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悪役令嬢だけれど何か文句ある?  作者: 一九三
やっとたどり着いた本編~高等部~
53/76

馬鹿で可哀想なあの子

 「あれ、今日セリアいないんですか?」


 教室にいきなり来て、開口早々そう言ったのは、ある少女だった。

 とたん、あの人のいいクラスメイトたちが、嫌悪に満ちた表情になる。

 ちょっと、え?と驚いた。この子一体何したらこんなに人のいい人たちにここまで嫌われるの?


 「ねえねえ、ちょっとそこの、えっと、…ヘタレさん!」

 「………誰がだ」


 ………この子、正気?

 よりによって殿下に、ぞんざいに声をかけて、しかもヘタレって言った?

 え?死にたいの?あの女以上に馬鹿な行動取る人初めて見た。


 「あれ?違いました?おっかしいなあ…私の優秀な頭脳があなたはヘタレさんだって言ってるのに…。あれですよね、いつもセリアの腰巾着してる金魚のフン。名前は忘れちゃいましたけど、セリアにへこへこしてる弱虫さんですよね?」

 「………セリアの玩具でなければ処刑してやれるのに…」


 殿下は心底忌々しそうに呟く。

 ……あの狂人の、玩具?

 そういえばあの自殺志願者の名前を呼んでいたし、友達なの?

 ………脳裏に『類は友を呼ぶ』という言葉が浮かんだ。


 「ほら!セリアの下僕じゃないですか!もう、さっさと返事してくださいよ。問われて無視するって最低ですよ。人として恥ずかしくないんですか?」

 「………」

 「で、泣き虫さんでしたっけ?セリアは今日いないんですか?」

 「………ジオルク」


 殿下が席で読書をしている幼なじみさんに呼びかけるが、視線も向けないままにひらひらと手をふられる。


 「断る。独り立ちしろ」

 「そ、そんなこと言うなよ。セリアに俺の世話を任されてるだろ?なあ、ジオルク…」

 「お前がキレて殴りそうになったら止めてやる」

 「………そんなあ…」


 情けない子供みたいな顔をして、渋々、嫌々、類友さんに向き直る殿下。彼女のことがそこまで嫌いらしい。


 「別れた女性にいつまでもすがって、その後のお世話もしてもらうって、男性としてどうなんですか?甲斐性なしですか?ヒモですか?クズですか?」

 「………お前には関係ない」

 「心配してあげてるのになんて言い草ですか!まったく、心配してあげ甲斐のない人ですね。いいですよ、あなたが後で私の言うことを聞いておくんだったと後悔するだけですから」

 「………」

 「で、あなたのことなんてどうでもいいんです。私の質問に早く答えてくださいよ。いつまで待たせるんですか?もしかして、一度言っただけじゃわからないんですか?それとももう忘れたんですか?」

 「………ジオルク」

 「ああ、殴るなよ。落ち着け」


 あ、幼なじみさんが読書をやめて殿下のところに来た。殿下はもう類友さんに背を向け、いないものとして扱おうと、全身で拒否している。


 「あ、ジオルク様」

 「レイヴァンがお前と話したくないそうだから代わりに答える。あいつは今、やることがあるとかで休んでいる。用があるなら今度にしろ」

 「ほー、セリアが言った通り、ヘタレさんに甘いですねえ。愛しちゃってますか?」

 「………友情はある」

 「へー、ほー。じゃあセリアとはどうなんですか?セリア、照れてるのか、友達じゃないって言うんですよー。あの二人は敵と、報復対象だって。セリアのことどう思ってるんですか?」

 「………」

 「あれ?恥ずかしいんですか?…仕方ないですねえ、じゃあ、セリアには言わないでいてあげますから!言っちゃってください!」

 「………どうせ、すぐに忘れてそのうち本人に言うんだろう。言うならあいつ本人に言う。変に伝言すると面倒なことになる」

 「はー、そうですか。まあジオルク様がセリアのこと愛しちゃってても憎んじゃっててもどうでもいいですね!それより、セリアはいつ帰ってくるんですか?」

 「知らん。帰れ」

 「知らないんですかぁ?…それは困りましたね。じゃあ代わりに伝言頼めますか?」

 「すぐに帰るなら伝言ぐらい聞いてやる。なんだ」

 「絶対ですよ?ちゃんと、一字一句違わずに伝えてくださいよ。私の声色とか知性も合わせて表現して伝えてくださいよ」

 「お前の知性を表現するのは死んでも嫌だ。さっさと言え」

 「はい。何を勘違いしたのか私をセリアの友達だなんてひどい勘違いをした馬鹿な男子生徒がいるんですけど、その方がセリアに話があるから時間があるときに来て欲しい、と言っていました。あとお手紙も預かってるので、ちゃんと渡してくださいね。中はカミソリが入ってるかもしれないので、見ないほうがいいですよ」

 「………」


 幼なじみさんの顔が、ぴきりと引きつった。


 「………つまり、あいつに話があるとか抜かす男がいて、そいつからの手紙を預かっていることをあいつに言って手紙を渡せと、そういうことか?」

 「はいっ!丁度よかったです!セリアに振られたばっかの王太子様に頼むのは酷すぎると思ってましたから!…そういえば、王太子様はどこですか?ほら、あのいつもセリアの影に隠れてる方です。そうじゃなかったらジオルク様の影に隠れてる方です」

 「………レイヴァン、呼ばれたぞ」

 「呼ばれてない。ジオルクなんてセリアに他の男間接的に紹介すればいい」

 「レイヴァン…!」

 「そういえば全く関係ない話ですけど、異性の友達を紹介されたら脈がない印らしいですよ」

 「……たまにこいつはわざとやってるんじゃないかと思う」

 「……なんでセリアはこんなのと仲良くしてるんだろ…」

 「は?そんなの、セリアが私の事大好きだからに決まってるじゃないですか。人気者は困りますよ。セリアみたいな人にも熱烈に好かれるんですから」

 「……悪意がなくても、殴りたいな」

 「……やっぱ処刑にしないか?セリアも、ちょっとぐらいなら怒らないと思うんだけど…」

 「話し合いを放棄して短絡的に暴力や権力に走るのは愚か者のすることだって、決闘大好きな愚か者セリアが言ってました」

 「愚か者でいいから今すぐ帰れ。来るな」

 「………なんでセリアはこんなのと楽しく話ができるんだ…?」

 「セリアなんかの話はどうでもいいんですよ!それより、伝言頼みましたからね!弱虫泣き虫ひっつき虫の王太子様と違って、ジオルク様はちゃんとセリアに伝えられるって信じてますから!託しましたよ!」

 「ああ、それであいつが怒っても面倒だ。ちゃんと渡す。だから帰れ」

 「では失礼しますー」


 類友さんが言って、ドアに向かった。

 な、なんて無礼で苛立つ人なんだろう…。ここまで来ると、逆にすごいと思うほど、むかつく人だ。さすが処刑待ちの友人、いろいろ吹っ切れちゃいけないものが吹っ飛んでる…。


 「あ、そうそう、もう一つ用事があったんでした」


 やっといなくなる、とクラス中が清々していたとき、期待を裏切って再度教室を振り返った。

 そんな。

 期待した分イラっとするし、早く消えろって思いが強くなる。この殺意も混じっているような視線の中、平然とできてるメンタルは、なんて無駄に強靭なんだろう。


 「えーと、セリアが目の敵にしてる、平民のウジ虫さんはどこですか?平民の分際で生意気にAクラスにいるって聞いているんですけど」


 ま さ か の 私。


 今すぐ逃げ出したい。話したくない。クラスメイトたちも、『いないフリしときな』と目配せしてくれる。王太子様も同情の目を向けてくださっている。


 「あ、あなたですね」


 何 故 わ か っ た。


 あの類友さんが迷わず私のほうに来た。なんで?勘がいいの?やだー!


 「いえ、みなさんが視線で教えてくださったので」

 「………声に出ていましたか?」

 「顔に出てましたよ?自覚ないんですか?鏡見たことないんですか?いくら貧乏でも鏡ぐらいあるでしょう?もう、女の子なんだから身だしなみにぐらい気を使ってくださいよ」


 ………この類友さん、面と向かうとすごくむかつくなあ。傍で見てたのとはまた違う苛立ちだ。なんというか…殴ってでも黙らせたくなるような人だ。


 「私、ヴィオラ・シュペルマンと申します。現在コネで校医をしているアルバート・シュペルマンの妹です。あんな兄に構ってくださって、ありがとうございます」


 それでも彼女は貴族で、貴族らしく礼をした。

 しかしそうなると、私も挨拶しないといけなくなる。


 「リリー・チャップルです。平民の生まれで―――…」

 「あ、そんなのいらないです。セリアじゃないんだから、私そんなの気にしませんから。感謝してくださいね」

 「………」


 イラ☆

 何この子、一々イライラするんだけど。


 「………何か御用でしょうか」


 早く用件だけ聞いて帰ってもらおう。そうしよう。

 彼女はそんな私の意を組んだわけでは決してないだろうけど、「そうですねー」と頷いて、


 「私、あなたのこと嫌いです」


 そう言った。

 類は友を呼ぶ。

 私は彼女たちから、とことん嫌われる質らしい。


 私が何をした。

 そう思っていると、また顔に出ていたのか、類友さんは「それですよ」と言った。


 「なんといいますかね、その蔑む視線が気に喰わないんですよ」

 「蔑んでなんか…」

 「蔑んでるでしょう?私のことを馬鹿だと思って、見下してる。そういう人間は、大嫌いなんです。一人ぼっちで、誰の子かもわからなくて、馬鹿で、身の程知らずで、だから蔑んでいるんでしょう?可哀想って、同情して、見下してる」

 「………」

 「私、そうやって哀れんでくる人が、大嫌いなんです。可哀想とか、助けてあげようとか、そういうあなたは何様のつもりなんでしょうねえ。あなたごときに助けられないといけないような、可哀想な子なんですか?私って。見下して優越感に浸って、だから嫌いです。馬鹿にしてくる人のことなんか、嫌いです」

 「………誤解です。私は、そんなつもりじゃ…」

 「顔に出てる、って教えてあげたのに、聞こえなかったんですか?それとも忘れたんですか?私のような人間の言うことは、覚えられませんでしたか?―――嫌悪感丸出しで、馬鹿を見る目で見てますよ。私の目を欺けると思ったんですか?ひょっとして」

 「………」


 類友、というのは撤回しよう。

 先生の妹さんだけど、似てるのは見た目だけだ。

 あの令嬢とも、先生とも、違う人間だ。

 違う理由で、私のことを嫌っている。ちゃんと理由があって、嫌悪している。


 「馬鹿は生きていけませんか?馬鹿なのは不幸なことですか?期待されないことは可哀想なことですか?家庭が複雑なのは同情されるようなことですか?家族で一人だけ馬鹿なのは悲劇ですか?友達がいないのは哀れですか?―――私って、可哀想な痛い子なんですか?」

 「あの…」

 「私からすると、あなた方のほうが可哀想ですよ。人を見下さないと楽しむことも出来なくて可哀想。いろいろ考えなくちゃいけなくて可哀想。家族愛なんて押し付けられて可哀想。期待背負わされて可哀想。友達なんかに付きまとわられて可哀想。……私のほうが、ずっと幸せよ。勝手に不幸だなんて決めつけて見下さないで。そんな性根の腐ったあなたたちのほうが、よほど可哀想」


 私より可哀想な人達に、見下されたくない、と彼女は吐き捨てた。

 常に上から目線で人を苛立たせる彼女の目には、周りの人間は皆、格下に見えていたのだろうか。『可哀想』な相手から憐れまれて、苛立っていたのだろうか。

 丁度、私達が彼女に苛立っていたように。


 「勝手に決めつけて、可哀想だなんて見下さないでください。いいですか、お兄ちゃんはいくらたぶらかしても構いません。我が兄ながら、あそこまで愚かだとは思っていませんでした。けど、それ以上セリアの人間関係を引っ掻き回さないでください」

 「先生は、立派な先生です。それにあの方の人間関係なんて…王太子様に対しての扱いで怒ったことはありますが…」

 「は?あれだけ洗脳しておいて、一番骨抜きにされてたお兄ちゃんのこともわかってないんですか?好き勝手見下して同情して、『必要とされてるからあたし価値があるんだ!』とか思い込んでただけですか?―――お兄ちゃんの前の職場は、セリアの家庭教師ですよ?」

 「っな…!」


 それは先生の前職についての驚きなのか、図星を突かれたからの驚きなのか、わからなかった。

 確かに、先生については、『世話をしたいから駄目なままでいて欲しい』なんて思って―――…。


 「お兄ちゃんの今を作ったのはセリアですよ?ドジで自殺志願の役立たずを、死なないように躾けて能力を発揮できる場を与えてくれたんですから。…まったく、シュペルマン家はネーヴィア家に頭が上がりませんよ」

 「あの方のおかげ、って…」

 「セリアがいなければ、今頃お兄ちゃんなんて引きこもりの夢追い人のニートだったでしょう。実験失敗で死んでいたかもしれません。なのにセリアのところから逃げ出すなんて、馬鹿な兄です。利用価値がなくなれば、自分を守ってくれるものなんてなくなるというのに…」

 「………守る、って…?」

 「王太子様に狙いを定めてるあなたには関係ないでしょうが、うちの兄は狙っても無駄ですよ。今の地位自体、現当主が身一つで築いた刹那的なもので、兄を跡取りになんて考えてもいませんから。大恩あるネーヴィア家に無礼をしたと知って怒り狂ってましたし、半分縁切られてますよ。養子でもとってその子を跡取りにするんじゃないですか?兄がそのことを理解しているかは知りませんけど」

 「そんな…!先生は頑張ってるじゃない!どうしてそんな…!」

 「―――可哀想、ですか?」


 彼女の声が憎悪に染まった。


 「頑張ってるのに捨てられて可哀想。そうですね、でもありのままでいいとか支えるとか耳障りの良い甘言を言って甘やかしたのはあなたですよ。それなのに、あなたは高みから見物でもしてるつもりで可哀想なんて言うんですか?それとも拾ったセリアが責任を持つべきだったとでも?そのセリアに育てられて力を発揮出来る場まで提供してもらっていたのに、『なんか嫌だから』なんて甘ったれ抜かして逃げ出したのは兄ですよ?そこで報復に走らなかったのを褒めてあげて欲しいぐらいです。セリアにとって、兄にはもうそんな価値がなかっただけなんでしょうけど。で、もう一度お願いできますか?兄が、なんですって?」

 「………」

 「ああ、お兄ちゃんなんかの話はどうでもいいんでした。話を逸らさないでくださいよ。都合が悪いからって、もう。そんなのだから、都合のいいところばかり取っていくんですか?」


 まったくもう困ります、と呆れる彼女は、相変わらず苛立ちを与える仕草で、でも馬鹿だなんて笑う余裕はなかった。


 「セリアから逃げ出して無価値になった兄は許してあげます。セリアのお友達さんだとかいう人も、会ったことはないですしセリアの話を聞く限り大丈夫そうなのでいいことにしてあげましょう。でも、王太子様はアウトです」

 「何が…」

 「鈍感主人公気取らないでくださいよ。そういえば昔、私もセリアと友達になろうと思って、小説のヒロインの真似をしてみたものです。セリアは素の私のほうが好きだと言ってくれて、それで真似っ子はやめたんですけど。…話をそらさないでくださいって言ったでしょう!もう!王太子様です!」

 「……逸らしてないけど…」

 「あなたと私の会話で、あなたが逸らさなかったら他に誰が逸らすんですか?私は違いますよ?いい加減にしてくださいよ、まったく」

 「………」


 ところどころ苛立つ彼女の性質は変わりない。だから、これは彼女の二面性とかそういうんじゃなくて、ただ彼女のことを馬鹿だと思って見下して、それ以上を見なかっただけなんだと思った。馬鹿だからと決めつけて、それ以外を認めなかった。

 会ったばかりなのに、そう決めつけてしまっていた。


 「あなたが同情している王太子様ですが、ねえ、その方のためにセリアが一体何年かけたと思ってるんですか?一体何年間セリアがその方のために尽くしてきたと思ってるんですか?人の育てた獲物を、収穫時に何の苦労もなく横取りして行くなんて、ひどいじゃないですか」

 「……あの方は、王太子様にひどいことをなさっていました」

 「だからなんですか?地位目当てで婚約して、躾けて、逃げ出したから捨てた。何か問題でもあるんですか?許嫁なんて産まれた時から決まってる場合も多いのに、それに問題なんてありますか?ヘタレ王太子様のいいところなんて私にはわかりませんが、一つ二つあげてみてくださいよ。それ、セリアが躾けたおかげですから。セリアに育てられて、ここまで成長したんです。なのにぱっと出のあなたに奪われて、そりゃいい気はしませんよ。あなたが平民で、セリアの嫌いな人だから、なおさらです」

 「そんなこと、どうしてわかるんですか。王太子様はあの方に怯えてらして…」

 「セリアは厳しい親ですから。でも、王太子様はセリアのことが好きでしょう?王太子様はセリアのことが嫌いだとか言いました?困ったらいつも、セリア助けてと泣いてませんか?先程も、ジオルク様に助けて助けてとすがってましたよね?……あなたこそ、どうしてセリアが王太子様を虐げていたなんて言えるんですか?」

 「怯えてらっしゃったでしょう。親のようといっても、虐待された子供は、それでも親を慕って親を庇うものですから」

 「は?王太子様が虐待ですか?で、平民ごときのあなたがそれを救えると。ほー、大きく出来ましたねえ。賢い私にはとてもじゃないけど言えませんよ、そんな不遜なこと」

 「っ…!」


 ……確かに、それは思い上がりになる。そう、聞こえる。

 でも…。


 「……助けたいって、その方のために何かしたいって思うのは、いけないことなの?」


 私は、私の見たものを信じる。


 「私はあの方のことも、あの方々に昔何があったかも知らない。でも、目の前で奇行に走ったあの方は見ているし、あの方に怯える王太子様も見た。王太子様のために何かしたいと思った。だからあの方をどうにか出来ないか考えてる。…何か間違ってる?何かおかしい?」

 「私にそんなことわかるとでも思ってるんですか?」


 この説得力。

 真面目に話した私が馬鹿みたいだ。

 しかし彼女も、空気が読めないなりに「しかしですね」と続けてくれた。そうじゃなかったらなんて言っていいのかわからない。


 「私はあなたがどう感じてどう思ってるかとか、どうでもいいんですよ。そんなの理解できるわけがないじゃないですか。私はただ、セリアの築いてきたものを横取りして、挙句後ろ足で砂をかけるような真似はするなと言いたいんです。―――わかります?ヘタレさん」


 くるりと向く殿下のほうを向く彼女。

 横顔しか見えなかったが、とても冷え冷えとした顔つきだった。


 「恩を仇で返そうなんて、セリアが許しても私は許しませんから。今まで、誰に頼って生きてきたんですか?誰に育てられたんですか?誰に守られていたんですか?……セリアはあなたと親子じゃないんですよ。無償の愛なんて、望まないでください。恩には恩を、ちゃんと返してください」

 「………セリアには、感謝している。今回は、セリアがちょっと毛嫌いしただけで…」

 「だから僕は悪くない、セリアもきっと許してくれるはずだ、そう言いたいんですか?ちゃんと、恩には恩を返してください。それが出来ないならきっぱり敵対してください。皆仲良く、なんて出来ると思ってるんですか?片方を選んだなら片方は捨ててくださいよ。いつまでも守って守ってとすがらないでください。見ていて不愉快です。セリアの甘さにつけこんでゆすり続けて、盗人猛々しい」

 「………」


 彼女の侮蔑の表情に、殿下が怒ったのが分かった。

 彼女に歩み寄り、見下し、睨みつける。


 「お前にそんなことを言われる筋合いはない。お前こそ、セリアに面白がられているからと、恩恵を受けている盗人だろう」

 「いいえ、私とあなたじゃ立場が違います。身分とか面倒なことはわかりませんが、あなたは庇護下のお子様で、私は単なる玩具です。セリアはあなたのことは守るけど、私のことは守りません。あなたのことは潰さなくても、私のことは潰します。―――あなたはセリアより格下で、私は対等です」

 「………なんだと」

 「あ、殴りますか?好きに殴ればいいじゃないですか?誰も、セリアを含めて私以外誰も、文句なんて言いませんよ。だーれもあなたを責めませんし、逆に私がお叱りを受けるでしょうね。家人も表面上庇ってくれたらいいほうで、セリアなんかついに破滅かと喜びますよ。遠慮せず、どうぞ」

 「………」

 「あなたに手をあげたら、地位からも、あなた個人にでも、沢山の人が庇うんでしょうね。何も聞かず、不敬罪で私を処刑する。あなたを守る幾重の人の中の一人がセリアなだけです。―――だったら、一人ぐらい、解放してあげてもいいじゃないですか。なんでセリアが婚約者っていう大義名分なくしたあとも、王太子様に捨てられた女として蔑まれながらも、お節介焼いて笑われなきゃいけないんですか。なんで今までの恩に報いることも、解放して楽にさせてあげることも出来ないんですか。なんで代価も支払わず甘え続けてるんですか」

 「…っ五月蠅い!」

 「よく言われます。…あなたには守ってくれる人も守りたい人も、沢山いるでしょう?私には、セリアしかいないんです。その気が全くなかったにせよ間接的にでも守ってくれた人も、大っ嫌いな輩に突っかかるほど守りたい相手も、一人しかいないんです。なんでセリアなんですか?なんで私の守りたい人と被っちゃうんですか?他の人なら、セリア以外なら、私だってそんなのどうでもいいですよ。なんでセリアなんですか。他の誰かなら、どうだっていいのに」


 きっと彼女がこっちを向く。

 思わずどきっとした。


 「正直、私はあなたの行いなんてどうでもいいんですよ。甘やかすなんて、結構じゃないですか。私もセリアにありのまま受け入れられて、好かれる努力なんて放棄しましたよ。だってそのままの自分でいても、好きていてくれるんですから。逆に王太子様に対する厳しさも、いいじゃないですか。結果的に王太子様の力となっているんですから。だからそんなのどうでもいいんです。ただ、あなたが嫌いで気に食わないから文句をつけてるだけです。それは、あなたがセリアにしてることと同じです」

 「何が…」

 「そりゃ誰でも毎日の生活に不満ぐらいありますよ。どちらか選べばどちらか捨ててますから、捨てた方の利点持ちだされればなびきますよ。そうして捨ててから、あれも良かったんだって、なくしてからじゃないと気づけませんよ。だから心の持ちようで、どっちでもいいんです。優しくされてる人は厳しさに惹かれるし、厳しくされてる人は優しさを求めますよ。そんなもんで、あなたはセリアから奪ったんですよ」

 「………」

 「本当に、平民や期待されない子は楽でいいですよね。貴族の産まれた時からつきまとうしがらみなんて、ありませんから。そのしがらみに縛られる人を、外から同情するだけですから。えーと、なんでしたっけ?平民で孤児?楽でいいじゃないですか。優しく優しく慰められて、期待なんてされずに、まっすぐ育てばいいじゃないですか。羨ましい限りです」

 「っ…!」


 気がつけば、手が出ていた。

 パァン、と彼女の頬を叩いた音が響いた。

 いくら学業のための施設内のことであっても、平民の身分で、貴族の子供に手をあげた。

 ―――でも誰も私を責めない。


 「痛いじゃないですか!何するんですか!野蛮人!平民のくせに私に手をあげるなんて!私が何をしたっていうんですか!」

 「っ五月蠅い!」


 誰も私を責めなくて、彼女はむかついて、だから叫んでいた。


 「楽でいい?羨ましい?じゃああなたにわかるの!?産んだ親に捨てられる気持ちがわかるの!?誰からも必要ないって突きつけられる気持ちが、わかるの!?何も知らないくせに、羨ましいなんて言わないでよっ!」

 「ならあなたに、不義の子の気持ちなんてわかるんですか?」


 不義の子?

 わからなくて周りを見たけど、皆も怪訝そうにしていた。幼なじみさんが渋い顔をしていたけど、それぐらいだった。


 「私最大の秘密なんですけどね、私って、お母さんとお父さんの子供なんですよ。そして今は、お母さんに捨てられて、伯父さんの家で育てられてます。私と兄は同腹ですが、異父兄妹なんですよ。意味、わかりますか?」


 先生と異父兄妹。

 伯父の家で育てられている。

 つまり…、


 「………夫の弟との不倫の子って、こと…?」


 彼女の、先生のお父さんの弟と、先生の奥さんの子供。

 見た目もそっくりなはずだ。

 だって、兄弟。

 なんて言ったって、兄妹。


 「お母さんから届いた手紙に、私は叔父さんの子だって、お父さんの子じゃないって書いてありました。いつバラしてもいいんだって。叔父さんに聞いたら、自分が本当のお父さんだって認めてくれました。今までのお父さん、シュペルマン伯爵にバレたらきっと私も叔父さんも許さないから、黙っていて欲しいって。お母さんに資金援助はして黙らせておくから、何事もなかったフリをしていてくれって。自分はお前の父親じゃないって。…捨てられたほうが、まだマシじゃないですか」


 実の母からゆすりのネタにされて。

 実の父から面と向かって捨てられた。

 不義の子。


 「中等部第三学年になったあたりですかね、セリアに話の流れで打ち明けたんですよ。えーと、じゃんけんか何かの罰ゲームで秘密を一つ言うことっていうので。それで話したら、それは面白いって盛り上がってくれまして、ついでにノリノリで裏をとってくれたんですよ。黒だったからついでにお母さんのこと裏で手を回して暗殺までしてくれましたね。『コラソンさんにはまだまだ現役でいてもらわないといけないものね』とか言って。まだ兄も見捨ててなかったので、『先生がそんなこと知ったら悩んじゃうし』と言って。『ついでに試運転できたし』と言って。そして最後に、『これで道理も弁えない金食い虫は駆除できたわね』って私に笑ってくれたんです。

  だから私は、セリアが嫌いじゃないんです」

 「………」

 「誰からも必要とされない?そんなの普通じゃないですか。親から捨てられる?羨ましいですねえ、関係ばっさり切ってくださるんですから。そんな自慢をするなんて、それで殴るなんて、意味がわかりません。私にも理解できるように言ってくださいよ。私にそんなことがわかると思うなんて、信じられません!相手の気持ちを考えないなんて最低ですよ!」


 怒る彼女に悲壮感はなくて。

 あの令嬢以外守ってくれなかったという言葉が、今更に胸を苛んだ。

 言いたいことだけまくしたてて、聞く相手の都合なんて考えなくて、同情するなと、見下すなと言っておきながら見下す彼女。

 馬鹿で愚かで、地雷ばかりで、一寸先も見えなくて、破滅がつきまとう、イラナイ子。


 彼女がいくら同情されるのを嫌っていても、憐れむのをやめられない。


 なんて―――可哀想。


 「………その目をやめろと、何度言えばわかるんですか?だから、あなたたちは嫌いなんですよ」


 彼女は「とにかくセリアに関わらないでください」と言って、帰って行った。






◇◆◇◆


 「私の勝ちです!勝ちましたセリアに勝ちましたよ!さあ!セリアの罰ゲームです!」

 「たかだかじゃんけんに勝った程度で鬼の首でも取ったような喜びようね…。…ええと…これ!」

 「ふんふん、『恥ずかしかった話』ですか。どうぞ!」

 「恥ずかしかった話…。…昔、木登りして、降りるときに面倒になって、最後飛び降りたのよね。誰もいないと思って。そうしたら丁度よくお父様が通りかかって、私スカートで飛び降りてて、…パンツ丸見えよ。パンツどころかお腹まで丸出しよ。恥ずかしくて恥ずかしくて、相手がお父様でなければ穴掘って埋まってたわ」

 「うわー、恥ずかしいですねー。それは恥ずかしいですねー」

 「以後、木登りするときはズボンを着用することにしたわ。じゃ、次ね」

 「「じゃんけんぽん!」」

 「やりぃ!私の勝ちー!さあ一枚引きなさい!」

 「たかがじゃんけんで、よくそこまで有頂天になれますねえ…。深慮な私からすると、逆に羨ましいものです」

 「その台詞が、すでにあなたの浅慮さを表現してるわ。…えーと、『秘密の話』ですって。あなたに秘密なんてあるの?」

 「失礼ですね!ありますよ!重大発表ですよ!」

 「きゃー、ぱちぱちぱちー」

 「えー、私、ヴィオラ・シュペルマンは、…っなんとお父さんとお母さんの子なんです!」

 「そりゃね。あなたがいくら単細胞でも、無性生殖で出来てるとは思ってないわよ」

 「そして、私のお父さんは育ての親の弟なんです!」

 「ん?…ああ、つまり、あなたのお母さんが夫の弟と不倫して、その末にあなたが出来たと。確かに重大発表ね。記者会見開きましょう」

 「しかもお母さんからゆすられちゃってます!お父さんがなんとかしてるらしいですけど、代わりに親子の縁はありません!」

 「おおっと、ヴィオラさん、なんと言われたんですか?」

 「はい…あの女は私がなんとかしておいてやるから二度を来るな、と…」

 「オブラートを外すと?放送禁止用語はオンエア時に自主規制するから大丈夫よ」

 「罵られて、死ねって言われましたよ。お前は兄の子で自分の子じゃない、バレたら破滅だ、お前なんか死んでしまえばいいのに、と」

 「きゃー、テンプレすぎて素敵!よっしゃ、いっちょ調べてあげるわ!一肌脱いであげようじゃないの!」

 「ちょっとセリア、余計なお世話ですよ。人の不幸を喜ぶなんて、最低です」

 「今日も他人の不幸で飯が美味い、略してメシウマよ。最低だろうと恥じるところは何一つないわ」

 「最低すぎです。セリアに慰謝料を請求します!明日、ご飯を作ってきてください!」

 「ふっ…私に挑むなんて、良い度胸ね。その度胸に免じて訊いてあげるわ。どんなご飯がいいの?」

 「えーと、鍋、というのが食べたいです」

 「初夏にまさかの鍋」

 「私、中華鍋が好きです!」

 「しかもまんま鍋。私も中華鍋好きだけれど、あれ鍋っていうよりフライパンよね」

 「え?そうなんですか?見たことないから知りません」

 「駄目だわこの子…。じゃ、明日は鍋ね。調理器具の鍋じゃなくて、料理名の鍋よ。覚悟してくるのよ」

 「闇鍋ってのが美味しいって聞きました」

 「最初からクライマックス。…それは鍋初心者にはオススメ出来ないわ。そのうちレイヴァンとジオルクと、後輩とエリオンも誘ってやりましょう」

 「楽しみです!」

 「私もよっ。で、次ね」

 「「じゃんけんぽん!」」

 「うっほほーい!勝ちましたよ勝っちゃいましたよ勝ちました!もう私の連勝続きじゃないですか?これ」

 「ついさっき私が勝ったのを完全に忘れてるわねこの子…。んー、じゃあこれ!」

 「何が出るかな、何が出るかな、何が出るかなー?」

 「おおっと、本日の当たり目!やったぁ!」

 「おめでとうございます!…で、当たり目の時って何するんですか?」

 「さあ?解散?」

 「ですかー。じゃ、また今度ー」

 「じゃーねー」



 「ヴィオラ、ちょっといいかしら」

 「あれ?なんですか?また仲間はずれにされたんですか?」

 「それはあなたよ。…調べたんだけど、あなたは確かに叔父の子だったわよ」

 「ええ?信用できませんね…」

 「しなさいよ。当時の人の証言と当事者二人の話を集めさせて、ついでにコラソンさんと先生とあなたとあなたの父母の血を集めて検査したから間違いないわ。血液型ぐらいなら検査できるんだから」

 「そういえば血、取られましたね。痛かったです」

 「採血は特にね。注射針もまだまだ太いし。……で、調べた結果、コラソンさんがO型、先生がA型、お母さんがA型。叔父さんがB型。そしてあなたはAB型だったわ。言い逃れの余地もなく、コラソンさんの子じゃないわ」

 「はあ、そうですか。」

 「で、調べるついでにあなたのお母さん暗殺したから」

 「はあ、そうなんですか?」

 「ええ。コラソンさんのそんなスキャンダルはいらないし、先生が知ったらまた悩むもの。私も手駒の試運転をしたいところだったから、丁度良かったわ。―――これで、道理も弁えない金食い虫は駆除出来たわね」

 「………。はい、本当に。そうですね。ありがとうございます」

 「別にあなたのためってわけじゃないけれど、一応どういたしましてって言っておくわ。あ、それとあなたのお父さんにも血を貰うついでにしっかり、この私、セリア・ネーヴィアが知ってることを伝えておいたから、自棄になってあなたを道連れに大暴露することはないわよ」

 「ですかー。そんなに伯父さんとお兄ちゃんは重要なんですか?」

 「まあね。破滅させるならあなた一人でないと、巻き込まれるのは困るのよ。何?ついに破滅するの?」

 「なんで私が破滅なんかするんですか?セリアの目は節穴ですか?」

 「慧眼だから破滅を待ってるのよ。ま、いいわ。破滅するときは呼んでね。私、ずっと楽しみにしてるんだから」

 「はー、趣味が悪いですねえ。さすがセリアです」

 「うっさいわよ」

▽ ジオルクルートへの強制進行フラグ:言いがかりに屈しないこと が達成されませんでした。


▽ ヴィオラからの好感度 が 最低値に達しました。

▽ リリーのMP(メンタルポイント) が 100 下がりました。



セリアを差し置いて断罪イベントやっちゃう、空気読まない子ヴィオラ。

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