15
客人達は、ステファンに前のめりになる。まるで、喋ったぞと言わんばかりの動揺ぶりだった。ガラスを引っ掻いたような鳴き声に、耳が痛くなる。ところが、彼等は飛び立とうとはせず、ステファンに喰いつく。
『あんた聞こえたことないの? 神様はもう、おかしな声でしか嗤わなくなった。守るべき動植物の魂さえ置き去りにしてしまうくらい、別のことに心を亡くしてしまったのよ。それで、あんたが生みだされたってわけね』
ステファンは皆目理解できず、それを首だけで示すのがやっとだ。
『ああ! 風のうわさで聞いた改良ってのは、このことか! こいつは早速、仲間に知らせておかないと!』
来たばかりのルビーキクイタダキは、颯爽と羽ばたいていく。だがノドアカハチドリは、未だ餌箱に染みているなけなしの蜜を吸おうと、卑しい。
「神による改良ってことか……」
ステファンは呟く。まるで絵のないパズルをさせられているかのように、ただ聞こえたワードを繋ぎ合わせた。そして、何を捉えるべきかを探ろうとした。これまでとは違い、この現象が馬鹿馬鹿しいなどとは、もう言っていられないような気すらしてくる。
『お偉い人間様が、どうやら神様をおかしな方向に撫でちゃったようだわね。随分なことしてくれちゃったわよ、全く』
「あのコヨーテのことを言ってるのか」
ステファンは、銀のコヨーテを思い出しながら、低く囁くように訊ねる。すると客人は、またしても甲高い声で、耳を劈こうとした。
『そんな訳ないわ! あの獣は、そちらさんでいうところのパシリってやつよ。あんた、神様から血を貰っただけなの? あまり妙なところを見せないことね。神様が気に入らなくなって、暴れでもしたら大変よ』
ステファンは唇が震え、仕舞には歯に伝わり、カチカチと小さな音が漏れてしまう。更なる情報を求めようものなら、手を出しかねない。そう感じるなり、そそくさと両手をポケットに入れた。そしてもう一度だけ、どうにか口を抉じ開ける。
「新人は時として面倒なもんだ……で? 神が暴れてどうなる……」
ノドアカハチドリは、やってられないとばかりに羽ばたくと、喉が裂けそうな叫び声を上げながら、ステファンの頭上を1周した。
『もう! 世界が崩壊する以外にないでしょうが!』
客人は吠え飛ばすや否や、瞬く間に雲を目指し、行ってしまった。
彼等にもまた、何かが宿っているのか。夕方に鳥が訪れることなど滅多になく、ステファンは呆然と、曇り空を眺めていた。
少しして、身体に冷えを感じると、やっと家の方を振り返る。顔を上げたその時、微かだが、焦りにも取れる息遣いが聞こえた。それと同時に、そこに混ざる甘い香りに、目を見開いていく。
そこに立ち尽くす妻に、やっと気づいた。彼女は、こちらを穴が開くほど見つめている。どんな顔も好きだが、その表情には、何を言っても弾き返されそうで、ステファンは心を構えてしまう。
「誰と、何を話してたの」
妻はきっと聞いてくれるだろう。そして笑ってくれるだろう。もしかすると、上手い解釈の仕方を教えてくれるかもしれない。それと同時に、不安にさせてしまうことも有り得る。ステファンは、心で右往左往していた。そうしている内に、口角がゆっくりと上がっていく。そして、心配の眼差しを浮かべる妻を、柔らかく抱き締めた。
「君が望む世界を守りたいって話を、そこの花としてただけ……」
ホリーは、徐に夫を抱き締め返すも、意識は外側に向いていた。彼の視線を思い返してみても、花と話しなどしてはいなかった。それを言いかけたところで、息ごと一旦呑み込んだ。
放置したままの餌箱に、目が震える。鳥達はそもそも、その中身が空だと長く留まることはしない。
夫に言葉を失ったまま、ホリーは、しばらくその背中を撫でてやり過ごした。すると彼は、いつもの調子で名前を呼んできた。
「今日は香水を頭から被ったのか?」
その表情は酷く真面目で、ホリーは何も言い返せずに、ただ首だけで否定することしかできなかった。
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