2 思い出した憧れのあの人のこと
何とか言い訳(額のこぶが大きくなってきたのを見て、面白くて笑った)を信じてもらって、今度はおとなしく寝ているからと言って出て行ってもらった。
もう一度耳を澄ませて静かになったと確認して、ふっと息を吐きだした。
(あぶない、あぶない。メイドの二人は隣の控室にいるんだった。部屋に一人だからって、安心できないのだわ)
そう伯爵家の令嬢である私には、完全なプライベートな空間などないのよね。もう少し大きくなれば違うだろうけど、夜中でもすぐに様子を見に来られるようにと、控室に一人は詰めているの。
なので、今度は横になったまま、前世のことを思い出す。
前世の私は、漫画が大好きな母とアニメ好きの父、女性の歌劇団に嵌っていた叔母に、ゲーオタでコスプレイヤーの六歳上の姉に囲まれていた。
そんな私が嵌ったものが、母が嫁入り時に実家からもってきたという、古い少女漫画。
フランス革命を舞台に、男装した麗人が活躍する、あの国民的少女漫画だ。
最初はそこまで嵌ったわけではなかった。私を沼に突き落とす罠が待ち受けていただけで……。
その漫画をリビングで読んでいたら、父が「アニメになったんだよ、それ」と、いそいそと取り出したもの。昔のテープに録画されたものを、わざわざCDに落としたものだとか。
それを見ていたら、ちょうどたまたまいた叔母が「それね、舞台になっているのよ。一度見に行かない?」と、誘ってきて……。
両親、姉を含めて五人で舞台を見に行ったのは良い思い出だ。
舞台を見た姉がアニメの麗人様の衣装を、私の為に作ってくれるなんて……。
そう、当時小学六年生だった私の為に作ってくれたそれは、再現率が高かったけど、どう見ても子供のお遊戯会のそれ。
身長が低いこともそうだけど、金髪のかつらが似合わないもろ日本人顔だった私。
うん、姉よ。現実を突きつけてくれてありがとう。高校生になっても前から三番目の身長だったから、麗人様になろうとしたら……滑稽だよね。
だから高校生の頃には麗人様のコスプレは諦めた。
だけどこの世界なら、このアリストリアの容姿なら……。
アリストリアはまだ五歳だけど、成長すればかの麗人に近づけること間違いなし!
何といっても、我が家は騎士の家系だ。騎士団長を輩出したこともある家系だもの。
今から体を鍛えれば剣術などを極められるはず!
今度は声に出さないようにニンマリと笑って、剣術を習うための許可を得るための戦略を練ることにした。
◇◇◇◇◇
あれから三日。額と後頭部の腫れが引いた私は、両親へと直談判するために執務室を訪れた。
「あら、アリストリア、どうしたの」
先に執事に伝言をお願いして、両親に話をしたいから時間を作って欲しいと伝えてもらった。今までそのようなことをしたことがなかったから、執事にたいそう驚かれた。
伝えらえた両親もすごく驚いて、私の部屋に来ようとしたらしい。
頭をぶつけた後遺症を疑われたらしいけど、忙しい両親にアポを取るのは貴族として普通でしょ?
……前の私はそんなことをしていなかったと言われたけど、知らないよー。
前世の記憶のせいで……いや、おかげで?
まあ、どっちでもいいや。相手の都合をうかがうのは基本だよね。
少し前から始まった教育でも、基本の基だって教わったもん。
そんなやり取りを、執事を介して数度して(その間執事には行ったり来たりさせてしまったけど)執務室で話をすることになった。
「失礼いたします、お父様、お母様。お忙しいのにお時間を取っていただき、ありがとうごじゃいます」
あっ、かんじゃった。
むう、どうも意識は二十代の成人女性寄りなんだけど、体は幼いから舌が回らない時があるんだよね。
「まあ~」
何故か母が口元に手を当てて感動したような目で、私のことを見つめている。あれ? ついでに目が潤んでないかい?
「ルーチェ」
父が母の肩を抱いて自分のほうへと凭れかからせた。その父の目にもうっすらと光るものが?
あれ~?
「淑女教育が始まったけどそれを嫌がって脱走するは、無理矢理縛り付けて受けさせても聞いているようには見えなかったのだが、ちゃんと聞いていたのだな」
そういうと目元を押さえる父。
んんっ?
えーと?
あーーーーー!
たっ、確かに前の私は体を動かすことが好きで、椅子に座ってうける教育を嫌がっていた……ような。
すまん、父、母。これからはきちんと受けます!
じゃなくて、お願いしないと。
「お父様、お母様、申し訳ありませんでした。ですが私の言い分も聞いて欲しいのです。お父様、お母様から見ても、私は活発でしょう」
「……そうだな」
一瞬何を言われたのだろうと、父は目を丸くしてから答えてくれた。
よし、言質は取った!
「そんな私も五歳になりましたから、淑女教育が始まるのもわかります。けど、私は体を動かすのが好きなんです。それを急に何時間も椅子に縛られて勉強しろと言われても納得できりゅものではありましぇん!」
……くっ、またかんだ~!
肝心なところなのに~!!
若干顔を赤くしながら私は両親の様子を伺った。二人は微笑ましい目を向けてくるけど、笑うのを堪えているのか肩が小刻みに震えていた。
Q アリストリアの愛称はなんでしょう?




