた窓口を撤収する気になれないまま、強引に通話を切った。
夫から連絡がくるかもしれないことを考えると、どうしても自宅の連絡先を明示しておきたかった。誰を介さずとも、すぐ、この耳で直接、夫の声が聞きたいのだ。
やっとそれらしく膨らんだ腹に触れても、最近、あまり動きを見せてくれない。自身の思うがままに大きくなった我が子も、きっと、父がいないことを分かっているのだろうか――ホリーは、そんな気がした。
捜索が始まってから月日が経ち、そのお陰で、ホリーの顔は世間に知られつつあった。近隣住民からは労いの言葉をかけられるようになり、彼等は温かく、あらゆる形で、生活の支援をしてくれた。また、知恵もくれた。
「知り合いがラジオのDJをしてるのよ。本当に小さい、ローカルな番組だけど、彼が仕切ってるから、情報公開の場を設けてもらえるかもしれないわ」
これまで、警察からウェブやメディアを発信していたものの、個人でラジオなどを通しての情報拡散には、手を出していなかった。それらの方法は、どうしても費用がかかり、弾みでは決断できずにいた。家計の土台が崩れ、先々の暮らしや捜索活動が行えなくなるリスクだけは避けたかった。
しかし、夫が見つからないままの今、ホリーは、不意に差し伸べられた手に、縋るほかはなかった。
「お願いします……」
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