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災厄の召喚術師  作者: ハンバーガー
序章
5/6

富の町『エビリン』

 獣人の村を破壊し、姉妹の姉の方を殺し終えた俺は、蟲に乗っ取らせた妹と一緒に宛もなく森を歩いていた。

 言ってはなんだが案外俺は旅が好きだ。それもお供を連れだっての旅なら尚いい。

 故に俺はこの蟲を仲間に加えた。一人よりも二人の方が不確定要素は多く面白くなるだろう。自分で召喚した者というのがやや残念だが、こいつ自体に記憶がないためにこれも悪くはない。


「だけど、一々蟲と呼ぶのも少し紛らわしいな」


 俺の召喚出来る魔物の中には、わりと多種多様な蟲がいる。だとしたら、この妹の方を呼んでいるのか、それとも召喚した方を呼んでいるのか、紛らわしい。


「折角だ、俺のお供になった褒美に、識別名称でもつけるか。おい、希望の名前とかあるか?」


 俺のやや後ろを歩く蟲に対して、名前の希望を聞くことにする。


「……名前、ですか。主の意のままに」


 予想通り、特に要望はないらしい。つまらない。もっとこう、生前の名前に拘るとか、そうじゃなくとも何か拘りのある名前があればそれはそれでまた興味深かったのだが。


「とは言えな、名前か……。なら適当に、お前が最初に殺したやつの名前とかにでもしとくか?」

「……畏まりました」


 会話が終わる。折角二人で旅をしているのに、一人でしているのと変わらない気がするな。


「……主、前方に大量の生体反応が」


 ふと、蟲が立ち止まり、前方を睨む。

 あの集落から相当歩いた、それこそもう何日も。

 このまま森が永遠に続くのでは? と思っていたところにこれだ。漸くか。


「さて、どうするか」

「主さえ良ければ、私の同族を偵察に向かわせますが」


 同族。つまるところこいつの体内に棲む王蟲を体外に出し、偵察に行かせるということか。

 確かにそれも悪くはない。が、


「それよりも、まずは自分で確認した方が面白いだろう」

「……畏まりました」


 それに人間の強さはある程度とは言え測定出来た。警戒しなさすぎるのもあれだが、し過ぎるのも無駄というものだ。

 俺達はそうして前方へと歩を進めることに決めた。





 賑やか。

 この一言に尽きる。目まぐるしく蠢く人。人。人。

 ここにある運動エネルギーは果たして一体どれほどなのか。

 とてつもない活気。そんな漠然とした、しかし確実に感じられるものを発しながら。


 ――町があった。

 市場なのだろう。人々が物品を求め、商人が金銭を求め、ここに集まっていた。



 この町は『エビリン』と言うらしい。

 栄えた都市で、商人が絶え間なく行き交い、更に珍しい物品を求めて遠方からも人を呼び寄せる。とかなんとか。

 発展した都市らしく、交通網や人口が多いため経済の巡りがいいらしい。正直そこまで経済に興味はないが、面白そうな町だ。


 そして何よりここが栄えている理由に、近辺にダンジョンが複数存在するから、というのがあるらしい。

 『ダンジョン』。これには心引かれた。

 何やらその地には強力な魔物や未知の素材が眠っているという。

 そこを攻略し魔物などの素材を持ち帰って来るのが冒険者。冒険者ギルドという組織が統轄し、素材を冒険者から買い取る。そして更にその中で安全な品を商人に仲介するという。

 それを聞くに、その冒険者とやらがこの町で最も強い存在なのだろう。

 まあ、あくまで推測だが、かなり面白そうだ。


 身分を証明するものを持たない俺達は、最初は町へ入るのを拒まれかけたが、俺が召喚された場所に落ちていた貨幣を幾つか握らせてやったら黙ってくれた。


「まずは冒険者ギルドとやらに行くとするか」

「畏まりました」


 即答する蟲。

 慣れたものだが全く面白味がない。最初に脅えさせ過ぎたか。

 とは言え反対したところでギルドに行くのは決まっているが。


 しかし、今思ったがこの蟲の外見は幼い少女のもの。それと連なって歩く俺は果たして周囲からどの様に見えているのか。親子? 兄弟? まあ、どうでもいいことか。




 歩くこと十数分。ギルドと言われる建物に到着した。

 レンガ造りのなかなかに大きな建物だ。これなら数百人規模で収容出来るだろう。更に建物そのものから魔力が感じられる。何らかの防御系の魔法でもかけてあるのだろうか。


 中に入ってみるといるのは屈強そうな男達。ちらほらと女も混じっているが絶対数は男の方が多いと見える。


 ――ジロリ。見慣れないからだろうか。

 俺達を、周囲の連中が窺うように視線を向けてくる。

 俺は発動手前の自動防御魔法を一部解除する。敵意や殺気に反応する魔法もある。別にここで殺戮を始めてもいいが、俺の目的はまた別にある。

 それにこの町の戦力も未知数。獣人のように少数の集落ならまだしも、ここまで巨大な町だと殲滅にも時間がかかる。まあ、殲滅だけというなら蟲だけで事足りるが、こいつらは殲滅能力が高ければ高いだけ制御がめんどくさくなる。

 ちなみに目の前にいるこの蟲、正確には『寄生王蟲』だが、こいつは人に寄生する能力に秀でている替わりに、殲滅能力はそれほど高くない。故に未だに残している。

 しかし殲滅能力の最も高い、無限に増殖し餌がなくなると共食いをし、最後の一匹になるまで喰らい尽くす『暴食王蟲』などは、使い勝手が悪すぎるため、余程の場合以外は使いたくはない。

 そしてこのほぼ何の準備もない中で殲滅戦を始めると、多少逃してしまうかもしれない。

 それ故に俺は発動を解除した。


 チラリと目をやると蟲も特にどうすることなく、俺に従っている。

 こいつは冷静かつ打算的なのだろう。俺の指示の出る前に、下手に動けばどうなるか理解している筈だ。


 視線に注意を向ける。三割が俺に視線を、残り五割ほどが蟲に注目していた。


――擬態がバレたか?


 この世界で蟲がどの様な扱いなのかは不明だ。仮にバレれば脅威と見なされ攻撃されるのか、それとも脅威と見なされないかはまだ未知数。


 しかしよくよく気配を気取ればそこに殺意はない。ならば特に問題はないだろう。

 そう結論付けた時だった。


「あんた、珍しいの連れてるんだな」


 一人の中年らしき人物が歩み寄ってきた。

 顎髭を生やし、キリッとした造形の顔だ。どこか迫力のある眼力、いや、全体から感じるこの雰囲気は、確実に手練れのもの。

 体格もいい。鍛え込まれた筋肉、しかし無駄なところにはなく、実践を経てここまで至ったのだと分かる。

 腰に携えた双剣。その油断のない佇まいから、こちらが攻撃したとして、すぐさま迷いなく対応できるのが容易く想像できる。

 ――殺せない。

 見ただけでそう思わせるほどの男。


「珍しいの、か?」

「ああ、その子獣人だろ? 大人の、ってなら分かるけど、子供とは珍しいと思ってね」


 納得した。獣人だ。確かに俺も会った当初は驚いたが、数日間延々と寝ることもなく歩きと押したのだ。違和感などすぐに掻き消えた。


「なるほど。そう言うことか。……おい、間違いなく(・・・・・)説明してやれ」


 しかし理由を考えるのはめんどくさい。故に俺は説明を投げる。


「はい。――私は、いえ、私たちは冒険者になるためにここに来ました」


 その言葉に周囲がざわめく。

 ん? 俺は冒険者になるのか?


「お嬢ちゃんが、かい?」

「はい。そうです。――私は、以前から冒険者に憧れていました。そこに主、シルさんに着いてきたのです」

「しかし……いくら獣人とは言え、まだ君の歳では冒険者は早いのではないかな?」


 そこで蟲はすぅ、と息を吸った。臨場感を感じさせる演技だ。


「まだ早い、早くないを決めるのはあなたではないはずです。冒険者になるためのルールに年齢は関係ない。全ての者に職を与えるために作られたのが冒険者ギルド。……違いますか?」

「そ、そうだが」


 先程聞き込みをした際に誰かが言っていた言葉だ。


「ははは、お嬢ちゃん、随分と威勢がいいじゃないか。しかしまあ、そんな貧相な装備じゃあダンジョンに行ってもすぐ死んじまうぞ? え?」


 そこに助け船を出すかのように一人の男が表れる。

 デカイ。人間の範疇を越えてそうなほどのデカさ。二メートルほどの身長は威圧感を与えるに最高の材料だろう。加えて凶悪そうな、今にも子供の一人や二人を丸のみしてしまいそうな顔を持つ男だ。

 明らかに脅しているのが分かる。


「…………」

「お嬢ちゃん! あんたが行こうとしてるのはこんなおっさんたちが命がけで挑むところなんだ。こんなしがないおっさんに怯えてるようじゃ――」


 ――沈んだ。 


 深く深く。


 誰もがその光景に目を奪われた。


 一瞬の出来事だった。

 蟲が拳を男の腹部に放ったのは。


 たった一撃。少女の放ったたった一撃の拳が、二メートルほどの巨大な男をノックダウンさせたのだった。

 これには流石の最初に声をかけてきた男も驚愕に目を見開く。


「――確かに、私はまだ弱い」


 周囲が一層ざわめく。


「しかし、私には主……いえ、師がいます。あなた達が怯えるその魔物から守ってくれるでしょう。――故に、心配は無用です」


 その言葉を聞いた目の前の男は、口元をヒクヒクとさせながら、


「よ、よし、分かった。確かに君の言う通りだ。僕らの心配のし過ぎだったようだね! いやはや、すまないね!」


 そう早口に言うと、大男を引き摺りながら立ち去っていった。

 そして蟲が周囲に目を向けるとサッと目をそらしていく冒険者達。


「主……いえ、師よ。間違いなく(・・・・・)説明致しました」

「……ああ、いい説明、だった」


 こうして俺達はする予定ではなかったはずの冒険者登録を、無事に済ませた。






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