12
何度も見つめ合ってきたが、この瞬間だけは違っていた。彼の顔は不安に満ちており、瞬きも忘れている様子は、何かを焼きつけようとしているようだった。
「……言って」
夫が言葉に詰まっていると察したホリーは、そっと道標を置いた。
その声に、ステファンはやっと瞬きする。妻に釘付けになって動かなかった視線を、そっと脇に寄せると、気を取り直そうと目を閉じた。瞼が痙攣しているのが分かると、彼女に心配をかけることを恐れ、慌てて振り返る。
「別に。なぁ、それ……どんな感じ……」
ホリーは、夫の名を言いかけたところで言葉を被せられ、目だけで動揺する。そして、躊躇いながら、デスクに向く彼の視線を辿った。
パソコンの画面は、講義の内容が概ね纏まった状態にあり、もう少しのところで滞っている。ホリーは、そこから再び、何故か強張っている夫を見上げると、答えた。
「お陰で、もう締められるわ。色々考えたけど、そこの大学生は、獣医やアニマルセラピストとか、飼育員になる進路も控えてるみたいで。歴史の勉強をするのに、猟犬に触れながら、ハンティングの世界と人を見てみる機会に繫げようと思ったの」
夫はそれでも、画面を見つめたままだった。だが、話に頷くと、その先をまだ聞きたがっているようにも取れ、ホリーは顔色を窺いながらも続ける。
「ただ欲を満たして楽しむための死は、無い方がいい。そんな風には、殺さないで欲しいの。皆が何を言うかは気になるけど、深くは気にしていられないし。本当、そういうのを伝えるのって難しいわよね。感情に邪魔されないように、淡々と話せるようにしなきゃ」
「できるよ」
投げ石のように飛び込んできた夫の声に、ホリーは思わず口を止める。
ステファンは、どこまでも細やかで優しい妻の頬に触れると、胸元まで包む髪の終わりまで指を通し、腰から抱き寄せた。
ホリーは、夫から強く伝わる温もりに口元を緩め、両腕を彼の首に回した。そして、首や耳元から香る心地よい匂いに押されるように、呟いた。
「私が言う“殺さないで”って、色々補足をしておかないと、誤解されるのよね」
言葉に勝手に滲んでしまう苦労を、ホリーは少しでも笑みに変えた。
ステファンは、そんな妻を肌で感じている内に、その髪に顔を埋める。腕は固くなり、彼女をより引き寄せていた。
「馬鹿はほっとけ……」
ホリーは、夫の珍しい発言に眉を歪める。顔を見ようと腕を解いたものの、今度は肩から抱き締められてしまう。
抗うつもりはないが、今の彼は泣きつく子どものようだった。そうなってしまう理由を聞けないものかと、目が泳いでしまう。すると夫は、視線の端を掴み取るかのように、小さな声で切り出した。
「放っておいても分からないようなら、俺が相手をする……そんな奴等に、君は時間を割かなくていい……」
「急に何言ってるのよ」
「そのまんまだ……」
夫はまた、言葉を被せてきた。ホリーは、その言い分を理解している。理解しているのだが、聞きたいことは他にあるのだと、漸く夫と顔を合わせた。
苛立っているのか、怯えているのか、彼は何とも捉え難い表情をしていた。悩みがあっても言えない、まだその気になれないティーンエイジャーのようだった。でも眼差しを見れば、発言の真剣さが伝わってくる。ぶれずに光る茶色い瞳は、デスクのライトで鮮やかさを増していた。
「細胞の声が聞こえるだけあるわね……心の声もちゃんと聞こえる……」
ホリーは夫に微笑むと、その頬を撫でては、額を寄せ合った。
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