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講師は喉を潤し、声のトーンを維持したところで、次の話題に入る。
「ここからは、猟犬の話から引いて、狩猟の世界を見ていく。トロフィーハンティングは、今でも実際に行われているもので、知っている人は多いでしょう」
それは、ビジネスにすると収益が大きく、アフリカの野生動物が代表的だ。象やライオンといった大型動物の毛皮は、とにかく値が張る。
その昔、犬と同じようにライオンの繁殖施設があり、触れ合い向けに幼獣、繁殖用またはトロフィー用に成獣が売買されていた。
「人のために生まれていた、ということね。ただし現代では、そういった商業目的での繁殖や飼育はしなくなり、ハンターに売ることも、触らせることもしない」
とはいえ、どんなに規制を張ろうとも、密猟はなくなっていないと、講師は加えた。
「それをせざるを得ない理由は、シンプルであれ、極めて重要で、重い――どうにか一夜を越え、明日を迎えるためよ」
そして、手元のノートパソコンに開いていた複数の資料画面を仕舞うと、腕時計を見た。久しぶりの講義だが、根付いた感覚は衰えておらず、そのまま胸の内を語り始める。
「現代から昔を振り返っても、未来を想像してみても、遥か遠すぎて見当がつかない。だけど、今この瞬間に何を感じ、何を判断するかで、変えられるものがある」
講師は、暗い奥の座席に佇む1人ひとりの眼差しから、手前の生徒達の表情まで、じっくりと見つめた。
「能力がある以上、自分に問い続けて欲しい。貴方はどんな人間になりたいのか。何を正しいとするかを決めるのは、難しい。だけど、明日の自分は今日の自分よりもマシになれるのか。このように置き換えれば、考えやすくなる」
視線はやがて、最前列で誰よりも目を見開いている女子生徒に、そっと移る。微動だにせず集中する彼女に、自然と微笑んでしまった。
「貴方達はこの後、部屋を出てからも、引き続き動植物と会う。彼等に対し、私達人間の価値観や信念を押しつけるのは、果たして良いことなのか。もしそれがYesなら、私達人間が、その信念や価値に沿って生きられているのかもまた、考えてみること。その時間にも価値はある」
言い終えると、教壇からそっと出て、講師はその場から一帯を眺めた。そして、ほんの少しだけ猶予があることを告げる壁の時計を見ては、あの日を思い出す。
「最後に2つ、忘れてはならないことを伝えて、終わりにしようと思う」
落ちかける声をどうにか持ち直すような、重い感覚がした時。講師は改めて、背筋を伸ばした。
「人が動物から暴力を受けることは、本当に……本当に恐ろしい。
その一方で、元とは違う生き物に作り変え、それによって自然には存在しえないような生き物を生んだ、人間。それもまた、十分に恐ろしいということ」
完璧を意識してきたにもかかわらず、つい、間で言葉に詰まってしまった。視線はまた、ふと、最前列の生徒に向く。よく見ると、その彼女はレコーダーを置き、更に数枚に渡ってメモを取り、その場の誰よりも浮かんで見えた。
その熱心な姿に、口元が緩むだけでなく、講師の張り詰めていた心までもが解れていく。
「私は、“殺さないで”と言うことがある。それは、可哀想であることを意味しているのではない。
死を無くして、命は廻らない。何をもって、その命を戴くのか。何をもって、その命と向き合うのか。未来は、それを考え続けられるかどうかにかかってる。生物を視ることは、自然を知ること。そこには人も、含まれている」
最後、今日の機会に礼を告げる言葉を追うように、ベルが鳴った。
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