13
誰かに何かを慎重に丁寧に伝えるために、沢山の言い回しを学んできた。話すにあたり、あらゆる方向線を考慮しながら、学びを組み立ててきた。
そうしている内に、ネガティブな感情が蓄積したこともよくあった。それらを口にしないように、いつも気をつけていた。
しかし夫は、ちゃんとその感情までも嗅ぎつけてくれた。そして、夫婦だけの空間でそれを全て聞き入れ、消化させてくれた。翌日も、そのまた翌日も、すっかり気分よく出社できたのは、彼のそんなところに救われてきたからだ。
少し前の幸せな出来事が、今この瞬間に返り咲くと、ホリーは、夫の頬を両手いっぱいに包み込んだ。
ステファンは、妻の睫毛が触れる心地よさに浸っていく。そのまま、彼女を誰にも奪われたくないあまり、腕が自ずと、その身体を更に引き寄せた。
妻の特別な香りが、この部屋に濃く満ちている。それを外へ逃がしたくなく、栓をするように彼女の唇を奪った。
不意のことで、ホリーは目を見開くばかりだった。そのまま、夫に緩やかに押しやられていく。待ったをかけるにも、胸の震えに邪魔されてしまった。そして、力が腰から奪われると――ベッドに崩れ落ちた。
夫を呼んでも、目を合わせてはもらえなかった。何の支度もできていないどころか、そもそもまだ、夜をじっくりと過ごす時間でもない。ホリーは、もう一度彼を振り向かせようとする。しかし
「何か言っててくれ……」
夫の囁きから、声が聞きたいのだろうかと察した。ならば座って話せばよいだろうと、言おうとしても息にしかならならなかった。
首筋を強く食むように求められ、言葉が全く形を成さないまま、身体が夫の熱に包まれていく。
「独りは無理だ、ホリー……」
「1人じゃないでしょっ――」
ホリーは、背中に直接滑り込む夫の手に、身体が跳ねてしまう。すると、夫はやっと目を合わせてくれた。
影が落ちた顔には、悩みや迷いよりも、焦燥が描かれている。何かを口にできず、苛立っている。どうにかしたくても、その方法が分からない。
そんな沢山の葛藤を見た時、ホリーは、弾みで夫を頬から引き寄せ、唇を重ねた。そして
「1人じゃない。どこにいても、私達は一緒にいた。これからもそう」
勇ましい言葉を受け止めた途端、ステファンの目が震えた。胸の奥に潜んでいたものが、震えとして込み上げてくるのを感じた。
「独りみたいだ……暗いし、狭いし……昼と同じだ……」
ホリーはまた、眉を顰める。
「昼? 何の話……そんなこと言ってなかっ――」
妻が言い切る前に、ステファンは彼女の横に顔を埋めた。そして、枕の中で懇願した。
「埋めてくれ……頼む……」
夫の震える声に、ホリーはその髪を優しく撫でた。すると夫は、首を重々しく上げると、再び見つめ返してくれた。
ホリーはこの時、タスクの何もかもを振り払うと、夫に真っ直ぐ愛を告げた。そして、彼の頬や首に触れながら微笑んだ。
ステファンは、妻の微笑みに何かが破られ、細い光を見出したような気がし、虚ろになる目を見開いた。
リビングに戻る気など微塵もなかった。このまま2人で、この部屋で、どこまでも沈んでいきたかった。声も香りも何もかも、ここに封じておきたかった。それくらい、不可解なものに触らせたくなく、奪われたくなかった。そのためには、ここで1つになっている方がずっと安全に思えた。
自然界の命を守る妻を、守る。それに徹するしかないと強く感じながら、彼女を全身に取り込んだ。
目に見えないものに怯え、2人でいながら寂寥を感じてしまう。そんな、どうしようもない自分が誠心誠意できることなど、1つしかない。
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