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ホリーは、そっと部屋のドアを開けた。足取りは焦り、ノートパソコンを見たいという欲に駆られているようだった。夫のそれは、いつも通りデスクに置かれたままになっている。
見てはならないという葛藤がありながら、これまでにない胸騒ぎが、その画面をどうしても開かせた。だが、パスワードを求められ、立ち尽くしてしまう。
指先がキーボードの宙で行きどころを探ると、いくつか思い浮かんだ数字を入力した。2度失敗し、今度は慎重に可能性を探る。そしてもう1つ、2人に纏わる数字を混ぜたキーを叩くと、奇跡的に画面の先が広がった。
鼓動が身体中に響き、視線が震える中、画面をじっと見つめた。気になるファイルなどは、何処にもない。敢えて名前をそれらしくないものにしているならば、虱潰しに開かねば分からない。だが、細かく追及した先で起こりうることを想像すると、ホリーは膝で拳を握り、唇を噛んだ。そして、暫し考えを巡らせたのち、インターネットを開いた。
検索欄を見ても、夫が言うように、医療系の仕事ばかりを調べていたことがよく分かる。やはり考えすぎなのだろうかと、一度、正面の窓を覗いた。
つい没頭しており、慌てて辺りに耳を澄ませる。夫の気配がないことに、つい、息が漏れてしまった。
性に合わないことなどするものではないと、パソコンを閉じようと手を添えた、その時。視線が、導かれるように、検索履歴のアイコンに移った。隅の方にあるそれは、大抵設けられているものにもかかわらず、この瞬間まで見ようとしていなかった。
指先は震えていながらも、パットを斜め上に滑っていく。カーソルが履歴を目指し、とうとうアイコンに触れると、画面が変わった。
「精神……科……?」
夫は前に、職場で検査の方法を相談してみると言っていた。だが、それは気が向いた際にという話であり、それ以来、進展を聞いていない。自ら声をかけるべきかどうかを悩んで、結局止めていたのも、よくなかったかもしれない。だが夫も、新しいワークスタイルに慣れようと懸命だったようにも思う。
履歴には、知らない病院の名前があるだけではなかった。熊害に遭った場合に起こりうる症状を、色々と探していたようだ。また、幻聴や幻覚というワードを見かけると、生き物の話し声が聞こえるのだと、困った顔をしていた夫が、不意に浮かぶ。更には、銀の液というワードの履歴が、退院して少し経ったくらいの時期に残されていた。そして
「物忘れ?」
それは、ホリーがこれまで口に出さないだけで、実際に感じていたことだ。夫自身もまた、それを気にしていたということなのだろうか。
テレビの内容や、出先でのことなど、思い出せなくなるにしては早いと感じることがあった。それでも、やはり夫の気に障りかねないと見て、何も言わずに彼の選択に歩幅を合わせてきた。
ホリーは履歴を閉じると、震える手で口元を覆った。画面を凝視している内に、これまでの自分の行動に、負の感情が渦巻いていく。
気遣いに気遣いを重ねてきても、結局は、夫を困らせていたのだろうか。共に笑っていながら、本当は裏で思い悩んでいたとすれば――無力の闇に落ちていくような、肩に重い感覚がのしかかってきた。
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