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COYOTE Harvest Moon [3]
すると、鼻を突く臭いが糸のように漂い、顔が歪んだ。その出所に眼を凝らすと、ある少年が遊具の前に座っていた。彼の周りには、自分を誘い出した歪な音と、嫌悪を誘う臭いがする。
動物はいない。なのに、彼は不思議な話し方をしている。手足を小刻みに動かしながら、まるで音を味わうかのように、口の形を変えていく。
彼が抱えるものからは、金属的な臭いと木材の匂いがした。その声が、手足が、こぼれる息が、その身にまとう音と共に、空気を振動させている。柔らかに吹き抜ける秋風に、木の葉が舞う――こんな心地よい景色を見るのは、初めてのような気がした。
だが、鼻はその場の臭いを嗅ぎつけたままだった。これまで森林に現れた猟師達からも、同じ臭いがしていた。もしかすると、その少年もまた、奴等と同じなのだろうか。そう疑うほどに、耳を惹きつけてくる音が遠のき、やがて、焦燥と警戒の熱に身体が包まれていった。
嫌気をじっと押し殺していると、その少年は、ふらふらと去りはじめた。今度はそこから尾を引く臭いに、足が釣られていく。
しんとした広場に、枯れ葉の音だけが響いた。少年が進む先から、同じ臭いが穏やかな波のように押し寄せてくる。
情報がぼやけているのは何故なのか。猟銃を持たない彼に、こんなにも眼を奪われてしまう理由に、眉が寄る。
視線は、いつまでも彼を追いかけた。程よく背丈があり、刺激のない声で、柔らかな黒っぽい髪。そして、どこか“自然”と触れ合うような仕草を持つ存在を、強く意識してしまっていた。
足を忍ばせていると、少年が住居の中に消えていった。暫くしてから、鋭い臭いの正体が分かった。庭と壁に眼を配ると、そこから、鼻にこびりつく異臭が立ち込めていた。狩った獲物――トロフィーを生みだすために使われる薬品の臭いだと、過去の猟師の会話から思い出した。
眼をつけて正解だった。しかし、それでも違和感は拭いきれなかった。少年に獣の死臭が付着しているものの、トロフィーからは彼の匂いがしてこない。それに代わって、この場所では特定できない別の人間――猟師の臭いがする。
だが、これまでの感覚とは違った。身体もまた、それを感じているのか、飛び出そうとしない。
壁の中から漏れ出る光。賑わう声。森林では得られない温もり。それらが混ざり合うのを感じた瞬間、身体が静かに震えだした。
理由を見つけられない焦燥に駆られていく。でも、その空気を壊してしまいたいとは思わなかった。これもまた奇妙で、眼が宙を彷徨ってしまう。そして頭の中で、またあの少年の姿が浮かんだ。まるでそこに居るかのように、鮮明に。思わず指先が伸びてしまうが、触れるまでに消えてしまう。
腕に強い緊張が走った。触れたいという欲と、掻き消したいという欲が、引き合いになっている。この心境がどういうものか、分からなかった。そして腕は、糸を切られるように、力無く解けた。
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