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自分の鼓動がびっくりするくらい大きく聞こえる。
課長さんにバレちゃいそう。やだなぁ、恥ずかしい。こんなこと思うのは、子供、かなぁ。
「すまんな、こいつで遊んでいいのは、俺だけなんだ」
目の前に来ていた手で目元を拭われた。
待ってお化粧が…!という気持ち以上に、触れられたことに対しての嬉しさが込み上げる。
目元を拭った手は私の肩にまわされた。
「そんなわけで、俺は存分に吉木で遊んできますのでこれにて失礼します」
この時、みんな気付いたよね。
課長、すっごい酔ってる。
みんな止めようかどうしようか微妙な顔してたけど、まぁいっかみたいな顔で送り出そうとしている。
待って待って!心の準備が!お姉さま助けて!って思って課長を狙っていたお姉さまを見たら、笑顔でサムズアップしている。
この会社サムズアップすればなんでもアリみたいな風潮あるよね。
知ってた知ってた。
もういいや。向こうで飯田も満足そうに頷いてるし。
「すみませーん!吉木あずさ、課長さんお持ち帰りしますのでー」
テンション上がったみんなに祝福されつつ、課長の上着と鞄を手にする。
課長はぎょっとしつつも、私の肩に回した手はそのままだ。
知ってますよ。もう限界突破してますもんね。
大荷物プラス課長という大きな荷物を背負って、私は拍手の中 居酒屋を後にした。
*****
「…課長さぁん、生きてますかぁー?」
「…ギリギリ…かな…」
「途中でキャラ変わってましたよ、課長さん」
あんな自己中な課長さん、見られるのは私だけかと思ってたのに。
「…飲み会のたびに、お前にこうやって送ってもらえるのが好きだった」
「…え?」
下を向いている課長の小さな声が聞こえる。
「酒の適量を覚えて、世話を焼いてくれるのが嬉しかった」
「俺のそばに座るときの嬉しそうな顔が好きだった」
「いつも俺のことを目で追ってるのがかわいかった」
「…年下なんだから、って思っても、お前のことばっかり考えてしまうんだ」
もう足なんかとっくに止まっている。
課長からどんどんこぼれる言葉。
待って待って。聞き逃しちゃう。
ちょっと待って、課長さん。
「…なのに吉木は飯田といちゃいちゃしてるし」
「えぇっ!?いちゃいちゃなんてしてませんよ!」
「してたじゃないか!エレベーターの時だって!」
急に大きな声になった課長は、私のアップにした髪に触れる。
大切そうに、いとおしそうに。
「お前の艶々の髪に触れやがって…あれをいちゃいちゃと言わずなんという」
「それは…あの…」
もしかして、課長。
エレベーターの時から不機嫌なのって、飯田が髪を触ってきたから?
「課長。実は、ずっと言いたかったことがありまして」
「…なんだい?今ならなんでも聞くよ?」
目を閉じて深呼吸して、私をまっすぐ見てくれる課長。
かっこいいなぁ。えへへ。
「あのですね、課長。今触っておられる私の髪に、桜の花がついてると思うんですが」
「うん、とっても似合ってるな」
「…それ、私が作ったんです」
「…へ、え?」
「飯田が訳知り顔だったのは、あの日のバレッタも私が作ったって知ってたからです。髪をさわったのは…嫌がらせ?」
「…」
あーあ、課長さん、フリーズしちゃった。
そう思った次の瞬間、ぼんって音が聞こえそうなくらい、顔が真っ赤に染まった。
「あー課長さん、真っ赤ですよぉ」
「…うっさい、お子ちゃま、こっち見んな」
「そのお子ちゃま呼び、やめていただけませんかね」
「んー。40男がせっかく覚悟決めたのに、ずっと言いたかった事って言って期待させといてそれだもんなぁ…」
だってこれだってずっと言いたかったことですもん!って。
言おうとしたけれど、抱きすくめられた驚きで声が出なかった。
「…なぁ、吉木。お前、俺のこと大好きなんだろ?」
「知りません。お子ちゃま扱いする人なんか知りません」
「おじさんは臆病なんだよ。な、言って?」
「…すき、ですよ?たぶん」
「たぶんってなんだよ…」
苦笑する課長さん。
だって、ねぇ。
アイノコクハクって、女子は憧れじゃないですか。
「かっこいいお顔も、低く響く声も、骨ばった手も、血管の浮き出た腕も、全部ぜーんぶ大好きですっ」
それを聞いた課長は、
初めて見るくしゃってした顔で、
私に抱きついてきた。
「…あずさ、愛してるよ」




