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処によっては、動物の所有権はその土地の所有者に属する。その地での狩りに違法性が無く、許可さえあれば、絶滅危惧種に準ずる動物でも、自分の敷地内であれば狩ることができてしまう。そんな実態があった。
狩猟ビジネスの必要性には多くの声があり、長らく難しい問題とされている。
狩猟の内容を知れば知るほど、密猟と変わりのない残虐行為だという意見がある。そう述べる人達は、その行いは地域に恩恵がもたらされているのかという、疑問も抱いていた。税収入の分配などは地域ごとに差があり、大抵は有権者に偏っている。また、その地域の住民の雇用機会も平等ではなく、公共事業への投資もあまり浸透していない。
一方で、狩猟は大きな資金源になるという意見もある。経済状況が厳しい国や地域では、狩猟による収益の一部が野生動物の保護に充てられる。それは、動物環境保全のために必要だった。狩猟ビジネスの規制が強まると、失業者の増加も考えられる。よって、生活のために密猟をせざるを得ない者が出てしまう可能性があった。
また、狩猟の利点として、問題のある動物の駆除が挙げられている。その対象は、健全な個体をむやみに殺したり、雌を譲ろうとしないなどといった個体だ。また、人に危害を加える危険性がある生物の駆除は、保護区の安全に貢献しているだろうという考えもある。
「難しい話よ。だからこそ、五感の全てを使って考え、判断を続ける必要があるの。ハンティングを通して見える、人間の姿がある。何万ドルも、何十万ドルもする毛皮だと言いながら着用し、歩きたい。そのために動物を狩る。そんな事を、どうして始める必要があったのかしら」
――人間の原点は、本当はどこにあるのか。
それを胸に打ち留めると、ホリーは漸く、夫に歯を見せた。
ステファンは、そんな妻の頬に触れる。その顔もまた、うっかり話し込んでしまったと言っているものだと、理解していた。
「君の言葉は広がるよ。ゆっくりだろうと、確実に」
ホリーは夫に笑い返すと、前を向いた。コースの終わりは、もうすぐだった。
ところが、狩猟エリアに続くルートと合流した途端、悲鳴が聞こえた。夫婦はそれに振り向くと、奥から2名の男性猟師が、まるでタガが外れたかのように駆けてくる。彼等は叫びながら転ぶと、周囲に逃げるよう強く言い放った。
「熊だ! 逃げろ! 下に知らせろ!」
騒ぐそばから、熊は――ブラックベアは、唾液を滴らせて突進してくる。激しく威嚇しながら、時々鋭い眼光を見せた。
ステファンは、突発的に妻の手を引いた。けれども彼女は、どこか異常さを見せるブラックベアに目を奪われ、身を竦めている。
「ホリー!」
ステファンは妻を肩から大きく引き寄せると、その腕を掴んで走った。その時には既に、現れた標的は僅か数メートルのところに迫っていた。
事態を聞きつけたレンジャー達が、客人とすれ違いながら駆除体制に入る。夫婦が、ライフルの冷たい光を横目に受けた時――夥しい数の発砲音に、周囲の鳥が舞った。
「脇に寄れ! 離れろ!」
しかし、緊張を煽るレンジャー達の声が、撃たれようが抵抗を見せるブラックベアの威嚇に掻き消されていく。標的は我を忘れたまま、直進する夫婦に怒号にちかい声を放った。
ステファンは、それにバランスを崩してしまう。だがそのまま、妻を草むらに突き飛ばした。その間、足に別の衝撃を受け、転んでしまう。
全身が痛みに犇めく最中、何らかの炸裂音が聞こえたような気がし、無意識にその出所を探した。しかし、再び銃声が轟き、それを遮られる。
恐怖の息遣いに満ちていたその場は、そっと、自然の静けさを呼び戻した。
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