誰かに権力を与えるのは、それをいつでも無力化出来るようにしてからよ
本日何度目かです。
「エリオン、頼みがあるんだけれど、いいかしら?」
「んー、内容によるけどぉ、何?」
ぐでー、と机に突っ伏してやる気も感じられないエリオン。
ちらりと横目でその様子を見て、読んでいる本のページを捲る。
「人探しがしたいの。あなた、人脈広いわよね?」
「あんたに比べたらー。何?下々の者ー?」
だらけているくせに頭の回転に鈍りはない。わざわざ使用人ネットワークを持つエリオンに相談するんだから、貴族の私では届かない使用人のことだろうと予想したのだろう。正解だ。
「ええ。リリー・チャップルの母親を探して欲しいの」
「ほーんと、あんたあの女にこだわるよなあ。何なの?」
「嫌いなのよ。でも、あの容姿でしょう?下手にいじめてどこかの貴族の庶子とか、ないとは思いたいけれど異国のお偉いさんの子だったりしたら、面倒じゃない。だからウィルに調べさせたら、全くの白だったのよ」
「……でもなー、おかしいけどそれが事実ですしー」
エリオンもエリオンで調べた結果、何も出なかったのだろう。だから怪しくても放置している。
それはそうだ。私だって、前世の知識なんかが、この先の展開なんか知らなかったら何もしない。
でも、知っている以上、動く。
「逆に気になったのよ。あの美貌の母はどんな美人なんだろうって。それほど美人なら商売女でも高級でしょうに、どうして孕んだり、さらに子を捨てたり、したのかしらって」
「ふーん…」
エリオンの目が、やや眇められた。
理由を疑っている。それだけで私が動くとしては弱い、と、本当のところを話せ、と要求して来ている。
だから本から目を離し、うんざりとしたようにひらひらと手を振った。
「それだけよ。他に意図なんてないわ。実の母が現れて、しかもその母から罵倒されたり金で売られたらどうかしらって思っただけ。そんな過去と決別したところで、母を斬り殺されたらどんな顔するのか気になるだけよ」
「アッ、ハイ」
エリオンはすぐに納得した。私の扱いが気になる。そういえば昔からこんな扱いだったけど、本当になんなの?今度レイヴァンやジオルクに訊いてみよう。
まあ今はとにかく、エリオンの人脈を使わせてもらうことが出来た。
エリオンには、友達にこう訊いてもらうように頼んだ。
『とある貴族のお嬢様が孤児の女の子を気に入って、一度その子の母親に礼をしたいと言っている。その女の子は現在十五、六で、教会に捨てられていた。心当たりはないか』
そして話に食いついてくるものや気になる素振りの者には、
『実はお嬢様はその子を独占したいと思っている。母が出てきたら面倒だから、もし彼女に会わないと言うのなら金一封を出すと言っていた』
と吹き込んでくれるように、と指示した。
これは、まずは最初の言葉で欲深や子供を大事に思ってる系、他意がない系を釣り上げ、次に『金は欲しいが子供は面倒』と思う者、とりあえず関わりたくない者を捕まえるためだ。
その母親を見つけてくれたものには礼をするし、手伝ってくれた者には、量は少ないが、チョコレートをプレゼントする。
エリオンとウィルには、最近ついに完成したソフトクリームをごちそうする。
そういう条件で言うと、二人とも俄然やる気になってくれた。アイスクリームは簡単だし作れたからエリオンには以前食べさせたことがある。大喜びしてくれた。冷蔵庫なんてないから氷の単価が高くなり贅沢品になるのであまり作らないから、氷菓は結構レアだ。だから張り切ってくれた。狙い通り。
これが、後輩と話したその日の内、お城の資料庫での出来事である。
そしてその数日後、リリーの母親は見つかった。
リリーの母親は、やはり売春婦だった。
聞くところによると、話を持ちかけると『あー、そういえば娘産んだ気がするわ。えーと、色素薄めで、将来美人になるからよろくしーって置き手紙してた気がするー』と普通に話したそうだ。実際、ウィルの調べで、リリーはそんな手紙とともに捨てられていたと判明していた。確実にこの人がリリーの母親だ。
しかし、そんなことがなくても、彼女がリリーの母親だったと確信を持って言えただろう。
だって、名前が『ローズ』なんだもん。
ローズマリーって名前なんだもん。
リリーとローズ、百合と薔薇。
こりゃ親子ですわ。
大爆笑して、気分が良かったからソフトクリームと配るチョコレートに加えてクッキーまで作った。エリオンもウィルも、エリオンによるとエリオンの友人たちも、ひどく喜んでくれた。チョロい。
「えーと、お貴族様ならかしこまったほうがいい?」
で、会いに行ったら、しどけない姿のローズにそう言われた。
母ぐらいの歳なんだろうが、精気でも吸ってるのかってぐらい若々しくて美人だった。リリーは銀色の髪だったが、ローズは白金色で、目も、リリーは若草色だったがローズはそれより幾分か濃い緑だった。
しかしとにかく、色気駄々漏れで美人だった。
「いえ、気にしないで楽にしていいわ。それで、あなたの娘さんのことなんだけれど…」
「あー、結構忘れちゃってるんだけどねー」
ちらりと視線をやれば、それで察して話しだした。リリーの母だけあり、頭は悪くないようだ。学はないが馬鹿ではないってタイプだろう。
「私、この宿で産まれたの。母さんも娼婦でね、だから美人だったわよー。お相手も、なんか美人だったらしいし。運良いねーって言われたわー」
「確かに美人ね。じゃあ、だからそのままここで働いてるの?」
「ま、ねー。性にあってたし、母さん病気になっちゃったんだけど、最後までここで面倒見てくれたし。あ、病気って言っても、肺患ったんだからね?そっち系じゃないよ?……って、貴族のお嬢様にゃわからないか」
「気にしないで。ばっちりわかってるから」
「………わかってんだ。じゃあいっか」
「ええ。本当に、遠慮なしで」
「ありがとー。えーと、だから私も娼婦やってたんだけど、まー馬鹿なやつがいてさあ、孕まされちゃったの。確か、商家の次男坊とかだったかな。見た目だけはよかったけど、すっごい馬鹿でさー。勘違いして、君をこんなところから連れ出してあげるって、わたしゃ好きでここにいんだって何度言っても聞かないの。もー、困ったよー」
「で、挙句に妊娠?」
「そ。気づいた時には堕ろしたら私のほうがやばいからって産むことになって、まあ経験かって産んだよ。ちょー痛かった。二度と子供は産まないね」
「お疲れ様」
「本当に。しかもうちの女将がそれで相手から養育費ふんだくってたら、そいつ事故で死んじゃって。育てても良いって言われたけど、赤ん坊の鳴き声でノイローゼになりそうだったからちゃっちゃと捨ててきた。一応お人好しって評判の教会に捨てるぐらいは温情つけたんだよ」
「すぐ見つけて、特に問題もなかったみたいよ」
「あ、そう?そりゃよかったよかった。それで今ではあんたみたいなお貴族様のお気に入りかあ。私の娘も出世したねー」
「あ、それ嘘なの。見つけるためのフェイク。実際、私はあの子のこと大嫌いよ。代わりに私の元婚約者がその子に惚れそうなの」
「てことは、お貴族様に見初められたってことかー。どっちの道出世してるわねー」
「さらに出世よ。なんと相手、貴族じゃないの」
ローズは聞こえた言葉がわからなかったように、目を見開いた。
「………王族?」
「察しが良い人って好きよ」
うふ、と笑えば、さすがにローズの顔も引きつった。貴族じゃなくて、貴族の婚約者、ということから王族が導き出せるように、やはり馬鹿ではないようだ。その証左のように、引きつった顔のまま焦るように、弁解するように言葉を重ねてきた。
「…私、正真正銘の平民よ?母さんもそうだし、こんな美人だけどそれは娼婦の血が凝結されたからで、お貴族様の血なんてないわよ?」
「ええ、調べさせたからよく知ってるわ。実際、私は婚約者ではあったけれど、保護者っていうか、親みたいなものでね、困ってるの」
「う、うちの娘が破局させたり…?」
「あ、それはないから安心していいわ。理由は隠したいみたいだから追求してないけれど、あなたの娘さんに会う前に言われたもの。その後もそれまで通り仲良くしてるから、そんな関係よ」
「…そりゃよかった…あんたみたいに綺麗な子を振らせてたらどうしようかと…」
「あらありがとう。…そのことで話に来たのよ」
従者として連れてきたウィルに目配せして、人の気配がないことを確認する。今までも人払いはしていたけど、ここからは本当に内密な話だ。
「あなたの娘さんは、リリー・チャップルという名前を与えられ、現在ゴートン学園に特待生として通ってるわ。―――覚えたわね?」
「………え…」
「いい?その子があなたの娘よ。紛れも無い、平民の、あなたの娘。決して―――王族の隠し子なんかじゃない」
「……まさか…」
やはり、察しが良い。突然の不穏な話に、ウィルもぎょっとしている。
口角が上がる。
「陛下の従姉妹さん、病気療養のために田舎で暮らして、十二年前に亡くなったのよね。私生活は謎に包まれた方だったわ。持病のため生涯結婚せず独身でいたけれど、…案外、世間的には認められない恋人がいて、子供を産んだせいで弱って亡くなられたんだったり、して」
にこ、とローズを見る。
ローズは信じられないように私を見て、脱力して息を吐いた。
ただし、口元を歪ませて。
「そういうことが、あるかもしれないねえ。まあうちの娘のリリー・チャップルは、ただの平民だから、そんな王族事情とは関係ないけどねー」
「ええ、本当に。でも、もしかしたら間違ってそんな誤報が流れるかもしれないわ」
「同姓同名ってのも、あり得るしー」
「下手に王族を疑えないもの。ああ、でも、同じ王族の方なら、貴族の私なら、その疑いを張らせるかもしれないわ」
「ほー、さすがお貴族様だね、平民の私とは違うわー。ところで参考までに訊きたいんだけど、その王族の方ってどんな方なの?ああ、名前はいいから。下賎の身にはご尊名は眩しすぎるからさー」
「あら、じゃあ名前は避けるけれど、……第二王子よ」
「―――おう、じ…」
ローズの顔が再度引きつった。
笑顔で追撃する。
「あなたの娘が恋した相手は、第一王子、継承権第一位の、王太子。……大丈夫、第二王子が、王太子と平民の娘との結婚なんて、許すわけがないから」
「………そ、う…だよ、ねえ…」
「当たり前じゃない。やあねえ―――王族の隠し子ならともかく」
「………お嬢ちゃん、うちの娘にそれは関係ないよ。そんなこと、不敬でとても言えやしないよ。お嬢ちゃんや、第二王子様にでもないと」
「そうね、全くその通りだわ。ふふふっ…」
ころころと貴族のお嬢様っぽく笑ってみせる。
ローズは、まだ微妙に顔がひきつっていた。
ローズに依頼したことは、三つ。
自分の娘が『リリー・チャップル』であることを覚えていること。
仮に『リリー・チャップル』が王族の隠し子であると明かされても黙っていること。
私かエリオンが要請したときのみ、それを詳らかにすること。
つまり、念のための保険だ。
リリーが反逆したときには、とどめを。
邪魔になったとき、いつでも捨てられるように準備を。
加えて、仮に仕立てあげられたことに気づいたとしても、黙っていろという口止め。
それだけだ。
それだけで、強力な爆弾になる。
「そういえば、謝礼がまだよね。私、あなたのこと意外と気に入ったんだけれど、何が欲しい?」
これは本当だ。もしリリーがローズのような性格なら仲良くなれていたと思う。まずありえないが。『産んだけど邪魔だったから捨てた』なんていう親と、リリーは相容れないだろうから。
私なんかは、ローズはまだマシだと思うんだけどね。だって私なら、『産んだなら責任を持って』とか言われたら、じゃあって責任を取って、殺すから。
子供を殺さなかっただけ、マシだと思う。お陰でリリーは今も生きてる。感謝すべきだ。
「んー、じゃあ金」
ローズは遠慮なく言ってきた。この身も蓋もないというか、素直なところが良い。
「それじゃ私がつまんないじゃない。じゃああれよ、自分で娼館持とうとか考えない?」
「私馬鹿だからさー、経営とか無理だしー、ここ気に入ってるしー」
「じゃ、いいわ。ここの女将と交渉するから。ところでいくら欲しいの?」
「たくさんもらっても、ただの口止め料だしー、いくらでもー。あ、殺さないで欲しいなー、なんてー」
「生き証人だから価値があるのに、わざわざ殺す馬鹿がいて?それじゃあ…あ、お菓子好き?」
「食べ物は何でも好きかなー?」
「じゃ、これあげるわ」
ウィル躾け用持ってきていたフィナンシェをあげた。
「あー、これ美味しいわ」
「ありがとう。あ、忘れてたけど、私セリアね」
「家名は言わないでね。私はローズ、ローズマリー。よろしくー」
「ええ、よろくし、ローズ。…これからもネーヴィア商会をご贔屓に頼むわね」
にっこり笑うと、ローズが顔を引きつらせた。王太子と婚約していた、ということからでも、今の言葉からでも、私がネーヴィアの人間であるとわかっただろう。面倒事に巻き込まれたくなかったから家名を言うなと言ったのに、一瞬で無駄になったわけだ。こういう小さな嫌がらせ、大好き。
「……まあ、いいよ」
と、ローズが諦めたようにため息を吐き、微笑んだ。
「お手柔らかに頼むよ、セリア」
「気をつけるわ、ローズ」
握手をして、年上の友達が出来た。
「やっぱ、ここはアイドル化よねー。夜鷹と太夫にわけてー、芸磨かせてー、ああ、私がバックにいて資金の心配なんてしないで頂戴ね。代わりにネーヴィア商会のもの着させて姿絵とか独占販売して稼ぐから。初期投資以上に稼いでやるわ。…ん?子供を産んで娼館で育てること?別にいいんじゃない?ていうかその辺は規制しないから好きにやって。今までアットホームでやってきて、崩せないものもあるでしょうし。ただ私は、儲け話を逃せない強欲商人なだけだから」
「嬢ちゃん、やるね…。いいだろう、好きにおやり。あたしも腹くくったよ」
「ふ…すぐに期待以上の結果を持ってくるわ」
「お手柔らかにって言ったのに…言ったのに…」
「ご主人、エリオンには自分で話してくださいね。俺、知りませんから。あいつ怒らせるとすげーこえぇンだからな」
時系列は、
・入学式
・新学期初日
・リリーが落としまくる。レイヴァンとの接触する
・生徒会に遊びに行く、ウィル初登場
・後輩と会合、後に絶縁しまくる
・ウィルの調査結果が出る。再度後輩と話し、真実に気づきテンション上げる。リリーの母親の操作を依頼する
・ローズに会う
・飛行機作りに行く
こんな感じです。意外とカットされたところで暗躍していたセリアです




