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COYOTE Waning Crescent [14]
署を出た頃には、月はすっかり昇っていた。MISSING PERSONの貼り紙が詰まった箱を抱え、ホリーはリズと共に帰宅した。
ホリーは、まるで何かを救い出すかのように、慌ただしくチラシを一束解いた。そして、下の広いスペースに、メッセージを綴りはじめる。
気づけば何十枚も書き、手が震え、限界を告げていた。
“息子と待ってる いつまでも 愛してる ホリー・ラッセル”
書く手は最早、無意識だった。最後のスペルを書き終えると同時に、涙が落ちた。この行いが虚しく、胸を抉るような痛みが、止め処なく溢れ出る。
リズは、キッチンに置いたままの洗い物を片付けると、ホリーの肩を包んだ。そして、百を超えようとするメッセージ付きのMISSING PERSONを1枚取った。
「書き終わったら、全部預けてちょうだい。私もこの後、早速配りに行くから。貴方も無理しないで。こういうのは、皆で協力するのが一番」
温かい言葉は、深い傷にどこまでも沁みていく。未だ、この事実を呑み込めずにおり、目の前の光景が幻のようにぼやけてしまう。昨夜まで、同じベッドで過ごし、その肌や息を感じていた夫が、ただの紙切れになってしまった。
リズと別れるのと入れ替わりに、両家の親が駆けつけた。状況を知った夫の職場の人達もまた、小まめに連絡をくれた。中でも夫の恩師が、仕事帰りに立ち寄ってくれた。
彼は、ホリーにリビングへ案内されると、皆に労いの言葉を添えながら、自らの不徳を詫びた。
「知人にまで協力を頼んでいながら、まさかこんな……」
恩師は言葉が見つからないまま、弟子が消えた衝撃に、力無く腰を下ろしてしまう。隣にいたステファンの父は、その肩を取って首を振った。
「息子が馬鹿なだけですよ、ドクター・ウィルソン。貴方には感謝しかない。気負わないで下さい」
その横から、ステファンの母がグラスの水を彼に差し出した。干上がる思いで駆けつけた彼は、それを一気に飲み干すと、口を開いた。
「来る前、ステファンがかかっていた、私の知人の精神科医と話してました。彼も動揺していて……近々、検査する予定だったようですし、尚のこと……やはり、事故後の後遺症が最も影響しているのではないかと話していました。失踪の直接的な要因でなくても。どうか、素直に帰ってこればいいが……」
ホリーは、凍える両手に息を吹きかけると、彼女の母が、肩にブランケットをかけ、ソファにそっと座らせた。
夫とは仲違いなどしていなかった。ただ、予想外の選択を取らざるを得なくなったことで、情緒が不安定になり、一時的に距離が空いてしまう時はあったと、ホリーは、張りのない声で話した。家族は、不安に陥り、萎れていく娘を、ただただ抱き締めた。
「探すには手が多い方がいい。それに手掛かりも要る。最後にステファンと話したのは、時系列を考えても、私の知人です。当時の様子がどうだったか、話を聞いてみます」
懸命な恩師の声を聞いた途端、ホリーは立ち上がった。不意に、夫のノートパソコンが過ぎると、そこから、時が一気に巻き戻り始めた。
「ダレン……夫はそちらでも何度か検査を受けた……彼の状態は、本当に何もなかったの……」
ホリーは震えながら、半ば強い口調で恩師に問う。そんなホリーに、彼女の父が咄嗟に肩を取った。
「止めろ。皆、精密な検査をしてくれたんだ。ドクターを責めるところじゃないだろ」
しかしホリーは、父に言われるそばで、どうしても何か引っかかってしまう。
「分かってる。だけど、こんなのおかしいでしょ? 彼がこんな風にいなくなるなんて……」
恩師はホリーの父を抑えると、彼女の気持ちを深く受け入れる。そして、彼女の質問に対し、やはり首を横に振るのだが、しかしと前置きした。
「こちらでの検査結果も、もう一度振り返ります。あと、当時の検査状況や、本人の様子も、担当者から聞き込みをします。彼は勤務中、何度か不調を訴えることがありましたから……彼の同僚達なら、もっと何か知ってるかもしれない。私も、他の伝手を当たって、彼の検査結果を分析しようと思う」
沢山の協力を得てでも、ステファンには戻ってきてもらいたい。そしてその時には、家族や仲間で然るべき対応をしようではないかと、恩師は、芯のある眼差しを見せた。
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